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第546話

 初がこの新しい力に気づいたのは小さな雷を出す練習をしていた時だ。何気なくいつものように雷を操っていると、そこに水の粒が混じった。


 最初は驚いて思わず手を引いたが、今度は水だけを出そうとすると出来てしまったのだ。それもいとも容易く。


 初は当初この力の事は誰にも黙っていようと思っていたのだが、この日から幻聴が聞こえるようになった。


 最初は囁くような声だった。男とも女とも言えない、微かな声。


 ところがその声は初の力と比例するかのように次第に大きくなっていく。


『止めろ、止めろ。こんな事に我の力を使うな』


 とうとう声がはっきりと聞こえた頃には、初は完全に水を扱うようになっていた。ずっと憧れていた水の力が手に入った事が嬉しくて初はその声を無視し続けた。


 木葉からは定期的に五月に連絡が入る。それは鏡であったり手紙であったりしたが、それを羽鳥に気付かれている事は織り込み済みだ。


 木葉の役目は人間贔屓の羽鳥の同情を煽り信頼を勝ち取る事である。そして木葉はその作戦をやり遂げた。


「生きていたら褒美をあげなくちゃね。そうだ! あいつらの所に送ってあげましょう!」


 木葉と同じように地上から送られてきた者たちはもう誰も居ない。それはさぞかし寂しい事だろう。


 初は自分の慈悲深さに陶酔しながら水を操る練習をする。


 するとまたあの声が聞こえてきた。


『止めろ、止めろ。これ以上はいけない。戻れ。思いとどまれ』

「誰だか知らないけど羨ましいの? 肉体のある私が。そうよね? あなたはもう声を届ける事しか出来ないのだものね」


 この頃になると初はこの声の主におおよその見当はついていた。これは恐らく原初の龍の声だ。雷龍の初がある日突然に水龍の真似事など出来る訳がない。


 兼続はきっと、初を生かしたいが為に初に原初の龍の力を初に与えたに違いない。


 それは半分正解で半分は外れだったのだと知ったのは、千尋と対峙した時だ。


「初、具合はどうだ?」


 部屋に兼続がやってきた。手にはもう何も持たれてはいない。それは初が完全に原初の龍と同化した事を意味しているのではないだろうか。


 そんな事を考えながら、初は初めて兼続の前で水を操ってみせた。


「お父様、素敵な贈り物をどうもありがとう」


 そう言って作り出した水龍特有の小さな円環を見て兼続が息を飲む。


「お前……とうとう?」

「ええ。私はあの偉大な原初の龍の力を取り込んだのよ。お父様はこれを望んでいたのでしょう?」


 それを聞いて兼続は泣きそうな顔をして頷く。


「ああ、そうだ! とうとう目覚められたか……それで、原初の龍さまは何と仰っている!?」

「止めろと言っているわ。それはもうしつこくね。でもそんな事知るもんですか。力を手に入れたのなら、使うべきよ。龍の為にね」


 初の言葉を聞いて兼続は引きつった。どうやら欲しかった言葉では無かったらしい。


「止めろ、だと?」

「ええ。これ以上はいけない。戻れですって」


 その言葉に兼続は青ざめた。


「っ! そんな……復讐をしたがっているというのは嘘だったのか! これは私への罠か!」

「お父様?」


 取り乱した兼続を見て初は眉をひそめた。一体何をそんなに憤っているのか。


 すると、兼続は初の肩を掴んで血走った目で早口で話し出した。


「初、その力は使うな! 二度とだ!」

「あら、どうして?」

「どうしてもだ! いいな!? これは命令だ!」


 それだけ言って兼続はドカドカと部屋を出ていく。それと入れ替わりに今度は琴音が部屋へとやってきた。


「初さん、少しよろしい?」

「あら、琴音。どうかして?」


 琴音の表情が曇っている事に気づいて初が問いかけると、琴音が悲しそうに微笑んだ。


「五月さんがね、こちらの情報を流していると木葉から連絡があったの」

「なんですって!? 五月が!?」


 それを聞いて初は膝立ちになると琴音の肩を掴んだ。そんな初を見て琴音は真顔で頷く。


「こちらの情報が色々と漏れているからおかしいと思って調べたの。そうしたら犯人は五月さんだった……市井への手紙を彼女に任せたのが失敗だったわ」

「どういう事? 傀儡達を使ってこちらの情報を流していたというの?」

「いいえ。使ったのは木葉よ。彼女に原初の水と龍の秘密をあちらに話させたの。こうなってしまっては必ず何かしらの対策を取られてしまうわ」


 琴音は口元に手を当てて何か考え込んでいるが、その手は微かに震えている。

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