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第63話 義勇軍がやってきた

「ソフィア公女、ゼファー、コモレビ姫も。鳥人の長老がたとオースティン先生を連れて、夢見薬ドゥオピオの抽出工場に隠れてくれ」


「わかりましたわ!」 


〈はいな。おっちゃんら、こっちやで!〉


「はい…… 自分も…… せいいっぱい…… みなさんを、守ります……」


 3人の頼りになる少女たちは、俺とイリス以外の関係者をさっそく、安全な場所に誘導してくれている。

 鳥人の長老がたは 〈ワシらもまだ闘える!〉 などと言い張っている…… が、ゼファーに 〈そんなもん、腰痛なおしてからやろ!〉 と一喝されて、しゅんとなった。

 長老がたに無理はさせられない。なにしろ相手は奴隷狩りの2人組、ギルとジャン ―― 間抜けに見えても、その正体は怪力男とエクスカリバー持ちの勇者なんだからな。


 さて。

 避難が終わったら、あとは ――


「《アイテムボックス》」


 俺は急いで、採取した夢見草ハルオピオの繊維と抽出液をアイテムボックスに収納する。

 最後の1つを片付け終えた、ちょうどそのとき。

 ギルとジャンの2人組が、息をきらしながらも坂道を登りきり、こっちにやってきた。


「ふう、ふう、ふう…… やっと、栽培地に、ついたのに…… なんで、おまえ、いるんだぞ!?」


「ちっ、先をこしやがったか…… エクスカリバー!」


 いま、やつらの目の前に広がるのは…… なにもない、赤茶けた大地。

 ―― ギルが驚いて息をのみ、ジャンは即座に聖剣をぶ。

 ジャンのグレーの片目は、まっすぐに俺をとらえていた。 


「おい、なんでここにいるのか知らんが…… どうせ、あんたの仕業だろ?」


「なんのことだ?」


「回収した草、全部出すなら、見逃してやるぜ」


「《神生の大渦》 ―― スノードーム」


 錬金術よりチート能力で取り出したほうが少々、早い ―― 俺はひとまず、おなじみの巨大スノードームにギルとジャンを閉じ込めた。

 ギルが顔を真っ赤にしながら強化ガラスを叩きはじめた。しかし大男の力でも、もちろん、びくともしない。


「ひ、ひきょうなんだぞ……!」


「俺ときみたちの間に、その言葉は適用されないだろ」


「お、おまえのこと、ちょっといいやつだと、思ったのに! 裏切るなんて、ひどいぞ!」


「いや、いつぞやのヤパーニョ麺1杯で、そんな」


 ギルと俺が言い合う一方。

 ジャンは、無言でエクスカリバーを構える…… やる気だな。


「イリス!」


{はいです!}


 ぷっぴょん!

 イリスが変身しながら、俺の手のなかに飛びこんでくる。

 炎の剣レーヴァテインが円形になったような形だ。

 だが、炎の剣レーヴァテインよりも、さらにまばゆく白く、燃えている。

 太陽のプロミネンスのような刃が幾重にも重なった、異教の神の武器 ――

 光明の時輪スダーシャナ・チャクラ……!


{やっぱり、リンタローさまとするのが一番なのです!}


「うん、まあ俺もイリスのおかげで、非常に助かってる…… くるぞ」


 シャァァァァァンッ

 ガラスが砕け落ちる音が、空気を震わせる。

 ジャンがエクスカリバーで強化ガラスを斬ったのだ。


「あいつ、腕を上げたな…… イリス、大丈夫か?」


{大丈夫です! 行ってくるのです!}


 ぷぴゅんっ

 俺の手からイリス 《スダーシャナ・チャクラの姿》 が勢いよく飛び出し、回転しながらジャンとギルに向かっていく。

 ジャンが嘲笑するのが、見えた。


「へっ、こんなもの……!」


 ジャンは再び剣をかまえ、飛んでくるイリスをぶったぎろうとする……! まずい。

 チャクラの軌道は、完全に読まれてしまっている。


「イリス! よけろ!」


 俺は思わず、叫んでいた。

 エクスカリバーの青い刃が、イリス 《スダーシャナ・チャクラの姿》 に、触れる。


{きゃぁぁああああああっ}


 イリスの悲鳴が、響き渡り……

 ぼろぼろと、灰のように崩れ、地面に落ちていく…… まさか。


「イリスっっっ」


{…… とか、言っちゃって、なのです}


「へ!?」


 見れば、俺の手のなかには。

 なにごともなかったかのように、イリス 《スダーシャナ・チャクラの姿》 が青みを帯びた輝きを放っていた…… いつの間に、戻ってきたんだ?


「とにかく、無事でよかったよ、イリス」


{はい…… 当然なのです……}


「目が回ってるんだな? ちょっと休むか?」


{なっ、なんてこと、ないのです!}


 相変わらず、がんばり屋さんだな、イリスは。

 けど、たしかに、ジャンからの次の攻撃がすぐにくるはず…… ん?

 いや。どうやらジャンのほうは、攻撃するどころじゃないらしい。地面に膝をつき、うつろな目をさまよわせている。


「あ…… あ…… エクスカリバー…… 」


 もしかして。崩れたのは ――


「ぅがぁぁぁあああああっ!」


 俺が考える間もなく、こんどはギルが突進してくる……!


「よくも、よくも、アニキの相棒をぉぉっ…… !」


{もう! わたしだって、本当は、リンタローさまにこんな姿、見せたくないのですよ!}


 ぷぴゅんっ

 文句を言いながらもイリス 《スダーシャナ・チャクラの姿》 は再び、きれいなカーブを描いて、ギルの胴を両断…… 


「ちょま、イリス! 殺したら犯罪だ!」


{わかっているのです!}


 ギルの胴に触れるか触れないかで、イリス 《スダーシャナ・チャクラの姿》 が方向を変え、俺のほうに戻ってくる。

 ふう。 

 とりあえず、イリスが殺人スライムにならなくて良かっ…… あれ?


「ぉぉぉおおおお…… ゆる、さ、な、い…… ぞぉ……」


 ギルの巨大な身体が、いきなり、しぼんだ!?

 シワシワかさかさのお年寄りみたいに、なってしまっている…… 棍棒にすがり、ぜいはーと荒い呼吸を繰り返す。どうやら息をするのもやっと、のようだが。

 体力も一緒にしぼんだ、ってことなのか? 


「イリス、なにをしたんだ……?」


{ええ!? 知らないんですか、リンタローさま?}


「うん。正直いって、光明の時輪スダーシャナ・チャクラは名前くらいしか知らなかった」


 ぷりゅんっ

 イリスが得意そうに揺れる。


光明の時輪スダーシャナ・チャクラは、触れた敵のエネルギーを吸いとって、攻撃に使うんです! あと、吸収したエネルギーをあるじに渡したりも、できるのです。お口でチュッと吸いとってください、なのです!}


「…… わかった。じゃあ、エネルギーは、とりあえずイリスが持っておいてくれるか? 俺は、いいから」


{了解です!}


 さて、と ――

 ギルとジャンをガムテープで縛り、俺はさっそく訊問を始めた。


「まず、なんでラタ共和国の牢から、出てこれた?」


「…………」 「い、言わないんだぞ」


「まあ、外から手引きがあったってとこだろうな…… 誰だ?」


「…………」 「しつこいんだぞ!」


「言わなければ、一生そのまま…… 「この者らを手引きしたのは、身共みどもですが。なにか?」


 少しかすれた声とともに砂塵が、とつぜん巻き起こる…… なんか、来たな。

 俺は思わず目を閉じ、一瞬後。

 再び目を開けたとき、ギルとジャンの姿はすでになく、そこには黒い影が立っていた。

 やや小柄な男だ。黒衣をまとい、髪も肌も黒っぽい。そのなかで、トカゲに似た砂色の目だけが、彼が生き物であると証明しているかのように動く。

 急に現れるということは、この男。空間に干渉する魔法を使えるのか ――


「ォロティア義勇軍には、魔族もいるのか?」


身共みどもの人種など、あなたには関わりなきこと…… ですが」


 男が俺に向かって手をかざす。

 とたんに、男の回りの空間が歪んだ ―― 無詠唱魔法か!?

 歪みが、中心にある見えない芯に巻き取られるようにして集約し、鋭く尖りながら、迫ってくる……! 


{させないのです……っ!}


 ぷぴゅんっ

 イリスが再び、光明の時輪スダーシャナ・チャクラに変身。俺の手にとびこむ…… ほぼ同時に、魔法の切尖きっさきがぶつかってきた。

 俺が直接ぶつかれば、おそらくはひとたまりもない……

 だが、いまは、光明の時輪スダーシャナ・チャクラが魔法攻撃のエネルギーを吸いとってくれているようだ。

 俺の手のなかで、太陽のプロミネンスのような刃が熱を帯び、さらにまぶしく光を放つ……!


{うみゅっ、うっみゅうううううううう!}


「大丈夫か、イリス?」


{うみゅで…… うっみゅうううあぅぅぅうっ}


 イリス 《スダーシャナ・チャクラの姿》 、頑張って魔法を吸収してくれている…… 俺も、イリスにばかり任せているわけにはいかない。

 無詠唱錬成 《錬成陣スキップ ―― 武具》 《超速 ―― 300倍》 !

 俺の足元にマルドゥークの紋章多めの武具用錬成陣が広がり、一瞬後には地面をえぐるようにして黒い盾が現れる。

 目の前の男の色が影のそれだとしたら。

 こっちは、光の届かない、宇宙の暗黒だ ――

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