「鈴さん、雅とも相談したのですが、一時この場所を離れて昔の屋敷に皆で移りましょう」
「えっ!?」
「この場所はもう目を付けられています」
「そう……なのですか?」
「ええ。恐らく。私達は市井の人たちによって監視をされている可能性があるのですよ」
「監視、ですか?」
「はい。鈴さんが羽鳥に報せてくれたあの情報を元に犯人たちを調べ上げたところ、ほぼ全員が血判を送った人たちでした。おまけに彼らの記憶は所々抜けているようなのです。そして犯人たちは事件を起こした時の記憶を失っている。つまりあの手紙に返信をした人たちによって、私達の行動はあちらに筒抜けになっている可能性があるのですよ。それともう一つ。事件を起こす直前に男とも女とも言えない声が頭の中で聞こえた気がする、とも」
「もしかしてそれが原初の……?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。明確に聞こえる訳ではなく、何かを話しているが聞き取れない状況だったようです。そして記憶が途絶えて意識が戻ると、届いた手紙を握りしめて現場の真ん中に居たというのですよ」
「それはまるで……」
鈴の言いたい事が分かった千尋は頷く。
「操られています。木葉さんの言う通り、血判を送った事で原初の龍の傀儡になってしまっている状態なのかもしれません」
「そんな!」
千尋の声に鈴が悲痛な声を上げた。その顔は悲痛に歪んでいる。
「彼らが今後どうなるのかは分かりません。何かが起きる前に対処をしなければ」
「でも千尋さまの前のお屋敷に引っ越したとしても、どのみち皆さんに見張られているのであれば、あまり意味が無いのでは……」
「ええ。ですから地上の屋敷に戻るのですよ。もう手筈は整えてあります」
にっこりと微笑むと、鈴はとうとう声を失ったかのように口をあんぐりと開けて千尋を見上げている。
「驚きましたか?」
「は、はい……え!? で、でも地上のお屋敷はもう……」
「実はね、鈴さん。以前の屋敷に比べると大分小さいですが、あの場所に社を一つ建ててもらったのですよ」
「い、いつの間に? はっ! まさかあの時に言ってた節子さんからの完成の報告ってまさか……」
何かを思い出したのか、鈴の目がさらに見開かれる。
「ええ、そのまさかです。瑠鈴が生まれる少し前に節子さんから連絡が入りまして。あの場所を龍神が居た地として祀りたいと相談があったのですが、どう祀れば良いかなどというので、それでは是非とも小さい社を建ててくださいとお願いしたのですよ。だってこの先もきっと私達は何度も地上に下りるでしょう? その時に寝床が無いと困ると思いまして」
「ち、千尋さまは何と言うか、先見の明が凄いのですね……」
目を皿のように大きくしてそんな事を言う鈴を見て千尋は微笑んだ。
「惚れ直してくれましたか?」
意地悪に微笑んで鈴の顔を覗き込むと、鈴は無言で千尋に抱きついてきて、恥ずかしそうに言う。
「これ以上、お慕いしようがないほどです」
そんな鈴の言葉に千尋は微笑んで鈴を強く抱きしめた。
♡
千尋から話を聞いた翌日、鈴は皆と共に地上に下りた。かなり急な事だったけれど、それぐらい状況は切羽詰まっているという事だ。
千尋は一人都に残ったが、明日にはこちらに来る予定である。
「本当に千尋さまは下りて来られるのでしょうか」
鈴がまっさらの社の炊事場で夕飯の準備をしながら言うと、隣で菜っ葉を洗っていた雅がふとこちらを見た。
「来ると思うよ。あいつは前回の件で相当肝が冷えただろうからね」
「その節はご心配をおかけしてしまいました」
「まぁ心配はしたけど、あんたが謝る事じゃないさ。それに千尋はあたし達を地上に逃がしたのには他にも理由があるってあたしは踏んでるよ」
「どういう事ですか?」
「初達に地上を攻撃させようとしてんじゃないかって思うんだ」
「ええ!?」
まさか! そうは思ったが、今までの千尋の行動を考えると何となく納得してしまう。今のままでは初達を千尋達が攻撃する訳にはいかない。であれば、あちらから動き出してもらおうとするのではないか。多分、雅はそう思っているのだろう。
「だから明日からあたし達は勇達の所で世話になるんだよ。ここじゃ危ないからね」
「なるほど……納得です」
鈴は頷いて夕飯の支度を終えた。とても平和な、千尋が居ない少しだけ寂しい夕飯だった。
翌日、鈴だけは麓の神社に移り、千尋がやって来るのを待つ事になった。
「千尋さま!」
明け方頃に神社にやってきた千尋に鈴が駆け寄ると、そんな鈴を千尋はしっかりと抱きとめてくれる。