「リンタロー、サンドウィッチをどうぞ?」
〈リンタローはん! 高地チーズも、あるで?〉
「あの…… 自分は、世界樹の雫の、お茶を……」
{リンタローさま、わたしがあーんしてあげるのです!}
ややキツめの、金髪縦ロールのお嬢様。
鳥人族の、ボーイッシュな美少女。
薄緑の髪に透き通るような肌の、内気なエルフ少女。
ほわっとした雰囲気なのに実はなんでもできる、癒し系スライム少女。
タイプの違う4人の少女に、俺は囲まれていた。花畑で。
言っておくが、脳内ではない。
きちんと実在する、ピトロ高地の禁断薬草の栽培地。咲き乱れているのは、
向こうのほうには、
―― いま俺たちは、以前に約束していた
俺が 『このあと近々、ドゥート皇国に行く予定なので連絡が取りにくくなる』 旨を告げたため、急ぎ、昼食を兼ねて現地を視察することになったのだ。
もちろん、メンバーは俺たちだけではない。
少し離れたところに、ここまで俺たちを案内してくれた鳥人の長老様ご一行。
そして俺の向かいには、アルバーロ教授から紹介してもらった植物学者のオースティン先生。ひょろっとした体型の、育ちの良さそうな男だ。丸眼鏡の奥からどん引いた眼差しをこっちに向けつつ、サンドウィッチをつまんでいる。
{はい、リンタローさま! あーん、なのです!}
「いや、イリス。せっかくだけど、自分で食べるから」
{うぴゅっ…… ふみゅうううう…… リ、リンタロー様が、そ、そう、言うのでしたら…… うみゃぁぁ…… な、泣いてなんか、いないので、ふりゅぅぅぅ…… 「わかったよ、イリス…… じゃ、頼む」
{はい! あーんなのです!}
他人が見ている前で、こういうことしてもらうのは非常に恥ずかしいんだが…… イリスはかまわず、嬉々としてサンドウィッチを俺の口に運ぶ。
植物学者が、意を決したようにサンドウィッチを飲みこみ、問いかけてきた。
「あの…… ボクはナニを、見せられているのでしょうか……」
{あっ、オースティンさん! いまは単に恩返ししているだけなので。気にしないで、なのです!}
「…… 恩返しとは、いったい……?」
「それを考え出すと、スライム族の歴史と文化と生態を、延々と考察することになりましてよ、オースティン先生」
「あっ、はい」
ソフィア公女に言われたオースティン先生は、しばらく眼鏡を片手でクイクイ押し上げて考え込み、結論を出した。
「…… つまりは、そういうものだということですね」
〈そやな! まあ、そういうもんや。はい、オースティンはんも、高原チーズ、たべや?〉
「うぐっ…… むむむ」
〈はい! リンタローはんも!〉
「……っ ……ゼファー。問答無用で口のなかに投げ入れないでほしいんだが」
〈細かいこと気にしなはんな。美味しいでっしゃろ? ホットワインもあるで!〉
口のなかでチーズがとろけて、濃厚な味わいが広がる。そのあとを、まろやかな口当たりのワインが、豊潤な香りを残しつつさっぱりと洗う…… チーズとワインの無限ループの完成だな。
{サンドウィッチもあるのです! はい、あーん、なのです!}
「あの…… サンドウィッチには…… 世界樹の雫も…… 合うと、思います……」
オースティン先生の目が、さりげなく俺とイリスとコモレビ姫から外された…… なんか、すまん。
「―― で、どうだろう、オースティン先生。この高地に合う作物はこれまで、この
「できます。というか、もうサンプルは、できてます」
「ほんとうですの?」
ソフィア公女が、驚いたように聞き返す。
―― ここピトロ高地の鳥人自治区では、すぐ下のセンレガー公爵領内でなら育つブドウや牧草ですら、根付かない。
ましてや、コーヒーは熱帯の産物。ピトロ高地の冷涼な気候でも育つように苗を改良するとなると……
そう簡単にはいかない、と俺も正直、思っていた。
だが、オースティン先生は力強く断言する。
「はい。すべての植物に、不可能はありません。動くことさえできれば、いいのですから!」
「{「〈「えっ……!?!?!?!?!?」〉」}」
俺たちの声が、重なった。
「―― いいですか。植物の生育域が限られているのは、ずばり、動かないからなのです」
眼鏡をクイクイ押し上げながら、オースティン先生が論じるところによると。
人間が寒い地域や暑い地域でも生息できるのは、自ら動くからであるらしい。
「人間は、自ら工夫して、寒ければ暖をとり、暑ければ涼んで熱をはらい、病気になれば栄養をとって身体を休めようとするでしょう?」
「まあ、そうだな」
「つまり、植物にもそうした特性を持たせれば、いかなる条件下でも生育可能になるのです……!」
「ああ、なるほど……」
俺は、オースティン先生に初めて会った廃温室を思い出していた。
―― アルバーロ教授に言われて行ってみたら、室内は、ノソノソ動き回る
そのなかでオースティン先生は、ひたすら研究に励んでいたっけ……
〈けど、それ〉
ゼファーが首をかしげる。
〈動けたら、苦手な場所からは逃げ出すんとちゃいます?〉
「その問題は、土地に対する愛着を持たせることで解決します。植物はもともと、1つの場所に根を張る性質があるので」
目を輝かせて熱弁するオースティン先生。
先生にとって、このピトロ高地のコーヒー育成プロジェクトは、自身の研究の成果を
「では、さっそく、サンプルをお見せします。最初は数種類を同時に育て、もっとも現地に適応した種を増やしていきましょう」
「なら、長老たちにも見てもらったほうがいいな」
俺たちは、急いでランチを終えた。
みんなの目の前で、いよいよ、
「まあ」 {わあっ} 〈寝てはるぅ!〉
ソフィア公女、イリス、ゼファーがそれぞれに声をあげる。
「…… かわいい……」 と、コモレビ姫。
〈〈〈………… エルフ???〉〉〉
鳥人の長老たちが、そろって首をかしげる。
オースティン先生は丸眼鏡をクイと押し上げ、胸を張った。
「
―― 開けられた箱のなかには、綿にくるまれたトレント (?) の赤ちゃんが、すぴすぴと寝息をたてていた。
ミルクティーみたいな色の肌、ぷにぷにした手足とほっぺ、鮮やかな緑の髪…… 小さな耳の先端が尖っているところが、エルフを思わせるな。
コモレビ姫が嬉しそうに、何度もうなずく。
「世界樹の…… なら、自分たちの…… きょうだい、ですね……」
「たしかエルフは、世界樹から生まれるんでしたか…… ほんとだ、きょうだいですね!」
世界樹、奥が深すぎる。
―― その後、オースティン先生は次々と箱をアイテムボックスから取り出し、開けてみせてくれた。
トレント…… いや、コフェドラシルの赤ちゃんは、全部で5人。
「生育には、世界樹の雫と温かい家と衣服、それに愛情が必要です」
「世界樹の雫なら……
〈この子らの服ももちろん、ウチらが用意するで! なあ、長老はんら?〉
「そうしていただけると、とても助かります! どうでしょうか、長老様がた」
〈むろん〉 〈当然のこと〉
オースティン先生の問いに、鳥人の長老たちがうなずく。
〈我々のために、ここまでしていただいているのですからな…… なんなりと、お申しつけください〉
〈先生さまは、救世主ですな〉
「いえいえ。ボクも、このコフェドラシル・プロジェクトに学者人生を
ぐふふふふ……
オースティン先生が、奇妙な笑い声をもらす。
「成功すれば、もう誰もボクの育てた子たちをキモいとか言わなくなるし、最新設備のある温室で育ててあげられるようになるかもしれないし、もしかしたら世界中を動く植物でいっぱいにできるかも…… ぐっふっふっふっふ」
心の声がダダ漏れだな、オースティン先生。
「―― さて。それじゃ、
俺は地面に、手をかざした。
「《広範囲採取》」
特殊スキルの錬成陣が、広大な花畑を覆うように展開される。
採取スキルが最高のlv.5まで上がったために、スピードも対応範囲も格段に伸びた ――
たった数分。
薄紫の美しい花畑は、すでに消え失せていた。
むきだしの赤茶けた地面の上には、
鳥人の長老がひとり、名残惜しそうにビンを手にとった。花をそのまま映したような、
〈いっときは、
〈さよう。罪は正しく使えなかった、我らにある……〉
〈金に目がくらんで、いたのですな。申し訳ないことをしました…… エルフのみなさんにも、花にも〉
うなずきあう長老たちの目は、少し濡れているようだった。
―― 言い訳もしなければ、
その事実が、かえって伝えてくる気がする…… 長老たちが間違えてしまうほど、鳥人の里は貧しいのだ、と。
「まあ、あまり気に…… 「ちょっと! 誰か、きますわ!」
俺が長老たちを慰める前に。
ソフィア公女が鋭い声をあげた。
「ひぃぃぃ…… もう歩けないぞう、アニキ」 「バカいえ。すぐそこだろうが」
こっちに向かい坂道を登ってくるのは、めちゃくちゃ見たことのある、でかいのと細いの2人組 ――
こいつら、マジに、どこにでも出没すんのな。