「ああ。夢が叶った途端、牢送りだ。操られていたとしたら不憫で仕方ない」
「ですが夢とは本来自分で叶えるものでしょう? それなのに安易に吊り下げられた糸に食いついたのはその方の落ち度ですよ」
「そりゃ千尋はな! 大抵の夢は自分で叶える事が出来るんだろうけど! 大半の奴らはそうじゃないんだよ! 生まれとかそういうのが邪魔する事だってあるんだぞ!」
息吹の言葉に千尋はハッとした。それはその通りだ。鈴が良い例ではないか。
「本当ですね。すみません、軽率な発言でした」
「ち、千尋が謝った……明日は雨か?」
「失礼な。鈴さんが正にそうだったなと思ったのですよ。彼女は理不尽に私の所に嫁がされる羽目になったのですから。結果は見ての通り最良の結果になりましたが、今の状態が彼女の夢だったのかどうかは誰にも分かりません」
「お、おう。なんだ、やっぱ鈴絡みで改心しただけか。うん、千尋はやっぱりいつまで経っても千尋だ!」
「そうだね。ついでにシレっと惚気てくるのも千尋くんだよ。木葉さん、この後の事を初達から何か聞いている?」
流星が木葉に視線を移すと、木葉はピクリと肩を揺らした。杖を持つ手が微かに震えている。
「知っているのですね?」
千尋が尋ねると木葉は小さく頷くが、口は閉ざしたままだ。そんな木葉の肩に羽鳥がそっと手を置いた。
「木葉、言いにくいかもしれない。けれど教えて欲しい。初達はこれ以上何をする気でいるのかな? 最終的な目的は何?」
「私が知っているのは……都の奪還、です。それから、水龍が王位に就くこと。もちろん、王妃は初さま……ですが、五月さまと琴音さまがそれは邪魔すると思われます」
「なるほど。まぁ思ってた通りだねぇ。どこまでも浅はかというか単純というか。その三人には互いに潰し合ってもらうとして、問題は前王だ。この人だけがイマイチ目的が掴めない」
木葉の言葉に流星がため息を落とすけれど、一つだけはっきりしている事がある。
「そうですね。けれどあの方はきっと娘ですら利用するでしょう。それは勝手に原初の龍と契約させた事を見ても分かります」
「それは前王の愛情かもしれないよ?」
馬鹿にするような羽鳥の言葉に千尋は思わず眉根を寄せた。
「そんな愛情があってたまるものですか。そんな事をしたばかりに初は私に討伐されるのですから」
「あ、討伐する気満々なんだ?」
「もちろんです。もう流石の私も我慢の限界なんですよ」
そう、我慢の限界なのだ。色々と。最近では少しでも気を抜くと円環が現れそうになってしまうのだから。
「あともう一つ懸念している事が……」
顔を歪めて木葉がまた口を開いた。
「なんです?」
「初さまは薬湯と言われて嘆きの水を毎日飲まされていました。その事がどんな作用をするのか、私にも分かりません」
その言葉に皆が一様に黙り込み、結局何の解決策も無いまま会議は終わった。
あの会議から一週間、市井で起こるいざこざは日に日に増していた。最初はちょっとした小競り合いのようなものだったのが、気がつけば殺し合いにまで発展する事もしばしばあった。
やがて何かおかしいと市井の人たちが気づき出した頃には、あちこちで火事や強盗などが頻発し始めたのだ。
そして今日、羽鳥の屋敷の裏にある山が燃えた。
「羽鳥さまの所のおちびちゃん達は大丈夫でしょうか……何か困っている事とかがあれば……」
夕食の支度をしながら心配そうに尋ねてきた鈴に千尋は無言で頷く。
「鈴さんは優しいですね。でも大丈夫ですよ。羽鳥の親戚の子たちは既に避難をしているそうですから。それに山火事も大分落ち着いてきたようです」
「そうですか……千尋さまもお疲れ様でした」
「いえ、水龍の力はこういう時にこそ使うべきなのですよ」
そう言って千尋は鈴の頭を撫でると鈴は微笑んで頷く。
鈴は羽鳥の所で山火事が起こったと聞いて、千尋が飛び立つよりも先に千尋に言った。何か力を貸すことは出来ないか? と。千尋も元々行く気だったが、鈴も同じように思ってくれていた事が嬉しかった千尋だ。
何よりもいつの間にかこんな風に自然と誰かの為に動く事が苦にならない自分にも驚いている。
千尋は鈴を抱き寄せてその小さな頭を抱き込んだ。