グロア女皇の症状は、言うなれば、死にそうなほどひどい不整脈だ。
ペースメーカーを用いたデバイス治療を行なわないといけないが、この治療は副作用で感染症が起こる心配もあるし、ペースメーカーの電池の残量も確認しないといけないしで、定期的な診察が必要となる…… もし、これがただの病気であれば、だが。
病気ではないとすれば、ほかに考えられることは、もうひとつ ――
「治療の同意と、原因の確認のためにも、侍従を呼びたいんだが……」
俺が言っても、グロア女皇は首を横に振るだけだ。
「だ、れ、に、も…… し、ら、れ、て、は……」
「リンタロー。グロア女皇には、なにか事情があるのかもしれませんわ」 と、ソフィア公女。
身近な者にも不調を知らせられない…… 同じ統治者の立場としては、理解できる状況なのだろうか。
そう言われて俺が想像できるのは、あまり穏やかでない事態ばかりなのだが。
「しかたないな」
俺は覚悟を決めた。
術後のためにも、せめて侍従には知らせたかった…… とはいえ、最優先は治療だ。
とりあえず本人の同意さえとれば、なんとかなる。
「では今から、手術の説明をざっくりするから…… 同意してもらえるなら、こんなときに悪いが同意書にサインしてくれ…… 《神生の大渦》」
俺はチート能力で同意書を作成し、グロア女皇に治療の説明を始めた。状況が状況だけに、必要な部分だけ、手短に……
手短に説明しすぎたのか、それとも、デバイス治療がこの世界の人には理解しがたかったのか。
グロア女皇は、ひきつって聞き返してきた。
「つ、ま、り……
「うん」
「かん、せん…… か、も? で、ん、ち……?」
「まあ、そうなるが」
「ちょ、考え、させ……」
こわがる気持ちはわかる。
心臓に
ポーションである程度の体力維持が可能なせいか、この世界の医療は本当に、ないも同然なんだ……
グロア女皇はまだ、俺の説明を理解してくれてるほうかもしれない。
「まあ、原因がなんであれ、その不整脈は早めに治療したほうがいい。決意ができたら、いつでも言ってくれ」
「そんな…… うっ……」
グロア女皇がまた、胸を抑えて顔をゆがめ、息を吸う。
「私、どう、したら、いいので、しょう……?」
{{だっ、大丈夫です!}}
ふいに、俺の手のなかの分身イリス 《メスの姿》 と、本体のイリスが同時にしゃべった。
{{あの、あの、
「「「は!?!?!?」」」
俺、ソフィア公女、グロア女皇の声が重なった。
「イリス…… きみ、なに言ってるか、わかってるか?」
{はいです! わたし、その
「「え!?!?」」 と、またしてもかぶるソフィア公女とグロア女皇。
だが、まあ……
「言われてみれば、たしかに」
イリス、進化して錬金釜と武器以外のものにも、変身できるようになったもんな……
おかげでマシンガンから麻袋まで、なんにでもなれる。
―― イリスは、握りこぶしで主張した。
{スライムは、必要なくなれば、普通に排出されるのです! しかも、
「まあ、そうだよな」
これまで深く考えたことなかったが、スライムボディーには強力な抗菌作用がある…… ということは、感染症リスクも機械より、減る…… そのうえ、イリスの意思で動くし、状況をイリス 《本体》 と共有できるから、異常があればすぐにわかる。
電池がなくなることも誤作動を起こすことも、ない。
「あり寄りの、ありだな……」
{ですよね、リンタローさま!}
「よし、ちょっとペースメーカーになってみるか、イリス…… 《神生の大渦》」
「ちょっと、リンタロー!?」
「…………?」
ソフィア公女が叫び、グロア女皇が苦しさのなかにも不安を漂わせた表情を見せるが…… あくまで、最優先は治療だ。
俺はチート能力で
「まずは、ペースメーカーの仕組みを説明する。
人間の心臓には4つの部屋があり、上の部屋を心房、下の部屋を心室といって……」
俺は同意書の裏に心臓の図を描き、ペースメーカーについての説明を始めた。あわせて手術の流れについても、きちんと話しておく。
さっき、グロア女皇への説明が簡単すぎたからな。今回は焦らず、詳しく説明しよう…… イリスがペースメーカーになるためだけじゃなく、グロア女皇とソフィア公女に納得してもらうためにも、必要なことだ。
「―― で、心房と心室のそれぞれにペースメーカーを1つずつ留置して、動きを合わせる…… つまり、イリスには2つのペースメーカーになってもらわないといけないんだが…… できるか?」
{やってみるのです!}
ぷっぴょん!
さっきまでメスになっていたイリスの髪の一部が、こんどは2種類のリードレス・ペースメーカーに変わる。
見た目は、俺がチート能力で取り出した前世のペースメーカーとそっくり…… ぎりぎり指先に乗せられる程度の、小さな金属の
大きめのビタミン剤カプセル程度のサイズのほうが心房用、それよりも少しだけ長いのが心室用。
本体とあわせ、3人(?)のイリスが同時にしゃべった。
{{{どうですか、リンタローさま??}}}
「うん、見た目はオッケーだな。実際に動けば、問題なしだ」
{{{がんばるのです!}}}
「…… ということだそうだが、どうだ、グロア女皇? 手術、受けてくれるか?」
「な、お、る……?」
「その可能性を高められるよう、努力すると約束する」
グロア女皇は、なんとか同意書にサインしてくれた。
―― さて。
さっそく、とりかかるか…… 偶然にもメンバーは、以前、西エペルナ学院の山猫のじゃ幼女、アルバーロ教授を手術したときと同じだ。心強い。
「イリス、ソフィア公女。また、助手を頼めるか?」
「もちろんでしてよ!」
{はいなのです!}
「ありがとう…… 《神生の大渦》」
チート能力で必要なものを一式出したら、まずは着替えと消毒だ。
次に採血してアレルギー検査…… もしグロア女皇がスライムアレルギーなら、残念だがイリス変身のペースメーカーは使えないもんな。
「よし、アレルギーは大丈夫だ…… じゃ、始めるか」
イリス 《本体》 とソフィア公女が真剣な眼差しでうなずいた。
―― リードレス・ペースメーカーの埋め込み手術は、ふとももの付け根にある静脈から
そういうわけで先ほどの説明の際に、俺はイリスとソフィア公女に術前の準備をお願いしておいたのだ。
準備とは、すなわち。
グロア女皇のスカートと下着を脱がせ、
イリスもソフィア公女も手慣れているとは言いがたい。が、こうした手術が初めての女性の心境を考えると…… 俺が行うのはどうしても気がひける。
手伝えなくて悪いが、ひたすら後ろを向いて待機だ。
「きゃっ……」 {あっ、ごめんなさいなのです……!} など、ときどき心配な悲鳴が上がっているが…… イリスとソフィアなら、きっと大丈夫だろう。信頼して待つだけだ……
「はあ、はあ、はあ…… やっと、できましたわ…… グロアさま、これで、恥ずかしい部分は完全に隠れていますわ!」
{消毒も、ばっちりなのです!}
「…………」
グロア女皇がうなずく気配。
続いて、ソフィア公女とイリスが俺を呼ぶ。
「リンタロー、もうよろしくてよ!」
{リンタローさま! 手術なのです!}
「よし、始めよう」
俺は手術台の横に立つ。
局部麻酔を行い、超音波装置で血管の画像を確認しつつ、慎重に針を挿入。
―― カテーテル手術は、前世の日本では珍しくない手術だった。切開する部分が小さく、そのぶん、時間も短くて済む。
施術後には、その日のうちに歩けるようになる…… が、だからといって。
簡単にできると思ったら、大間違いだ。
最初は、わずか1cm程度の血管に、0.9ミリにも満たない
ちょっとした不注意が、合併症のリスクを高めてしまう。
―― 得意とは、言えないな。
何回やっても、崖っぷちで綱渡りする程度には、ドキドキする。
ふううう……
マスクの奥で深呼吸をひとつ。
いよいよ、作業開始だ。
俺は挿入した針にガイドワイヤーを通す。
指を使い、ワイヤーをわずかずつ進めていく……
少しでも違和感があれば、止まって確認。
数cm進めるだけでも、緊張で汗がにじんでくる。
俺の
―― そうだ。どれだけ恐怖を感じていても…… いや、こわければ、こわいほど。手元は、あくまで冷静に。
指先に神経を、集中する……!