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第64話 泣きやまなかった

 俺が錬成したのは、暗黒色の盾…… 名を問われたら 《夢幻神の盾》 とでも答えるか (ちょっと厨2ぽいが)

 ―― 素材の1つは、地面から錬成した高純度のシリコン。前世では太陽光発電のパネルに使われていた…… 光のエネルギー吸収効率が、ものすごく良い物質だ。

 そしてもう1つの素材は、夢見草ハルオピオの抽出液。魔素マナをよく吸収する効果があると、俺は予測している。

 なぜなら、夢見草ハルオピオの抽出液をさらに精製したものが夢見薬ドゥオピオだからだ。

 ―― 以前エルフの森イールフォで、別の世界の万能霊薬エリクサーの効果を確認したとき。

 俺が夢見薬ドゥオピオを自分に注射しても、眠気は訪れなかった。

 だが、魔族やエルフは、で夢に誘われるようだ。実験体になっていたスライムも、イールフォのエルフたちも、そうだった。

 人間とエルフや魔族との違い…… それは、活動のエネルギー源が酸素か魔素マナかの違いだと思う。

 魔族やエルフの場合は、活動に必要な魔素マナにより吸収されてしまうため眠くなる…… そう考えれば、合理的だ。

 だとすれば ――

 俺が錬成した 《夢幻神の盾》 は、魔法攻撃のエネルギーをほぼ100%吸収できるはず……!


{ふうう…… もう、おなかいっぱい、なのです……}


「よし、イリス。この盾にとりつけ! エネルギーを渡してもいい!」


{はいです!}


 ぷっぴゅん!

 イリス 《スダーシャナ・チャクラの姿》 が 《夢幻神の盾》 に、ぶつかってくる…… すごい衝撃だ。

 先にイリスが吸収した魔法攻撃のエネルギーを、盾に渡しているのだろう。

 盾を持つ俺の、全身に。

 びりびりと、震えが伝わる。


{ふうー! 合体、完了なのです!}


 暗黒色の盾が太陽の光輪をまとった。 

 《真・夢幻神の盾》 …… いや、 《無限の盾》 にグレードアップだな。

 俺がかかげる、イリス合体 《無限の盾》 ―― そこに、男が放つ魔法攻撃が…… 空間を歪め、容赦なく、突き刺してくる……!

 首筋が、ちりちりするような感覚。

 本能的な、恐怖だ。

 強力な魔法攻撃は、もし当たれば一発で即死だろう。

 盾で受けるだけでも、相当なダメージが……


 あれ?


かっる……」


 ふわっとしてるよ、ふわっと。


「すごいな、イリス!」


{合体したおかげで、余裕なのです!}


 シリコン×夢見草×イリ無限の盾スの魔法吸収力、半端ないな!?


「なに……!? 身共みどもの攻撃を…… たかが、盾で!?」


「うん、ただの盾じゃ、ないもんで」


「なん…… だと……」


 盾の向こうでは、男がけっこうベタなリアクションで驚いてくれている。


「あのかた以外で、そのようなことが、できるとは……」


「あのかた? ボスか?」


「あなたがたには、関係なきこと」


「だったら言うなよ」


 ふっと魔法の勢いが弱まった…… 切り替えるのか。

 より強力な魔法か、あるいは、物理に。

 ―― なら、隙ができるのは、いまだな。


「ならばっ……」 「イリス、!」


 俺と男の声が重なり。

 ほぼ同時に、剣を構えた男が跳躍し、頭上から斬りかかってくる ―― 俺が盾を持ち上げるよりより、速い!

 防ぎきれない…… 通常なら。

 だが、剣が俺の頭を割る前に。

 《無限の盾》 の光輪チャクラが輝きを放つ。そして。


{ゆっるさないのですぅぅぅぅぅぅ!}


 膨大なエネルギーとイリスの怒った声が、ひといきに放出され、強烈な光が男を覆う……

 見たら網膜がかれてしまいそうだ。

 推定1,000,000ルク太陽光の10倍スは、あるだろ……!

 俺は、反射的に目を閉じた。


 ―― 強烈な光が消え、俺が再び、目を開けたとき。

 戦闘によりえぐられた赤茶色の大地には、誰ひとり、残っていなかった…… 影のような魔法使いも。先にどこかに消えた、ギルとジャンの奴隷狩り2人組も。

 ギルとジャンの2人は、戦闘前に男がどこかに転送 (!?) したと考えるのが順当だ。

 だが、あの魔法使いの男のほうは……?

 もしや 《無限の盾》 から放出されたエネルギーが膨大すぎて、跡形もなく消されてしまったんじゃ、ないだろうな……?

 俺の背筋を、ひやりとしたものが走り抜けた。


{やったのです、か……?}


 俺に問いかけるイリス 《合体・無限の盾の姿》 の声も、少し震えているようだ。

 ―― 口ではよく 『邪魔する者はぶっ殺す』 的なことを言っているが、優しい子だもんな、イリスは。実際にぶっ殺してしまったら、ショックを受けるに違いない……


「まあ、やったとしても、心配するな、イリス。正当防衛だ」


{…… ですね。当然なのですっ!}


 ぷっぴゅん!

 イリスが少女の姿に戻る。

 俺たちは、おそるおそる、やつがいた場所に近づいた…… あ、さっきの心配。まるきり、無駄だったわ。

 ―― やつが消えたあとの地面には、メッセージが残されていたのだ。

 砂漠の砂か……? さらさらとした細やかな粒子がつづる文字は、こう読めた。


身共みどもは去ります。せいぜい、後始末に励んでくださいますよう』


 読む端から、砂のメッセージは風に散らされて消えていく ―― イリスが、握りこぶしを固めた。


{なんか、イラッとするのです!}


「まじそれな」


 まあ、それは置いといて。

 ―― 去る? ―― 後始末?

 いったい、どういうことだ?


「まあ、とりあえず、工場に隠れたみんなを、迎えに行くか」


{ゆっくり行くのです! …… ええっと、だって、ちょっと疲れたのですから……}


「それはそうだ。活躍してくれたもんな、イリス。ほい、抱っこしようか?」


{はいです!}


 ぷるんっ

 イリスが俺の腕にとびこんでくる…… 少女の姿のままで。


「……っ! すまん、スライムになってくれ、イリス」


{ぷう……!}


 ぷう、って、なんだ?

 とりあえずスライムの姿になってくれたイリスを抱っこし、俺は、ゆっくり工場へ向かった。

 工場には、ソフィア公女とゼファーとコモレビ姫が、鳥人の長老たちを連れて避難している。

 鳥人の長老なら、いま俺がバトルした魔法使いの男について、知ってるだろうか ―― 工場についたらまず、やつのことを聞いてみて。

 それから、コフェドラシル動くコーヒー苗の赤ちゃん育成用の家を建てなきゃな。



 工場の入口では、ソフィア公女とコモレビ姫が待ってくれていた。翼竜のクウクウちゃんも一緒だ。


「リンタロー! 無事でよかったわ! クウクウちゃんもコモレビ姫も、ゼファーも、心配していてよ!」


「ああ、ありがとう、ソフィア公女…… コモレビ姫も」


「はい…… けれど、リンタロー様なら、大丈夫…… 〈うわああああん! リンタローはん!〉


 コモレビ姫が言い終わる前に、ゼファーが泣きながら割って入り、俺に抱きついた。


〈死んだらどないひょ、思うたら、生きた心地もせんかったわあああ!〉


{大丈夫ですよ、ゼファーさん! リンタローさまは、わたしが絶対に守るのです!}


〈わかってるけど…… でも、こわかったんやああああ! あんなすごい光、うち、みたことないんやもん……〉


「ああ、あれは、俺たちの攻撃で……」


 連れだって工場のなかに入りながら、俺は先程の戦闘をざっと説明する。

 ゼファーが、目を丸くして軽く飛び上がった。


〈えええ!? すごいやん! リンタローはんも、イリスはんも!〉


「ほんとうね。魔法攻撃を無効化して反射する、ということでしょう? いままでにない盾でしてよ、それ」


{ソフィアさん、ほめすぎです!}


「いえ…… ほんとうに、すごいと…… 思います……」


{コモレビさんまで! もうもう、なのですぅ!}


 てれたイリスから、グリッターがほんのり立ちのぼった。


 鳥人の長老たちは抽出室で、金属の大きな蒸留装置やボトルをぼんやりと眺めていた。いろいろと思うところがあるんだろう。

 だが、俺たちが部屋に入ると、みんな飛んできて、口々に労ってくれる。

 俺は長老たちに、さっきの魔法使いの男について、きいてみた ―― しかし、誰も知らないらしい。


〈そもそも、夢見薬ドゥオピオ関連の事業は、ガドフリー様前センレガー公爵から受けたのだ、ワシらは〉


〈そうです。ォロティア義勇軍や奴隷狩が関係しているとは…… このたびの会議で、初めて知ったことなのですよ〉


〈さよう。言い訳するつもりはないが、ガドフリー様前センレガー公爵が始められた事業だからこそ、我らは信頼し希望をもって…… いや、これ以上は、言うまい……〉


 長老たちは押し黙り、また、切なそうに装置を眺める。

 夢見薬ドゥオピオがこんな事態になっても、ガドちゃんのことを信じてるんだな、長老たちは……

 いまは学院で研究材料リリパッドになっているガドちゃんだが、このことを知ったら、ものすごく反省するかもな。


 ―― さっきの戦闘で、俺は盾の錬成に夢見草ハルオピオも使った。おかげで、強力な魔法使いを撃退できたんだ ――


 こんなセリフが俺の喉もとまで出そうになった。

 けれど、言うのはやめておく。

 ―― 夢見草ハルオピオは、俺の見る限りでは、さまざまな可能性を秘めている。

 魔素マナ吸収の防具としてだけじゃない。錬成のしようによっては、前世の麻薬性鎮痛剤オピオイドのように、手術中の麻酔や強力な痛み止めとして使えるかもしれないのだ。

 ただし…… この世界では、まだ、正しく使うことは難しいだろう。技術も人々の意識も、まったく追いついていないのだから。

 ヘタに希望を持たせるのは、優しさじゃなくて安易な自己満足だと、俺は思う。

 ―― ばっさりとコーヒー事業に替えてしまったほうが、いいはずだ。


「ところで、オースティン先生は?」


〈植物学者の先生は、隣の仮眠室ですな〉 と、長老のひとりが答えた。


〈ほれ、あの、ピカッで…… コーヒー苗の赤ん坊が、目をさましてしまったのでな〉


「コフェドラシルが?」


〈さよう〉


 そっか、さっきの戦闘時の光…… ここまでガッツリ、届いてたんだな。


〈植物学者は赤ん坊たちを、もう1度寝かしつけようと、されていてな…… 苦戦して、おられるのだろうか〉


「あれから…… ずっと、出てきてないのですね…… オースティン先生……」


 コモレビ姫が仮眠室へと続く扉に、ちらちら目を向けている。心配そうだ。


〈赤ちゃん泣き止まんのと、ちゃうか?〉


 ゼファーに言われて耳を澄ましてみれば、たしかに…… 分厚いドアの向こうから、泣き声が漏れている。


「ちょっと行ってみるか」 {はいです!}


 俺とイリスは、仮眠室のドアを開けた。

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