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第67話 止められてしまった

「ドゥート皇国は、鉄道や船にも使われている、超魔導タービンの生産国でしてよ、リンタロー。優秀な機械職人が多いのですわ」


「へえ…… じゃ、明日、ドゥートの女皇にォロティア義勇軍マフィアのことを聞きに行くついでに、職人も探してみるか」


「それが、よろしいんじゃなくて?」


 ソフィア公女がうなずいた。

 ―― ちょうど明日、俺とイリスはソフィア公女とともに、ドゥート皇国の女皇と面談する予定になっている。もともと、ソフィア公女が入れていた約束に便乗させてもらったのだ。

 もうすぐ、このピトロ高地ともいったんお別れだな…… 次は、いい知らせを持ってこれるといいんだが。


 複数の羽音と足音が、聞こえてきた。

 ゼファーとオースティン先生、それに鳥人の長老たちがコフェドラシル動くコーヒー苗の子ども部屋から戻ってきたのだ。


〈ふう…… やっと、ねんねやわあ!〉


「はしゃぎまくって大変でしたね、コフェリカちゃんたち…… いや、みなさん、ありがとうございます」


〈いや、しかし、かわいいものですな〉 〈さよう、さよう〉 〈孫のようにも、思えてきましたなあ〉


 みんな、翼を動かしたり肩をコキコキ回しているところを見ると…… コフェドラシルの赤ちゃんたちは、かなりヤンチャみたいだな。

 さて ―― 

 全員がそろって、ひとしきり新しい家をほめてもらい、またこの家に集まることを約束したところで。

 俺とイリス、ソフィア公女は、みんなに別れを告げて外に出た。

 空を舞っていた翼竜の大きなからだが、旋回しながら俺たちの前にゆっくりと降りてくる。

 ぷぴょん!

 イリスが嬉しそうに、ジャンプした。


{クウクウちゃん! お久しぶりに、乗せてください、なのです!}


 クゥゥゥゥゥゥ!


 クウクウちゃんも嬉しそうだな。

 俺たちを背に乗せるとクウクウちゃんは力強く羽ばたき、一直線に飛びはじめた。

 はるか西 ―― ドゥート皇国の都を目指して。


∂º°º。∂º°º。∂º°º。


「腕の良い魔導機械の職人? 国家工芸院に相談しておいてあげましょう」


「グロア女皇…… そんな簡単に、いいのか?」


「ええ。新事業がこの大陸で発展するのは、喜ばしいことですから」


{グロアさん、いいひとなのです!}


 一国のトップがタダで職人を貸すはずがない。おおかた、コーヒー事業の独占取引権でも狙ってるんだろう ―― と、俺は思うものの。

 ソフィア公女の付き添いという名目でこの非公式会談に同席している俺とイリスにも普通に発言を許すあたり、たしかにドゥート皇国の女皇は、いい人なのかもしれない。

 ―― 女皇、ヘルトルート・グロア。

 夫の前皇帝のあとをついで女皇となったものの政治にはあまり関心がなく、夜会や茶会を開くことばかり熱心で陰では 『パーティー未亡人』 と呼ばれている ――

 昨夜、ドゥート皇国に到着したときに耳にした噂だ。だがいま目の前にいる本人は、そんな噂にも 『女皇』 という地位にも、まったくそぐわない。

 たまご形の顔も、水色の目と雪のように白い髪も、細い鼻筋に小さな口元も。気弱そうで、おっとりとした口調と微笑みがよく似合う。

 こんなひとがどうして、ォロティア義勇軍マフィアの支援をしているのか……

 疑問は、ソフィア公女とグロア女皇がの規制についての本題に入るとほどなく、解消された。


を蔓延させたくなければ、に資金か労力を出すのが、いちばんですよ」 と、グロア女皇が言い出したのだ。


「あなたがたとて、わかっていますでしょう? 資金を出しているドゥート我が国や、の生産と流通に協力したセンレガー公爵領あなたの領地とピトロ高地…… いずれにも、は蔓延していない。ォロティア義勇軍は、そういう意味では規律正しい組織なのですよ」


「…… たしかに、存じておりますわ」


 ソフィア公女が眉をきゅっと寄せ、苦々しい表情を作る。


「ですが! わたくしたちは、大陸じゅうがに侵されるのを、見てみぬふりをするわけには、いきませんわ」


「若いのですね」


「……っ!」


 グロア女皇はソフィア公女に送る視線は、さげすみや敵意ではなく、慈愛だ……


「しかし、ソフィアさま。正義など、国を平和に保つために麦の一粒の価値もありません。考えてもごらんなさい? 十年前の愚かな対魔族戦争を」


「…………」


 ソフィア公女が唇をかむ。

 教えさとすような口調で、グロア女皇が続ける。


「攻め入られた魔族たちにはもちろん、同胞を守るという正義があり、攻め入ったニシアナ帝国皇帝にも正義がありました。魔族をこの大陸から駆逐して、増えすぎた民を魔族の豊かな大地に移植させるという、ね」


 いやまあ俺から見れば、それは明らかにニシアナ帝国皇帝側が悪いんだが…… まあ、当事者は 『正義』 だと思ってた、ってことだろうな。

 あとになって 『愚か』 とか言われちゃってるけどな……


「そしてまた、ォロティア義勇軍も…… あのころの義勇軍は、民衆にとっての 『正義』 でした」


「「ォロティア義勇軍マフィアが?」」


 思わず聞き返す俺の声と、ソフィア公女の声が重なる。

 グロア女皇は、軽くうなずいた。


「ォロティア義勇軍は、あの戦争のころには、優秀な国際傭兵団だったのですよ。いずれの国においても民を守り、依頼があれば激戦地にも兵を出し、戦争の一刻も早い終結のため、魔王の暗殺すら請けおいました」


 イリスが、息をのんだ。


{あの奴隷狩の……!?}


「彼を知っているのですね、スライムのお嬢さん」


{ええっと、ときどき出会う感じ……です? よね、リンタローさま?}


「ジャンか? まあ、そうだな」


 目の前に置かれていた紅茶カップに、グロア女皇が手をのばした。

 ひとくち飲んで、小さくためいきをつく。


「義勇軍に入る前の彼は、我が国ドゥートの若者のなかでは、いちばんの使い手だったのです」


「? つまり、ォロティア義勇軍に魔王の暗殺を依頼したのは……」


「私の夫です」


「夫? 当時のドゥート皇帝、ってことか?」 


「ええ…… 内密の暗殺依頼だったのですが、ジャンがどこかで、しゃべったのかもしれません。 『魔王暗殺、失敗』 の噂は広まり、夫の失脚の原因となりました」


 淡々と語るグロア女皇を、ソフィア公女が一瞬、にらんだ。


「たしか、あなたが軍部を率いてクーデターを起こし皇帝位を簒奪さんだつしたのでしたわね、グロア女皇」


「そう見えるのでしょうね」


「魔王からの報復を恐れ、当時のドゥート皇帝に責任をとらせたのだと、聞いておりますわ?」


「お好きに判断すると、良いでしょう」


 ソフィアの厳しめの問いにも、グロア女皇は唇の両端を少しつり上げて見せるだけだ…… 感情を隠している。そんなふうにも、とれる。


「ただし、これだけは言っておきます…… 私の願いは、我が国民がなるべく豊かになり、苦しみ少なくすごし、天命をまっとうすること。そして、私の幼い息子がいずれ、その国民をべて長く平和で、なるべく幸福な一生を終えることなのですよ」


 これがグロア女皇の 『正義』 ってわけか。

 そのために、昔はクーデターを起こした。で、いまは……


「だからグロア女皇は、ォロティア義勇軍を支援しているのか?」


「ええ。国としてではなく、わたくし個人の資産で…… それで、安全が、保証、され、ですから、価値は、じゅうぶ、ある、でしょ、う?」


「……?」


 急に、グロア女皇が息切れしだした?

 ソフィア公女とイリスも、気づいたようだ。


「グロア女皇、ご気分が優れなくていらっしゃるの?」


{どうしたのですか、グロアさん!}


「な、んで、も…… 」


 俺はグロア女皇のようすを観察した。

 ―― 顔をしかめて片手で頭を、片手で胸のあたりを押さえている。大きく息を吸おうとして言葉が途切れる。症状は、頭痛に胸内苦悶きょうないくもん、呼吸困難といったところか。悪心や吐き気もありそうだ。


「《神生の大渦》…… とりあえず吐け、グロア女皇」


 俺はチート能力で黒いポリ袋を出し、グロア女皇の口もとにあてた。

 原因を探るより、先に応急処置だ…… 幸い、意識はある。


「気分は?」


「…………」


 グロア女皇の頭が、弱々しく横に振られた。

 その目が、おびえたように虚空を見つめている……

 半ば開かれた口からは息を吸い込もうとする荒い音。

 手はまだ頭と胸のあたり…… 吐いても、症状に変化は見られない。原因は、胃の内容物ではないな。

 とすると、心臓になんらかの疾患がある可能性 ―― まずは、心電図をとらないと。


「《神生の大渦》」


 俺はふたたびチート能力を使い、医療用ベッドと心電計を取り出した。

 ベッドにグロア女皇を寝かせて心電図をとる。


「これ…… 房室ブロックだな」


{房室ブロック? ですか?}


「簡単にいうと、心臓がちゃんと動いていない」


 心電図の波形を見ると、本来は連動しているはずの心房と心室の動きが完全に、バラバラ。

 心房と心室をつなぎ刺激を伝える房室結節が、ほとんど働いていないのだ。

 普段から不正脈があったのか、それとも……


「とにかく、このままでは心臓が止まる危険もある」


 ぷっぴゅん!

 イリスの髪の1部がメスになって俺の手におさまった。


{手術なのです!?}


「そうだな。手術だが…… とりあえず、このあとのグロア女皇の予定をキャンセルしないとな。それと、誰か信頼できる者…… この場合、侍従とかでいいのか? ソフィア公女、すまんが」


「ええ。グロアさまの侍従に、伝えますわ」


 部屋の外にはグロア女皇の侍従が待機しているはずだ ―― だが。


「ま、っ、て…… だ、め……」


 ドアのほうに向かうソフィア公女を、手を伸ばして止めたのはグロア女皇自身だった。

 必死の表情…… なにか、事情があるのか?

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