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第552話

 千尋は正面から歩いてくる初だった者をじっと見つめた。


 すると初は千尋と目が合うなりピタリと足を止め、千尋を視界に捉えるとこの場にそぐわない笑みを浮かべる。


「ああ……私の水龍……あなたはこんな所に居たのね」


 上機嫌な初のセリフに千尋は眉根を寄せた。


「前王は、あなたのお父上はどうされたのですか?」

「誰かしら。知らないわ。さっき男を一人大気に還したけれど、あの人かしら」


 それを聞いて流星が隣でゴクリと息を呑んだ。どうやら初は自分の父親を手にかけたようだ。


「そうですか。それは探す手間と討伐する手間が省けたようです」


 うっすらと微笑んだ千尋を見て初がうっとりと目を細めるが、そんな初に問いかける。


「結局あなた達は何がしたかったのです? まさか未だに私と番で居る夢など見ていませんよね?」

「何を言っているの? 私達は番よ永遠に。それはもう決められているの。あなたの噂を聞いたわ。そういう作戦だったのよね? 人間と婚姻を結んで害の無い振りをして周りを欺き、その雷竜を裏切って王位に就くための。いかにもあなたがやりそうだわ」

「これはこれは。どうやらあなたの中の私は随分と野心家のようですが、あいにく芝居ではないのですよ。私のこの婚姻色を見れば分かるでしょう?」

「婚姻色! 私に会えたから?」

「まさか。これは妻からの手紙を読んで出たものですよ。とうとう私は彼女の文字を見るだけで婚姻色を出せるようになってしまいました」


 微笑んでそんな事を言うと、ようやく初の眉間に深いシワが入る。


「何を言っているの? あなたの妻は私よ。そうでしょ? 小さい時に良くしてやった恩も忘れたの?」

「恩? あなたが私の為に何かしてくれた事など無いでしょう? あなたがしたのは全て自分の為。私を連れ歩き、虚栄心を満たしたかっただけの筈です。さあ、そろそろお喋りはお終いにしましょうか、初。あなたに今、討伐命令が出ているのをご存知ですか?」

「討伐? 私を?」

「ええ、あなたを。どうします? 私が手を下しましょうか? それとも自害します?」


 いつもの口調で、いつもの笑顔で問いかけると、何故か初ではなく味方側がそれを聞いて息を呑む。これは最後の慈悲だ。どちらを選んでも千尋はもう初を生かして置こうとは思っていない。


 ならば最後ぐらいは選ばせてやろう。そう思ったのだが——。


「ふふ、何を言っているの? 番が死ぬ時は一緒よ。もちろん私が死んだらあなたも死ぬの。ねぇ、そうでしょう?」


 初はそう言って手を空に翳す。それに気づいた千尋は一瞬のうちに辺り一帯に結界を張った。


「流星、操られている龍たちを守ってください。これ以上の犠牲は出しません」


 千尋の言葉に流星が頷き、片手を挙げた。それを見て流星の部下も一斉に周りに結界を張る。


 次の瞬間、大量に空から黄色と水色の矢が入り混じって落ちてきたが、全て千尋達の結界に吸い込まれていってしまった。


 雷と水の力を操るようになっている初は、やはり完全に原初の龍の力を得たらしい。


 もしも原初の龍の力を初が完全に使えるようになっていたとしたら、もしかしたら千尋にも勝ち目は無いかも知れない。


「あなたはやっぱり原初の龍の生まれ変わりなのね」


 千尋達の結界を見てどこか上の空でそんな事を言う初に千尋は怪訝な顔をしたが、初は恐らくもう自分が何を言っているのかも分かってはいないのではないだろうか。


「うふふ! やっぱり私の水龍は最高だわ。小さい頃から調教した甲斐があった! 私は最強の水龍の下で愛されて都一幸せになるのよ。他の誰にも手の届かない高みまで千尋と共にね!」


 声高らかに初が叫ぶのを千尋も流星もただ黙って聞いていたが、いい加減な所で顔を見合わせて首を振る。


「こりゃ駄目だね」

「ええ。どうやら融合できずに完全に壊れていますね」


 原初の龍と初の力の差を考えれば当然の事だ。力の弱い者は強い者に飲み込まれる。だから兼継は原初の水を初に飲ませて外から操ろうとしたのだろうが、どうやらそれは失敗に終わったようだ。


 初はまだ嬉しそうにその場で踊るようにクルクルと回っている。その時だ。どこからともなく黄色い矢が飛んできて初の胸を貫いた。


「!?」

「おやおや、これはこれは」

「っ!」


 初の後ろから姿を現したのは琴音だ。琴音は震えながら掲げていた手を下ろし、叫んだ。


「もうお止めなさい、初さん! 千尋さまにこれ以上ご迷惑をおかけするのは!」

「琴……音?」


 初は自分の胸に深々と刺さる雷竜の矢を見て目を見開いて琴音を見つめていたが、次の瞬間、初が龍に戻りその場で叫びながらのたうち回った。


「な、なに? ねぇ、何が起こってる?」


 そのあまりにも悲痛な絶叫に流星も仲間たちも怯えたように初を見ている。


 琴音はのたうち回る初を見て叫んだ。


「千尋さま! 今です! 原初の龍に対峙できるのはあなたしか居ません!」


 その言葉を聞いて千尋は遠慮なく円環を出した。その行動に流星がギョッとする。


「ちょ! 言う通りにするの!?」

「ええ。彼女の言う事は正しい。初は原初の龍と同化していて簡単に死ぬことすら出来ないでしょうから」


 それだけ言って千尋は初目掛けて円環の矢を放った。


「初、さようなら。もう二度とお会いする事はないでしょうが、次こそは私ではない他の想い人と添い遂げられる事を祈っていますよ」


 誰にも聞こえないような声で呟くと、千尋の無数の矢は初の全身を貫いた。そうする事でようやく初の体が大気に戻り始める。


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