混乱している龍たちを尻目に流星の執務室に向かうと、塔の周りには地方に散らばっていたであろう兵達が所狭しと集まっている。
「下はなかなか壮観ですね。ただいま戻りました」
執務室に入るなり軽い口調で言うと、執務室にはそれぞれの部署の高官達が一斉に振り返った。
「呑気なものだな。全く、また婚姻色まで出して」
からかいとも嫌味とも取れるような事を言うのは琢磨だ。その言葉に数人の高官が頷いたが、千尋は彼らの顔を見渡して微笑む。
「別に構わないでしょう? 愛しい妻とのしばしの別れを惜しむ事の何が悪いのですか?」
「……ふん」
雅に言わせるといつ何時でも戯けないと気がすまない千尋は、こんな時でも自分がどれだけ鈴を思っているかを皆に伝えたい。
その時、部屋の一番奥からパンと手を打つ音がする。視線を奥に向けると、そこには流星が呆れたような顔をしてこちらを見ていた。
「はいはい、そこまで! ところで君たちに一つ言っておきたい事があるんだけど」
その一言に部屋は静まり返る。流星はこんな言い方をするが、これはいわゆる王の勅令だ。
「高官は皆、今回の討伐には参加しないでほしい」
それを聞いて高官達が次々に文句を言い出した。彼らも都を守りたいのだ。その気持はよく分かる。
けれど前の戦争の時に幾人もの優秀な龍を失った。彼らが居ればと何度も思ったのは、きっと千尋だけではないはずだ。
「王はあなた達に生きろと言っているのですよ。前の戦争を忘れたのですか?」
千尋の声が部屋に響いた。そしてそれを聞いた高官達は前の戦争を思い出したのか、不意に口をつぐむ。納得はしなくても別に構わないが、これ以上の人材は失えない。
「それから今回は討伐命令です。あちらからではなく、こちらから仕掛けます。戦いの場も都の外になるでしょう。けれど市井の者たちに被害が及ばないとは言い切れません。操られている者たちもまだ多く居ます。全ての兵が都から出払う今、市井の方達を安全な場所へ誘導出来る者が居なくなるのです。あなた達にはそちらをお願いします」
「そうだな。千尋の言う通りだ。どのみちここに居るのは所詮頭が良いだけの戦いとは無縁の龍ばかり。そんな我々がしゃしゃり出た所で犬死にするのがオチだ。それならば我々にも出来る事を探すべきだろう。考える事に関しては得意なのだから」
琢磨の言葉に年若い高官達は顔を見合わせて頷く。こういう威厳は千尋にはまだ無いので、やはり琢磨も高官に捩じ込んでおいて良かった。
「それじゃあ僕達は市井の人たちを誘導しに——」
それまで会話が終わるのを待っていた羽鳥が部屋を出ようとすると、それを流星が止める。
「いやいや羽鳥。それから千尋くんもこっちだから」
「え? 僕は戦力にはならないと思うけど?」
「私もですよ」
「羽鳥には誰も戦力になれとは言ってない。その頭を貸してって言ってる。あと千尋くん、その冗談は面白くないから。そんな訳で残りの人達は解散!」
流星がもう一度手を叩いて立ち上がると、皆がゾロゾロと部屋を出ていく。残されたのは千尋と流星と羽鳥だけだ。
「それで王妃さまはどうされたのですか? まさかまた一人で突っ走っていったのですか?」
息吹が居ない事を不審に思って流星に尋ねると、流星は何故か目の下を紅く染めて首を振る。
「息吹は今頃鈴さん達と居ると思う」
「どういう事です?」
思ってもいなかった答えに千尋が思わず聞き返すと、流星はとうとう机に両手をついて早口で話し出した。
「こんな時にって思われるかもだけど! 妊娠が分かったの! だから避難させたんだよ! 文句ある!?」
よほど恥ずかしいのか、顔どころか耳まで真っ赤だ。
「それはそれは、おめでとうございます」
「ありがとう!」
「よく息吹がすんなり言う事聞いたね」
「鈴さん達を守る奴が居ないって言ったら一発で下りたよ!」
「ああ、なるほど」
何か釈然としないのか、流星は何とも複雑な顔をして叫んだ。
けれど千尋はそれを聞いて少しだけ安心していた。息吹の身の安全ももちろんだが、何よりも楽天家の息吹が側に居れば鈴も多少は安心するだろうと思ったからだ。息吹の良い所は物事を決して後ろ向きには捉えない事だから。