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第551話

 千尋を見送って菫達と合流した鈴は何故かそこに居る息吹に驚き、理由を聞いてさらに驚いた。


 けれどこの殺伐とした時の中で息吹の報告は唯一心の底から喜べるもので、鈴は寝る時までその喜びを噛み締めていたのだが深夜、状況が一変した。


 いつ千尋から連絡が来ても良いようにと鈴はいつも鏡を枕元に置いて眠るのだが、その鏡が深夜に光ったのだ。


 ぐっすり眠っていた鈴だったが、突然目の前が眩しくなった事で驚いて目を開けると、鏡が光っている事に気づき慌てて鏡を開いた。千尋からだと思ったのだ。


 ところがそこに映し出されていたのは、何かを思い詰めたような顔をした木葉だった。


「木葉……さん?」


 寝ぼけ眼で鈴が問いかけると、木葉は申し訳なさそうに頭を下げる。


『こんな時間にごめんなさい。あなたにどうしても伝えておきたい事があったの』

「何か、あったのですか?」


 何だか切羽詰まった様子の木葉に鈴はゴクリと息を呑んで起き上がると、その場に正座して鏡を覗き込む。


『嘆きの水の場所を今のうちにあなたに伝えておこうと思って』

「嘆きの水の場所を?」


 どうしてそんな事を木葉が知っているというのだ? 不審に思う鈴に木葉は慌てる事も無くうなづく。


『ええ。私は王からその場所を聞いていたの。使い方と封印の仕方、それから契約の仕方も。それをあなたに伝えておきたいの』

「……何故ですか? それは木葉さんがご自分で伝えた方が良いのでは」

『そうしたいのだけれど、それをする前に私はきっとこの世から去る事になると思うから。そうなったら誰にも原初の龍を救う事が出来なくなってしまう。あの方とお約束をしたのに……だからどうか、聞いてくれる?』


 どこか含みのある木葉の言葉に、鈴は訝しく思いながらも頷いた。


「分かりました。お聞きします。でも木葉さん、一つだけ教えて。あなたはまだ死にたいと思っているのですか?」


 最近の木葉は羽鳥の側でよく笑っていた。出会った時の緊張感はすっかり無くなり、杖に触れる回数も減っていた。だからその事を鈴はずっと尋ねたかったのだ。


 鈴の言葉に木葉は一瞬言葉を詰まらせたが、静かに首を振る。


『……いいえ。今はもうそんな事は思っていない。呆れてしまうでしょう? もうずっとあの方の側へ行きたい思っていたのに、あの方にそっくりの人に惹かれ始めてしまっている事に気づいてしまった』

「それは……羽鳥さま?」

『……ええ。最初は声が似ているだけだと思っていた。でも中身もとてもよく似ていて、私を呼ぶ時の間や声音、その全てがあの方と重なってしまう。けれどそれは羽鳥さまには失礼だわ。だから私はあの方から逃げたの。情けないでしょう?』

「情けなくなんて! それを聞いたら羽鳥さまはきっと——」

『言えないわ。あの方に似ているから惹かれているだなんて、どうして言えるというの?』


 その言葉に鈴は声を詰まらせた。木葉の言う通りだったからだ。


「そうですね。ごめんなさい」

『あなたが謝る必要はないわ。全ては私が招いた結果だもの。だから本当は最後まで私が責任を持つべきだったのだけれど……聞いてくれる?』

「はい。お聞きします」


 木葉は何かを決意して鈴に連絡をくれたのだろう。この先に木葉の未来はきっともう無い。それが分かっているからこそだ。


 鈴は座り直して木葉からの伝言を一言一句聞き逃さないように耳を澄ませた。


 全てを話し終えると、最後に木葉は微笑む。


『ありがとう、鈴さん。出会ったばかりのあなたにこんな役目を押し付けてごめんなさい』

「いえ。木葉さんはこの事をずっと守っていたんですね。やっぱり私達の味方でした!」


 木葉の話を聞き終えた鈴は、ようやく胸のつかえが消えた気がして微笑む事が出来る。その笑顔を見て木葉が泣き出しそうに顔を歪めた。


 飛び去った龍たちを追いかけていると、その先に流星達が居るのが見えた。流星達は大量の龍たちに取り囲まれているが、その足元には沢山の龍達が倒れている。


 千尋が追ってきた龍たちは先程と同じでやはりその場をただぐるぐると回っているだけだ。


 先ほどの様子を見る限り、操られた龍たちは操る側の声を聞かなければ行動を起こす事はない。


 千尋はそれを遠目に視界に入れながら、羽鳥から受け取った手紙に目を通す。そこには千尋達の屋敷を壊したのは電磁波ではないかと書かれていた。


 千尋は口元に手を当てて考え込んだ。電磁波で壁を壊すなどと言う事が本当に出来るのだろうか?


 けれど何の前触れもなく崩れ落ちた屋敷に、その直前の地震のような揺れが建物と共振したのであれば、出来なくはないのかもしれない。問題は、それを誰がやったのかと言う事だ。


 さらに手紙を読み進めると、そこには初と琴音の名前があった。初の力は知っていたが、琴音も雷を操るとは思っていなかった千尋だ。


 その時、流星の怒声が響き渡った。どうやら琴音よりも先に初が姿を現したらしい。


 千尋は羽鳥の手紙を懐に仕舞うと流星の元へ向かった。


「お待たせしました、流星」

「千尋くん! さあ、姫のお出ましだ」


 流星の言葉に千尋は軽く首を振って声を潜める。


「あれは姫ではありませんよ。琴音さんが全ての首謀者です」

「は?」

「あれは琴音さんと前王に騙された、どこまでも愚かな龍に過ぎません」


 全ての首謀者と言うと言い過ぎかもしれないが、初が琴音に利用されたのは事実だ。


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