目次
ブックマーク
応援する
8
コメント
シェア
通報

第66話 ラブコメ展開をがんばってみた

 俺は顔認証システムつきの自動ドアの前に立った ―― 動力は大気中の魔素マナと太陽光発電の併用だ。ドア、ちゃんと動くかな…… よし、OK。

 コフェドラシル動くコーヒー苗のための新しい邸内に入った俺は、順次、部屋をチェックしていく。

 吹き抜けの、広いリビングとキッチン。中庭は強化ガラスで温室にし、水はけのいい柔らかな土を入れて、ブランコや滑り台、鉄棒なんかも置いてみた。

 子どもたちがみんなで入れる、広い浴室とシャワールーム。

 それから、プライベートの守れる個室と子ども部屋、医務室。

 地下には貯蔵庫と、もしものときのためのシェルターも ――


「うん、まずまずの出来だな」


 それに、初めてなのに、なんだか懐かしい…… 俺、こんな家、知ってたか?

 ひとり首をひねったとき。

 ふっと、脳内をよぎったのは、幼い俺の声だった。


『ぼくの夢は、将来、建築家になって、家族みんなが、なかよくしあわせに暮らせる家を建てることです……』


 そうだった ―― 子どもだったころ、俺が、大人になったら建てたいと思っていた、家。

 学校の授業で発表したんだったか…… 仕事でほとんど家に居なかった両親が、家で仕事ができるようになればいい、と考えたんだっけ。

 そのあと母親が病気で亡くなって、落ち込む父親を力づけようと 『母親みたいな外科医になる』 と宣言して必死で勉強を始めて……


「あのころの夢なんか、すっかり忘れたと、思ってたのにな……」


 まずい、泣きそうだ……

 俺はとりあえずリビングの椅子に腰かけ、両手でまぶたを押さえる。たぶん少し、疲れてるんだろう。


{リンタローさま!}


 ぷりゅん。

 柔らかいなにかが、俺の頭にふれた。


「イリス、きたのか…… 赤ちゃんは?」


{みんな、寝たのです! あと、コモレビ姫が帰ってきたので、リンタローさまを呼びにきたのです}


「そうか。じゃ、行こう」


{そのまえに…… 泣きたいときは、思いきり泣くといいのですよ、リンタローさま}


「いや、そんな。いいトシして恥ずかし {恥ずかしくなんて、ないのです!}


 どうしようかな、これ。

 イリスが俺の頭に、ぎゅうぎゅう押しつけてくる柔らかさが心地よくて、確かに泣きやすそうではあるが、しかし……


{よしよし、リンタローさま。わたし、いっぱい、胸を貸すのです! 好きに使うといいのですよ}


「ひぇ……っ」


 胸 ―― !?

 俺は、思わずとびのいていた。

 イリスが、驚いたように青紫色の目を見開く…… その目が、みるみるうちに潤んで境界が溶けてくる。

 くるり。

 イリスは俺に背中を見せ、走り去っていった。


{うっ、みゅっ、ふっ…… ふみゅぅぅぅううう! ぴぇぇぇええええん!}


「すまん! 悪かった!」


{うぴゅっ! ふみゅううう…… ぴえ…… べっ、別に! リンタローさまから避けられたからって、うぴゅっ、悲しんでなんか、いなのでぷみゅぅぅうううう!}


「いや、ごめん、ちょっと間違えたというか、うん。俺は、イリスなら、耐えられるから!」


{耐えなきゃいけないほど、イヤなんですぅぅぅ! うぴゅぅぅぅうううう!}


「いや、だから、耐えるのは、俺なりの愛情表現というか!」


{うぴゅっ! リンタローざば……ぶぶぶ、ぶり無理ざぜで、ごべんばぱいごめんなさいなのですぅうぴゃ、ぴゅぷっ、 生きててごめんなさい、なのでぴえええええ!}


「すまん、イリス! 俺が悪かったから……! あと 《神生の大渦》 ! モップ!」


 新しい廊下に涙のあとをつけながら、イリスが駆け抜ける。

 そのあとを、モップで拭きながら追いかける俺。

 ―― いやだって。

 気づいたら頭に胸をぎゅうきゅう押しつけられてたら。つい跳びのいても、しかたないじゃないか。

 イリスは俺の女性アレルギーを知ってるわけだし…… いや、それでも、ショックだったのか……

 状況をイリスの視点から振り返ってみよう。

 落ち込んでる恩人を慰めようとしたら、激しく嫌がられた…… あ。わかったわ。

 俺は、覚悟を決めた。


「イリス! 俺も泣く!」


{うみゅっ…… って……! わたしは別に、泣いてなんか…… ぴえ?}


「お、俺も泣くから……! むむむ、胸を貸してくれ……!」


 ぷっぴゅん!


{はいです!}


 イリスが俺のすぐ前に、戻ってきた。良かった…… 機嫌、なおったな。 

 よし、覚悟を決めよう。


「イリス。じゃ、頼む」


{了解なのです!}


 目を閉じた俺の肩に、イリスの腕がふれ、そっと抱き寄せられる。

 やわらかいものが再び、俺の頭に覆いかぶさる……


「ぅぐっ……」


 だめだ、呻き声も禁止だ、俺。がんばれ。

 ひたすら、耐えろ。

 奥歯をかみしめるんだ。俺。


{よしよしなのです…… 大丈夫ですよ。わたしはここに、いるのです。泣きたいだけ、泣くといいのですよ……}


「ぐ、ぐぅ……」


 イリスの優しい手が、背中をなでた。

 まずい、ガチで涙でそうだ…… 「あっ」


 遠慮がちな悲鳴に顔をあげると、森のなかの湖のような緑青色の瞳と目があった。エルフ特有の透き通るような肌が、薄緑の髪にさっと隠れる。

 コモレビ姫は、はたから見てもわかるくらいに、めちゃくちゃうろたえていた ――


「あっ、あの、あの…… 自分…… そんな、つもりでは…… ごめんなさい!」


「コモレビ姫!」 {まってくださいです!}


 しなやかな身のこなしで逃げていくコモレビ姫を、俺とイリスで追いかける。まったく、なんて日なんだ。


{あの、わたしは別に、リンタローさまを独占しようとかいうのじゃ…… はう! ど・く・せ・ん……! いい言葉…… じゃなくて! です!}


「とにかく、コモレビ姫! お姉さんと…… ルンルモ姫と、話しあってくれたんだろ?」


「あ…… はい」


 自動ドアを抜け、邸外に出たところで、コモレビ姫はやっと止まってくれた。


「世界樹の雫、転送の件。ルンルモ姫は、なんて?」


「あの…… 大丈夫だ、そうです…… がんばって、って…… 励ましてもらって…… あの、これ……」


「世界樹の琥珀か。これで、貯水槽をつくればいいんだな」


「はい…… あの、姉様が…… 水に接するように世界樹の琥珀を入れてくれれば…… なかの雫だけ、転送可能です、って……」


「そんなことが、できるのか?」


「あ、はい…… 向こうイールフォの…… 世界樹の雫の、湧き口は…… 世界樹の琥珀で、できてるんだ…… そうです……」


{えっ、そうだったのですか?} と、イリス。コモレビ姫がうなずいた。


「はい…… 自分も、知らなかったのですけど…… だから、世界樹の琥珀を使った、貯水槽なら…… いつでも、雫だけ、転送できるんだ、そうです……」


「なるほど。助かるな」


 光がさすと南の海のような色になる不思議な宝石が、コモレビ姫の手から俺に渡った。

 俺は、さっそく錬成陣を展開する ―― 《超速の時計》 で加速し、15分ほどで貯水槽と予備水槽が屋外に設置された。

 水槽は、世界樹の琥珀と強化ガラスから作った繊維で補強した樹脂を、ステンレスの内側にようにして強力に付着させたものだ。さらに外壁をコンクリートで固めたから、耐久性もばっちりだと思うのだが…… うまく世界樹の雫を転送できるだろうか。


「コモレビ姫、やってみてくれ」


「はい…… 〖-.゛(¯、*!……!〗」


 コモレビ姫がうなずき、世界樹の魔法を唱える。

 数秒後 ―― タンクに水が満ちていく音が、かすかに聞こえた。メーターが少しずつ、上がっていく……

 イリスが首をかしげた。


{時間、けっこう、かかりそうなのです}


「予備水槽も含めると、2ヵ月分だからな」


{コモレビさんだけだと、大変だと思うのです!}


 イリスの心配を、コモレビ姫は首を横に振って否定する。いまは水の補充中で魔法を維持しているから、しゃべれないってことだな。

 ―― 結局、2つのタンクをいっぱいにするのに、1時間ほどかかってしまった。

 そのあいだに、ほかの面々…… 鳥人の長老たち、ゼファーとソフィア公女、オースティン先生が、こっちにやってきた。それぞれコフェドラシル動くコーヒー苗の赤ちゃんを抱っこしている。

 俺が子ども部屋の位置を伝えると、さっそく、移動してくれたが……

 問題は、ここに残ってコフェドラシル動くコーヒー苗の赤ちゃんたちを世話するのがコモレビ姫とオースティン先生だけ、ってことだな。

 なのに、月1回、1時間もコモレビ姫が水の補充に時間と魔力をとられるとなると…… イリスの言うとおり、けっこうな負担になるだろう。


「常に自動的に、水がいっぱいになるようにとか…… できないかな」


「さあ…… けど、自分が…… がんばれば、いいだけですので…… お気遣いなく…… 」


{コモレビさん、それは、ダメなのです! 無理したら、ずっとは、続かないのですよ!}


 たしかに。

 現にいま術を使い終わったコモレビ姫は、ひたいにうっすらと汗をかいているし息づかいも少し荒い……

 イリスが、コモレビ姫をハグして説得にかかる。


{なんとか、もっといい方法を考えないと、です! ね、リンタローさま}


「そうだよな……たとえば、転送装置を作って、連動させる。水位が下がると自動的に転送を行うんだ」


「転送…… 装置…… ですか……」


「うん。まあ、まず、作れるかが問題だけどな。装置を動かして転送魔法を行うためには大量の魔素マナが必要だろうし。供給、どうするかな」


「それなら、ドゥート皇国で聞いてみると良いのではなくて? どうせ、行くでしょう?」


 澄んだ声に振り返ると、ソフィア公女が立っていた。ほかのみんなより一足早く、子ども部屋から戻ってきたんだな。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?