千尋の言葉に流星が怪訝な顔をした。あの原初の水の話が正しいのであれば、原初の水の話を千尋から流星にしても問題は無いはずだ。
「流星、今から私が話す話をあなたはただ聞いていていただけますか?」
「え、なに急に。怖いんだけど」
「大丈夫。話を聞くだけの簡単なお仕事ですよ」
「待って待って! 怖い怖い!」
「怖くありません。ただの水のお話ですから。では始めますよ」
そう言って千尋は流星に木葉から聞いた話を流星に全て話す。
けれど千尋の体には何の異常もない。それは流星も同じだ。
けれど流星はまるで初めて聞いたとでも言うかのように始終青ざめて拳を握りしめていた。
「嘘……だよね?」
「嘘じゃありません。どうですか? あなたが継いだ原初の水の話と相違点はありますか?」
「ありまくりだよ! 何だよ、それ!?」
よほどショックなのか、流星は爪が白くなるまで拳を握りしめている。しばらく無言で俯いていた流星だったが、ようやく何かを覚悟したかのように顔を挙げて千尋をじっと見つめて口を開いた。
「……双璧の谷だよ」
「は?」
「だから! 双璧の谷の奥に俺が受け継いだ原初の水があるって言ってるの!」
それだけ言って流星は両手で顔を覆った。きっと今、内心物凄く恐ろしいのだろう。その証拠に微かに流星の肩が震えている。
けれど何も起こらない。流星は流星のままだし、どこも腐り落ちてなどいない。
「安心してください、流星。あなたはどこも腐っていませんよ」
「ほんとに? 足先とか無くなってない?」
「ええ、大丈夫です。なるほど。木葉さんの話は本当だったのかもしれませんね。あと遅効性なのかもしれないので気を付けておいてくださいね」
まだ完全に信用する事は出来ないが、とりあえず原初の水については本当の事を話していたようだ。
「ちょっと! はぁ、まぁ俺も何か変だなと思ってたんだよ。だってさ、あれだけ隠されてきた原初の水の引き継ぎが異様にあっさりしててさ、え? こんだけ? とは思ったんだ」
「王にならなければ分からなかった事ですね。それから鈴さんが記憶を無くす前に羽鳥に話した事も気になりますし」
「ああ、あの傀儡になるって奴?」
「ええ。どれだけの人が返信したのかは分かりませんが、あちらの切り札は恐らく彼らなのだろうな、と」
千尋はそこまで言って大きなため息を落とした。そこへ、部屋の外から控えめなノックの音が聞こえてくる。鈴だ。
「どうぞ。ちょうど話し終えた所ですから」
千尋が答えると、鈴が襖を引いて千隼と共に入ってきた。どうやらお茶とお菓子を持ってきてくれたようだ。
「王、これどうぞ」
千隼が鈴の手伝いをしてお菓子を流星の前に置いて頭を下げるのを見て、流星が苦笑いを浮かべる。
「いつも通りで良いよ、千隼。皆の前では王だけど、お前の前じゃただの流星だ」
それを聞いて千隼は顔を輝かせて流星に飛びついた。
「それじゃあ遊べる!?」
「こら千隼! すみません、流星さま」
そんな千隼を見て鈴が慌てるが、流星は人好きのする笑顔を浮かべて片手を振る。
「良いって! 千尋くんの子は親戚みたいなものだよ。よし! それじゃあ何して遊ぶ?」
流星は千隼に手を引かれてそのまま部屋を出ていく。とても王とは思えない態度だが、彼が王になったからこそ都は鈴達を受け入れてくれたのだ。
「すみません、千尋さま。お邪魔してしまいました」
「大丈夫ですよ。本当に話し終えた所だったので。それよりも今日のおやつは
「はい! 菫ちゃんがどうしても食べたいって。でも私、いつの間に作れるようになってたんだろう……」
不思議そうに首を傾げる鈴に千尋の胸中は切なくなるが、その事について一番不安に思っているのは鈴だ。
千尋は鈴の手を引いて隣に座らせるとスプーンで風鈴を掬って鈴の口の前に持っていった。そんな千尋の行動を見て鈴は驚いたように目を丸くして耳まで紅く染まっている。
「え、えっと?」
「いつもこうやって食べさせ合っていたんですよ」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ」
こんな所を雅に見られでもしたらまた「嘘つくな!」と叱られそうだが、この初々しい鈴の反応が堪らない千尋である。
「わ、私の度胸は凄かったのですね……」
困惑したように呟く鈴を見て千尋は吹き出しそうになるのを堪えながら頷いて、観念したかのように口を開いた鈴の口に風鈴を差し入れた。
「美味しいですか?」
「き、緊張で味がしません」
「おや、それは残念」
こんなにも甘くて蕩けそうな時間を、これからも鈴と重ねたい。千尋はそんな思いを噛み締めながら風鈴を二人で食べた。