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第70話 黒衣の戦闘狂だった

 その客は ―― 黒衣をまとっていた。

 髪も肌も、黒っぽい。

 トカゲに似た砂色の目だけが、彼が生き物であると証明しているかのように動く ――

 まさか…… とは、俺は思わなかった。

 グロア女皇がォロティア義勇軍を支援している以上、こうした邂逅かいこうはじゅうぶんにありうる。

 だが、相手にとっては違ったらしい。

 グロア女皇イリスの隣に俺の姿を認めるなり、その目が大きく見開かれる。

 ―― 挨拶したほうがいいのかな?

 俺は一瞬、迷ったものの…… そんな躊躇ちゅうちょは無駄だった。


「…………」


 やつが無言で、手を前に突き出したのだ。

 無詠唱魔法 ――!


{リンタローさまっ}


 ぷっぴゅん!

 イリスが素早く、白い太陽のように燃える円盤の姿に変身し、俺の手におさまる。

 間一髪。

 ―― 空間を歪めるほどの膨大な魔力がすべて、イリス 《スダシャーナ・チャクラの姿》 に吸い込まれていく。


「ちょっと、きみ! TPOを考えろよな。給仕のみなさんが、腰抜かしてるだろ?」


「…… グロア女皇は? あなたがたが、殺したのですか?」


 やつの少ししわがれた声は、驚くほど冷たい響きを帯びている ―― 俺の答えようによっては、容赦なく第2弾の魔法攻撃が来る、ってことか。

 なら、とりあえず、防御を優先しよう。


「《神生の大渦》 ―― イリス、合体してくれ」


{了解なのです!}


 ぷっぴょん!

 俺がチート能力で取り出した暗黒色の盾に、イリス 《スダシャーナ・チャクラの姿》 が重なる……

 《無限の盾》 完成!

 これで、少々の攻撃がきても、まったく問題ない。


「事情を話すには、まず、人払いを頼む」


「…… いえ。身共みどもは、あくまで女皇陛下の客ですので、人払いなどできる立場では」


「その分別ふんべつ、攻撃前に出してほしかっ…… !?」


 俺が文句を言い終わらないうち、やつの手が、周囲にいた使用人たちに向けられた…… とたんに、彼らの姿がきれいさっぱり見えなくなってしまう。


「…… 消したのか?」


「まさか。いましがたの彼らの記憶を消したついでに、身共みどもたちを異なる層に移行させただけですよ」


{ふぇっ……!?}


「つまり、身共みどもたちは。同じ部屋ではあるが同じ空間ではないところにいる、ということです」


「また、チートなわけわからんことを」


身共みどもの攻撃を防げるかたに言われたくは、ないですね」


 ふふん、と鼻で笑われてしまったが。

 いや、こいつは、人間じゃないよな……


「で? まずは事情を、説明してもらいましょうか」


「グロア女皇は現在、体調を崩して治療中だ。俺たちは、客に失礼をしたくない彼女に、代理を頼まれた」


「侍従からは、なにも聞いておりませんが」


「彼女は誰にも知られたくない、と言っている」


「………… 認めましょう」


 いま、舌打ちしたよな、こいつ。

 そんなに戦闘したかったのか?


「あなたがたもまた、グロア女皇の客ですから…… ここで殺すことはしませんよ。彼女の顔を立てて、ね」


「だったら聞きたいことが、いくつかあるんだが」


「…… では、こうしましょう」


 ゆらり。

 やつの魔力が武器の形になり、その左手におさまった。

 漆黒の湾刀ショテル ―― 盾を持つ敵に対しても有利な、両刃もろばの曲刀だ。

 黒い影のような全身から…… いかにもな殺気が、立ちのぼる。

 ―― じつは楽しんでないか、こいつ。


「身共とて、タダで情報を渡すわけには参りませんから……」


 闇が凍りついたような刃を構え、やつは薄い唇を笑みの形に歪ませる。


「お互いに、傷をひとつつけるごとに、相手の質問に答えるというのは、いかがでしょう?」


「うん。アホくさ」


「…………」


 やつの顔に、はじめて感情らしきものが現れた。リアクションに困ったらしいな。

 ざまぁみろ。


「…… ふざけて、おられるのですか?」


「いや。冷静に考えてみ?」


 俺は、俺としては至極まっとうな指摘をする。


「そのやりかた、お互いに損しか、しないだろ?」


「…………!」


{ぷぷぷぷっ……}


 やつは黙りこみ、イリス 《無限の盾の姿》 が俺の手のなかでぷるぷる震えた。


「…… わかりました」


 しばらくして、やつがうなずく。


「話し合えると考えた身共が……」


 黒衣の姿が、ふっと消えた。


「愚かでした」


 俺の耳に冷たい息がかかる…… 同時に、首にかすかな痛み。湾曲した内側の刃を、引っかけるようにしてあてられているのだ…… やつが腕に少しでも力を込めれば、ざっくり斬られる。

 そんな位置だ。


「あのさ、きみ。話し合いの意味、調べなおしたほうがいいよ」


「はて? それは、あなたでは?」


「しょうがないな……」


 俺はしゃべりながらも、やつにむかってこっそりと手のひらを向ける。

 ―― 《分解》 !

 俺は、スキルを発動した。

 やつの黒衣に、半分のバフォメット解析の並ぶ錬成陣が浮かびあがり…… 一瞬後。

 黒衣は、数種の物質に分解されていた。

 漆黒の湾刀ショテルが、跡形もなく消え失せる。


「な、なに……!?」


{きゃっ。やだあ、なのです!} 


 ぷるんっ

 イリスが少女の姿に戻り、俺の背後に隠れた。

 ちらっと顔を出すがすぐに {やだあ、です!} と、また隠れる……

 その視線の先には、黒衣を完全分解され呆然としている、やつの姿があった。


「《神生の大渦》 …… ほい、とりあえず着ろ」


 俺はチートで肌着とそれらしい黒服を出し、やつに向かって放り投げる。同時に、やつの着ていた黒衣の成分物質をすべて回収。

 ぱっと見、なにかわからない繊維がほとんどだが…… ほかに、きらきらと輝く魔素マナがつまったビンが幾本もある ―― 思ったとおりだ。 


「大量の魔素マナが含まれてたんだな、あの黒衣…… で、なんらかの金属繊維に夢見草ハルオピオの繊維と心核薬ドゥオピオの結晶を繊維化したものを混合させてるのか……」


心核薬ドゥオピオを? あれって、魔獣大暴走スタンピードを引き起こした原因なのですけど!?}


「うーん…… 俺の推測だと、この2つプラスαアルファで半永久的な魔素マナ電池ができる」


「バカなことを……」


 タキシード黒服の蝶ネクタイを結ぼうとしていた男が、ふと顔をあげた。冷静な口調。


「そんなものが、存在するはずないでしょう?」


「なんで 『電池』 がなにか知ってるんだ?」


「なんとなく、ニュアンスで、です」


「へえ…… そうか」


 こいつ、ものすごく上手に冷静を装ってはいるが。

 複雑怪奇な形状の棒タイを結ぶのに悪戦苦闘してる途中だったのに、反応した…… そのこと自体が 『魔素マナ電池』 の存在を、自白しちゃってるんだよな。

 (しかし、タイまでつける必要は全然ないことに、やつはいつ気づくのか)

 とにかく、これで決まりだ。

 ―― ォロティア義勇軍が夢見草ハルオピオの栽培と心核薬ドゥオオピオの採取を進めていたのは、そもそもは、魔素マナ電池を作り兵力増強に役立てるためだったのだろう。

 その過程でたまたま、2種類のの効力に気づき、資金源とするために流し始めた。

 そう考えると、グロア女皇が言っていた 『規律正しい組織』 という意味も、わかる。

 要は 『仕事のなくなった傭兵団が、金のためになんでもするようになった』 のが、ォロティア義勇軍なのだ。

 もし、戦乱がいまも続いていれば…… 彼らはずっと 『英雄』 と呼ばれていたんだろうか。

 ―― まあ、それは。

 いまとなっては、どうしようもないことだ。生命体においても、ガン化した細胞を惜しむ者など、誰もいない。


「で、質問だが ―― ォロティア義勇軍は、ここら一帯を引き払って、どこに移転するつもりだ?」


「……っ! なぜ……?」


「簡単なことだ。 『送別のための会食』 が単に、支援交渉後の送別を意味するのなら、グロア女皇はあれほど、こだわらないだろ?」


「いえ。グロア女皇は、宴を好まれますからね。なにしろ 『パーティー未亡人』 だ」


「…… それだけじゃない。裏切り者鳥人への報復が、手ぬるすぎる」


「はて? さようでしたか?」


「義勇軍を裏切った形になった、鳥人たちへの措置…… 結局は、あの奴隷狩2人ギルとジャン夢見草ハルオピオの回収に派遣しただけだろ? まあそっちは、俺が邪魔したわけだが」


「ああ…… そうでしたね……」


くっくっと、男の喉から笑いが漏れる。

 『その程度の証拠か』 とでも言いたげだが…… うん。

 だから、そこでそうやって緊張を解く態度、それ自体が (以下略)


 ―― まあ、この様子じゃ、ォロティア義勇軍が今後どこに移転するか、までは漏らしてくれそうにない。

 あとでアシュタルテ公爵にでも、探ってもらうか…… あのひとの言うことなら、大陸じゅうの魔族はだいたい、従うはずだからな。

 次の質問に移ろう。


「じゃ、次…… グロア女皇は、なぜ毒を盛られ…… っと、危ないな!」


 とつぜん男が、アイテムボックスからなにか取り出す仕草をした。

 危険だ……!

 俺は、とっさに横に跳び、間合いから外れる。

 ―― 俺がいた場所には、細長い刃が突き出されていた。


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