それを千尋に伝えると千尋は目を細めて頷いたが、流星が不思議そうに尋ねてくる。
『木葉さんはわざと羽鳥の罠にかかったという事?』
「はい。お互いがお互いの意図を知り、その上で木葉さんはわざと罠にかかったのだと……思います」
木葉は賢い人だ。羽鳥と同じぐらい自分の役目を理解している人だと鈴は思っている。そしてそれは羽鳥も感じていたのではないだろうか。
俯いた鈴の頭に千尋の大きな手が乗った。そしてその手はゆっくり左右に動く。
「私もそうだと思います。もっと言えば木葉さんの無実を証明するには、それはしか方法がありません。彼女もまた、こちらへ来てからずっと見張られていたでしょうから。牢の中であれば彼女はあちらの監視を逃れる事が出来るはずです」
「はい! きっと、きっとそうです!」
『……確かにその方がしっくりくるな。本当の所はまだ分からないけど、彼女はこちらに色々と有益な情報をくれたのも事実。大丈夫だよ。決して悪いようにはしないから』
「はい!」
それを聞いて鈴はホッと胸を撫で下ろして旧神森家があった場所を見ると、まだ大雨が降り注いでいる。
「さあ、じゃんじゃん降らせてもらいましょう。いつになったら気付くのか、私達はここから見物しようじゃありませんか」
「It's Cool!」
「褒めていただいてありがとうございます」
にこやかにそんな事を言う千尋に流星は引きつったが、鈴にとっては千尋のこういう所も大好きなのだ。
♤
旧神森家を襲った雨と雷は三日三晩降り注いだ。雷が社を燃やし、火が上がると雨が降る。それを延々と繰り返したのだ。
「今日もやってますね」
千尋はその様子を見つめながら神社の縁側でお茶をすすり、呑気に鈴お手製のお菓子を頬張る。
今この神社には千尋と鈴と世話役の狐たちしか居ない。本当は鈴も行かせたかったが、鈴が首を決して縦には振らなかったし、あちらの狙いはいつだって鈴だと言う事を思い出して、結局千尋は鈴だけはここへ残した。
のんびりしている千尋を見て狐たちはまるで恐ろしい物でも見るかのような顔をしているが、鈴だけはそんな千尋に賛同するかのようにコクコクと頷いて視線を伏せる。
「でも、せっかく節子さん達が建ててくれた新しいお社なのに……」
「そう心配しないでください、鈴さん。お願いしたのは本当に寝泊まり出来るぐらいの物だったので。これが終わったらあそこにはあの小さな祠だけ残してもらって、公園でも作ってもらいましょう」
「公園ですか?」
「ええ。展望台のついた公園です。色んな人達が気軽にあの地に訪れてくれる方が良いじゃないですか」
千尋の言葉に鈴は目を輝かせて頷いた。
「そうですね! お参り目当てじゃなくて、色んな人達に来てもらった方がきっとあの地も喜びます!」
素直な鈴を見ていると千尋はいつも落ち着く。本当は憂いも何も無いのではないかと錯覚しそうになるが、本当にそうなるのはもう少しだけ先の話だ。
あれから4日後。とうとう流星が都全土に初達の討伐命令を出したと、千尋の元に連絡が入った。
「鈴さん、そろそろ私はあちらに戻ります」
その日の夜、二人だけの食事をしながら千尋が言うと、鈴は一瞬食べる事を忘れてしまったかのように動きを止め、すぐにハッとした顔をして頷く。
「何を考えていたのですか?」
何気なく鈴に問いかけると、鈴は眉尻を下げて今にも泣き出しそうな顔をしている。
「お守りを、作る時間が無かったな、と」
「作ってくれるつもりだったのですか?」
「はい。いつも千尋さまが地上から都へ戻る時には、必ずお守りをお渡ししようと決めていたんです。あなたが無事であるように、どうかまた必ず会えますようにって」
鈴の言葉に心が震える。いつも鈴はそんな願いを込めて千尋を見送ってくれていたのか。
食事中だというのに抱きしめたい衝動に駆られつつ、千尋は出来るだけ笑顔を浮かべて鈴を見た。
「すぐに迎えに来ます。皆で都に戻りましょう、必ず。食事を終えたら雅達の元へ送ります」
「はい!」
不安げだった鈴の顔がようやく少しだけ綻ぶ。そんな鈴に自分と繋がる鏡を渡していつもと変わらない時間を共に過ごして明け方頃、千尋は鈴を送ってから単身都へと戻った。
流星が出した前王達の討伐命令は、市井を大いに混乱させていた。