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第68話 スライムさんはなんにでもなれた

 グロア女皇の症状は、言うなれば、死にそうなほどひどい不整脈だ。

 ペースメーカーを用いたデバイス治療を行なわないといけないが、この治療は副作用で感染症が起こる心配もあるし、ペースメーカーの電池の残量も確認しないといけないしで、定期的な診察が必要となる…… もし、これがただの病気であれば、だが。

 病気ではないとすれば、ほかに考えられることは、もうひとつ ――


「治療の同意と、原因の確認のためにも、侍従を呼びたいんだが……」


 俺が言っても、グロア女皇は首を横に振るだけだ。


「だ、れ、に、も…… し、ら、れ、て、は……」


「リンタロー。グロア女皇には、なにか事情があるのかもしれませんわ」 と、ソフィア公女。

 身近な者にも不調を知らせられない…… 同じ統治者の立場としては、理解できる状況なのだろうか。

 そう言われて俺が想像できるのは、あまり穏やかでない事態ばかりなのだが。


「しかたないな」


 俺は覚悟を決めた。

 術後のためにも、せめて侍従には知らせたかった…… とはいえ、最優先は治療だ。

 とりあえず本人の同意さえとれば、なんとかなる。


「では今から、手術の説明をざっくりするから…… 同意してもらえるなら、こんなときに悪いが同意書にサインしてくれ…… 《神生の大渦》」


 俺はチート能力で同意書を作成し、グロア女皇に治療の説明を始めた。状況が状況だけに、必要な部分だけ、手短に……

 手短に説明しすぎたのか、それとも、デバイス治療がこの世界の人には理解しがたかったのか。

 グロア女皇は、ひきつって聞き返してきた。


「つ、ま、り…… オー、トマ、タ機械生命、を、から、だ、に……!?」


「うん」


「かん、せん…… か、も? で、ん、ち……?」


「まあ、そうなるが」


「ちょ、考え、させ……」


 こわがる気持ちはわかる。

 心臓に機械ペースメーカーを埋め込む ―― この世界ではおそらく、前代未聞の治療法だもんな。

 ポーションである程度の体力維持が可能なせいか、この世界の医療は本当に、ないも同然なんだ…… 

 グロア女皇はまだ、俺の説明を理解してくれてるほうかもしれない。


「まあ、原因がなんであれ、その不整脈は早めに治療したほうがいい。決意ができたら、いつでも言ってくれ」


「そんな…… うっ……」


 グロア女皇がまた、胸を抑えて顔をゆがめ、息を吸う。


「私、どう、したら、いいので、しょう……?」


{{だっ、大丈夫です!}}


 ふいに、俺の手のなかの分身イリス 《メスの姿》 と、本体のイリスが同時にしゃべった。


{{あの、あの、機械生命オートマタじゃなくて、わたしが入るのです!}}


「「「は!?!?!?」」」


 俺、ソフィア公女、グロア女皇の声が重なった。


「イリス…… きみ、なに言ってるか、わかってるか?」


{はいです! わたし、その機械生命オートマタと、思うのです!}


「「え!?!?」」 と、またしてもかぶるソフィア公女とグロア女皇。

 だが、まあ……


「言われてみれば、たしかに」


 イリス、進化して錬金釜と武器以外のものにも、変身できるようになったもんな……

 おかげでマシンガンから麻袋まで、なんにでもなれる。

 ―― イリスは、握りこぶしで主張した。


{スライムは、必要なくなれば、普通に排出されるのです! しかも、風邪かぜひかないのです!}


「まあ、そうだよな」


 これまで深く考えたことなかったが、スライムボディーには強力な抗菌作用がある…… ということは、感染症リスクも機械より、減る…… そのうえ、イリスの意思で動くし、状況をイリス 《本体》 と共有できるから、異常があればすぐにわかる。

 電池がなくなることも誤作動を起こすことも、ない。


「あり寄りの、ありだな……」


{ですよね、リンタローさま!}


「よし、ちょっとペースメーカーになってみるか、イリス…… 《神生の大渦》」


「ちょっと、リンタロー!?」


「…………?」


 ソフィア公女が叫び、グロア女皇が苦しさのなかにも不安を漂わせた表情を見せるが…… あくまで、最優先は治療だ。

 俺はチート能力でリードレス・ワイヤレス式のペースメーカーを取り出した。前世で俺が知ってた最新技術によるもので、心房用と心室用の2種類がある。


「まずは、ペースメーカーの仕組みを説明する。

 人間の心臓には4つの部屋があり、上の部屋を心房、下の部屋を心室といって……」


 俺は同意書の裏に心臓の図を描き、ペースメーカーについての説明を始めた。あわせて手術の流れについても、きちんと話しておく。

 さっき、グロア女皇への説明が簡単すぎたからな。今回は焦らず、詳しく説明しよう…… イリスがペースメーカーになるためだけじゃなく、グロア女皇とソフィア公女に納得してもらうためにも、必要なことだ。


「―― で、心房と心室のそれぞれにペースメーカーを1つずつ留置して、動きを合わせる…… つまり、イリスには2つのペースメーカーになってもらわないといけないんだが…… できるか?」


{やってみるのです!}


 ぷっぴょん!

 さっきまでメスになっていたイリスの髪の一部が、こんどは2種類のリードレス・ペースメーカーに変わる。

 見た目は、俺がチート能力で取り出した前世のペースメーカーとそっくり…… ぎりぎり指先に乗せられる程度の、小さな金属のつつだ。

 大きめのビタミン剤カプセル程度のサイズのほうが心房用、それよりも少しだけ長いのが心室用。

 本体とあわせ、3人(?)のイリスが同時にしゃべった。


{{{どうですか、リンタローさま??}}}


「うん、見た目はオッケーだな。実際に動けば、問題なしだ」


{{{がんばるのです!}}}


「…… ということだそうだが、どうだ、グロア女皇? 手術、受けてくれるか?」


「な、お、る……?」


「その可能性を高められるよう、努力すると約束する」


 グロア女皇は、なんとか同意書にサインしてくれた。

 ―― さて。

 さっそく、とりかかるか…… 偶然にもメンバーは、以前、西エペルナ学院の山猫のじゃ幼女、アルバーロ教授を手術したときと同じだ。心強い。


「イリス、ソフィア公女。また、助手を頼めるか?」


「もちろんでしてよ!」


{はいなのです!}


「ありがとう…… 《神生の大渦》」


 チート能力で必要なものを一式出したら、まずは着替えと消毒だ。

 次に採血してアレルギー検査…… もしグロア女皇がスライムアレルギーなら、残念だがイリス変身のペースメーカーは使えないもんな。


「よし、アレルギーは大丈夫だ…… じゃ、始めるか」


 イリス 《本体》 とソフィア公女が真剣な眼差しでうなずいた。

 ―― リードレス・ペースメーカーの埋め込み手術は、ふとももの付け根にある静脈からカテーテルを通して行う…… 当然ながら、グロア女皇の服を脱がさないことには、手術にならない。

 そういうわけで先ほどの説明の際に、俺はイリスとソフィア公女に術前の準備をお願いしておいたのだ。

 準備とは、すなわち。

 グロア女皇のスカートと下着を脱がせ、カテーテルを通す鼠径部そけいぶとその周辺を消毒し、邪魔な毛を切り、施術部以外を手術用ドレープ穴あきカバーで覆う作業 ――

 イリスもソフィア公女も手慣れているとは言いがたい。が、こうした手術が初めての女性の心境を考えると…… 俺が行うのはどうしても気がひける。

 手伝えなくて悪いが、ひたすら後ろを向いて待機だ。


「きゃっ……」 {あっ、ごめんなさいなのです……!} など、ときどき心配な悲鳴が上がっているが…… イリスとソフィアなら、きっと大丈夫だろう。信頼して待つだけだ……


「はあ、はあ、はあ…… やっと、できましたわ…… グロアさま、これで、恥ずかしい部分は完全に隠れていますわ!」


{消毒も、ばっちりなのです!}


「…………」


 グロア女皇がうなずく気配。

 続いて、ソフィア公女とイリスが俺を呼ぶ。


「リンタロー、もうよろしくてよ!」 


{リンタローさま! 手術なのです!}


「よし、始めよう」


 俺は手術台の横に立つ。

 局部麻酔を行い、超音波装置で血管の画像を確認しつつ、慎重に針を挿入。

 ―― カテーテル手術は、前世の日本では珍しくない手術だった。切開する部分が小さく、そのぶん、時間も短くて済む。

 施術後には、その日のうちに歩けるようになる…… が、だからといって。

 簡単にできると思ったら、大間違いだ。

 最初は、わずか1cm程度の血管に、0.9ミリにも満たない細い針金ガイドワイヤーを通していく、繊細な技が要求される作業から ―― 少しでも手元が狂えば、血管を傷つける。

 ちょっとした不注意が、合併症のリスクを高めてしまう。

 ―― 得意とは、言えないな。

 何回やっても、崖っぷちで綱渡りする程度には、ドキドキする。 

 ふううう……

 マスクの奥で深呼吸をひとつ。

 いよいよ、作業開始だ。

 俺は挿入した針にガイドワイヤーを通す。

 指を使い、ワイヤーをわずかずつ進めていく……

 少しでも違和感があれば、止まって確認。

 数cm進めるだけでも、緊張で汗がにじんでくる。

 俺のひたいに浮いた汗を、イリスがそっと押さえてくれた。

 ―― そうだ。どれだけ恐怖を感じていても…… いや、こわければ、こわいほど。手元は、あくまで冷静に。

 指先に神経を、集中する……!

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