「安心しました。それから怪我をした龍にお伝えください。あなたのおかげで大切な妻と娘が助かりました。ありがとうございます、と」
「雅さんに聞いたの?」
「ええ。全て片付いたらお礼をしに行きます。それより二人とも、何でも良いのでどこかから屋敷を一軒持ってきてくれませんか。家具などもついていれば有り難いです。それから都の一級大工を集めてください」
それを聞いて流星と羽鳥は互いの顔を見合わせて首を傾げた。そんな二人に千尋は淡々と言う。
「あなた達はまさか鈴さんを野原にでも寝かせて置けと言うのですか?」
「いやそうは言わないけどさ、唐突すぎてちょっと理解が追いつかないっていうか、俺達二人で運べる訳ないっていうかさ」
「そうだよ、千尋。そんな無茶——」
「無茶? あなた達の人望を使えばものの数時間で屋敷など簡単に運んで来られるでしょう?」
千尋の言葉に流星はもう一度羽鳥と顔を見合わせてため息を落とすと、すぐさま大空へ舞い上がった。天下の水龍は、やはり鈴にだけ優しいようだ。
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千尋は鈴が目覚めるまでの間、出来る事は全てした。いつ鈴が目覚めても良いように。
流星と羽鳥が駆けずり回って人手を集めて運んできた屋敷は、今となっては懐かしい純和風の屋敷だった。
「二人ともありがとうございます。でも洋館ではないのですね……」
思わずそんな事を呟くと、流星と羽鳥が怖い顔をして詰め寄ってくる。
「あのね、その日のうちに屋敷見つけて運ぶのがどれだけ大変だったか、千尋くんに分かる!?」
「分かるわけないでしょ。千尋が一声かければそこら中の人たちがうちの屋敷を使ってくれって言い出すんだろうけど千尋、言いたくないけど都で洋館に住んでたのは君だけなんだよね。本気でこれ以上のワガママ言わないでね?」
「ワガママですか。そうですね。以前の私なら絶対に言わなかったような無茶ですが鈴さんの為だと思うと、つい」
「ついじゃないんだよ! そういうとこは昔の君の方がはるかに扱いやすかったよ!」
「そうですか? ですが私は今の私の方が気に入っています。我慢してください。ところで集まった大工にこれを渡しておいてもらえますか?」
そう言って千尋は二人に大量の書類を渡した。それは瓦礫から掘り返した屋敷の見取り図である。
「……なにこれ」
「あの屋敷の見取り図です。それからこちらは家具。費用はいくらかかっても構いません。最速でお願いしますとお伝えください」
二人はそれを受け取るなり半眼になって千尋を睨みつけてきたが、そんな二人を無視して千尋は瓦礫の山になってしまった屋敷を見つめた。
その途端、また我慢していた怒りがふつふつと湧いてくる。
「ち、千尋くん、俺達も頑張るからとりあえずその円環は仕舞おうか」
「そうだよ、千尋。本当は暴れ狂いたいほど怒ってるんだろうけど、一旦落ち着いて。でないと近所の人たちが怯えてるんだよ」
「これは失礼しました」
千尋はそう言って円環を仕舞う。
「それで千尋、鈴さんの怪我の状態はどうなの」
「頭を強く打ったみたいです。後頭部に出血があったので、念の為仙丹を飲ませておきました。ただ、それ以外には大きな外傷はありませんでした」
「そっか、良かった。それじゃあ瑠鈴ちゃんは?」
「瑠鈴は無傷です。鈴さんが完全に瑠鈴に覆いかぶさっていましたから」
あの光景は今でも瞼の裏にはっきりと焼き付いている。二人が居たのはベッドと窓の間だった。きっとギリギリまで逃げようとしたのだろう。鈴が頭を怪我したのはきっとその時だ。それでも逃げ切れなくて鈴はその場で蹲り加護を発動したに違いない。
それを聞いて流星と羽鳥が悲しげに顔を歪める。
「母親の愛情というのは凄いね」
「全くだ。俺達龍には絶対に真似出来ない」
「そうですね。私もそう思いましたよ。でもだからこそ……」
千尋はそこまで言って口をつぐんだ。これ以上は言えない。鈴が瑠鈴を守ったのは、瑠鈴が千尋との子だからだ。だから鈴は命をかけて守ったのだ。
心を落ち着かせようと息を吸い込んだ千尋は、鈴が眠る部屋の窓に視線を向けた。鈴はまだ目覚めない。加護の力を最大限まで使い切った鈴は、きっと3日は目を覚まさないだろう。
鈴が目を覚ましたらその時は瑠鈴を守ってくれた事への感謝を伝え、抱きしめて口づけ、他愛もない話を沢山したい。
そしてまた二人で屋敷を、箱庭を作り上げていきたい。
そう、思っていたのに。