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第558話

 背中で鈴が大きな声で叫んだ。それを聞いて原初の龍がフンと鼻を鳴らす。


『我か? 我は天人だ。その血を使い役目を終えるはずが、誰も上手く使わなくてな。随分と長くここに留められてしまった』


 この話が本当であれば、原初の龍こそがこの世界を創り上げた神という事になる。そして何よりも原初の龍は自らその血をこの場所に残したようだ。正しく使って欲しいと願いながら。


「なるほど。鈴さん、原初の龍と言うのはどうやら神のようですよ」


 千尋が言うと、背中の鈴が相当に驚いたのか千尋から手を放す。それに気づいて千尋は叫んだ。


「鈴さん! 手を放さない!」

「はっ! す、すみません!」

「危ないではないですか。落ちたらどうするのです」

「はい……もう抱きついてます」


 そう言って鈴は今まで以上に千尋にしがみついてくる。その感触が心地良くて微笑んでいると、原初の龍が呆れたように言った。


『……我の存在などもうこんな物なのだな。これはきっと良い事なのだろう。うん、そうに違いない』


 と。そしてその気持が千尋には痛いほどよく分かってしまった。


 都に戻って鈴達は一番に羽鳥の屋敷を目指したが、あいにく羽鳥はそこには居なかった。屋敷の者たちも羽鳥がどこへ行ったか分からないという。


「困りましたね」


 鈴が呟くと、千尋はまた龍に戻って鈴に乗るよう促してきた。


「ここではないなら、あそこでしょう」


 そう言って千尋が向かったのは、羽鳥の隠れ家だ。


 丘の上に一軒だけがポツンと建っていて、まるで庶民の家のようにこぢんまりとした家に少なからず鈴は驚いてしまう。


「可愛らしいおうちです!」

「ええ。一人ならこれぐらいの方が楽で良いそうです」


 千尋は鈴の手を取って坂を上り出す。そして家の前までやってくると、千尋は躊躇うことなく扉を叩いた。


 しばらくすると扉が開き、中から随分とやつれた羽鳥が暗い顔をして出てくる。


「……千尋か……なに」


 その声はいつもの羽鳥とは思えないほど低く冷たい。それでも千尋はそんな羽鳥を見て臆することなく言った。


「時間がありません。木葉さんは?」

「は?」

「まさかもう埋めたとか焼いたとか言いませんよね?」


 千尋の言葉に羽鳥は一瞬黙り込み、千尋を睨みつける。


「そんな事する訳……出来る訳ないだろ! どうなってるんだよ! 何でこんなにも苦しいんだよ! この間出会ったばかりの女にどうしてこんなにも心を乱されなくちゃならないんだ!」


 まるで堰を切ったかのように溢れ出す羽鳥の言葉を聞いて、鈴はまだ何の確証も無いのに頷いた。


 羽鳥はやはり頼近の生まれ変わりで、この二人は運命の番なのだ。


 その時だ。千尋が鈴の手を二度、握りしめてきたのだ。きっと龍も認めたのだろう。


 それに気づいた途端、鈴は羽鳥の脇をすり抜け家に勝手に上がり込むと、さっき汲んだばかりの液体を部屋の奥のベッドに寝かされていた木葉に振りかけた。


 後から千尋はこの時の鈴の行動を「あまりにも流れるような動作で誰も止める間がなかった」と言っていたが、鈴にとっては当然の行動だったのだ。


 だって鈴は何よりもハッピーエンドが大好きだから。


「何してるの!? 止め——……」


 突然の鈴の行動を見て羽鳥が駆け寄ってくると、鈴の手を払い除けようとしたてベッドの上の木葉を見て息を呑んでいる。


 それまでピクリとも動かなかった木葉の胸の辺りが大きく上下し始めたからだ。


「千尋さま! 大成功です!」


 嬉しくて思わず振り返ると、千尋は困ったように微笑んだ。


「何を……したの」

「木葉さんに頼まれて原初の龍を引き継いで来ました」


 怪訝な顔をする羽鳥にいつもの調子で千尋が答えた。それを聞いて羽鳥は息を呑んで千尋を見つめている。


「木葉に、頼まれた?」

「ええ。ああ、どうやら目覚めたようですよ。後は本人に聞いて下さい」


 千尋の言葉に鈴がベッドに目をやると、そこには羽鳥と同じぐらい驚いた顔をする木葉がこちらを見て呆然としていた。


 鈴が何よりも驚いたのは木葉の目だ。あれほど頑なに開かなかった瞼が、今はぱっちりと開いていたのだ。


「どう……して……目が、見える……」


 絞り出すような声で木葉は呟き、視線を彷徨わせて羽鳥に焦点を合わせると、突然堰を切ったように両手で顔を覆って泣き出した。


 そんな木葉を見て羽鳥も泣き出しそうに顔を歪め、そっと木葉の髪に触れる。


「あなたは、あなたはどうしてこんなに……」


 頼近に似ているの。きっとそんな言葉を飲み込んだ木葉に、羽鳥がようやく微笑んで優しく言う。


「誰かの身代わりでもいいよ。僕を愛して」

「っ!」


 その言葉を聞いて鈴は二度頷くと、そっと千尋の手を取って家を後にした。


 そして二人で無言で丘を下りると、もう一度家を見上げて微笑む。

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