「鈴さん、お待たせしました」
「いえ! あちらはどうですか?」
「種まきは終わり、芽が出た頃だと思います。収穫まではさほどの時間はかからないでしょう」
千尋の言葉に鈴は頷いて雅の言葉を思い出す。それを千尋に告げると、千尋は苦笑いを浮かべて頷く。
「流石、長年私の側に居たのは伊達ではありませんね。雅の言う通りです。あなたが地上に向かったという話を聞けば、必ずあの人達は動きます。いかなる場合であっても地上への干渉はご法度。それを理由に流星が前王と初達の討伐命令を出す予定なんですよ」
「討伐ですか!?」
「ええ、討伐です。会議で満場一致で決定しました。もうこれ以上好きにさせる訳にはいきません。そして原初の龍を救い出すには恐らくそれしか方法が無いです」
千尋の言葉に鈴は神妙な顔をして頷いた。一番の被害者は原初の龍だ。大気に戻ることも許されず、今もなお利用されているのだと思うと胸が痛む。
「そうですか……話し合いも出来ませんか?」
「そうですね。一応、試みるつもりですが、多分無理だと思います」
千尋の言葉には慈悲の欠片も無かった。自惚れる訳ではないが、千尋にとっては家族がずっと狙われ続けているのだ。鈴が千尋の立場でもきっと同じ判断をするに違いない。
鈴は千尋の背中に腕を回すと、そっとその大きな背中を撫でる。
「鈴さん?」
「千尋さまにはいつもこんな役目ばかり押し付けてしまいますが、私は、家族は皆あなたの味方です。覚えていてくださいね」
「……はい」
孤独だった水龍は家族を作って共に生きる道を選んだ。それこそが千尋の幸せだと言うのなら、鈴は全力で千尋を幸せにしたい。
鈴の心は正しく千尋に伝わっただろうか。
そんな事を考えながら千尋の背中を撫でていたその時、突然空が派手に光ったと思った次の瞬間、神森家があった場所に大きな稲妻が落ちた。
そしてその後、大量の雨が局地的に降り注いでいるのが見える。その音はまるで地響きのように麓にまで聞こえてきていた。
「ああ、どうやら芽が出て花が咲いたようです」
「あそこに居たらと思うとゾッとします……」
思わず鈴が千尋に身を寄せると、そんな鈴を千尋は抱きかかえてくれた。
その時、千尋が帯から下げていた鏡が光り、それに気づいた千尋が鏡を覗き込むとそこに流星が映っている。
「流星、さっそく動き出したようです」
『うん、こっちからも観測した。それにしても派手にいったね。雷は初で雨は前王かな』
「いえ、前王ではないと思います。あの量の雨をあんなにも的確に狙って降らせるのは至難の技ですよ」
『だよね。だとしたら……誰?』
「原初の……龍……」
首を傾げる流星と千尋に鈴は思わず呟いた。その言葉に二人はハッとしてこちらを向く。
「鈴さん、多分それが正解です。初は既に原初の龍に乗っ取られている可能性が高いです」
『相手が原初の龍って事!?』
「いえ、正しくは原初の龍の力を取り入れた初かと。木葉さんが言っていたではありませんか。初は毎日薬湯として原初の水を飲まされていた、と」
『もっと厄介じゃないか!』
流星の言葉に思わず千尋と鈴は顔を見合わせた。何となくだけれど千尋が何を考えているのか手に取るように分かってしまう。鈴は無意識に千尋の着物の袖を掴んでいた。
そんな鈴を安心させるかのように千尋が鈴の手の甲を撫でてくれる。些細な事だけれど、たったこれだけの事が無性に安心出来るのだ。
「千尋さま、どんなご決断をされても私は千尋さまをずっと待っています。でも……出来れば危ない事はしないでください」
「ええ、約束します。それにまだ私はどこにも行きませんよ。あちらにはもっと派手に暴れてもらわなくては。ねぇ? 流星」
『そうだね。これじゃあまだ討伐案件じゃない。でも木葉さんは拘束したよ』
「えっ!?」
鈴が驚きに目を見開くと、千尋が肩をすくめ流星が視線を伏せる。どうやら二人は木葉を罠にかけたらしい。
「鈴さんには出来れば知られたくありませんでしたが、これは羽鳥が言い出した事なんですよ」
「羽鳥さま……が?」
あんなにも木葉と仲が良さそうだったのに? 思わず息を呑んだ鈴を見て千尋が頷く。
「ええ」
『羽鳥はさ、そういう奴なんだよ。それが彼の武器だ』
それを聞いて今度は鈴が視線を伏せる番だった。
「……そうでしょうか? 羽鳥さまは木葉さんを信じているからこそ、そんな事をしたのだと……思います。それは木葉さんも」
あの羽鳥が単純に木葉を罠にかけたとは思えない。木葉もそれが分かった上で羽鳥に罠にかかった可能性もあるのではないか。であれば、二人の間に何らかの協定が結ばれたと考えられる。