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第71話 裂けたのだった

 さっきの曲刀ショテルとは、また違う。

 まっすぐな根元と蛇のようにゆるやかにうねる刃先を持つ細身の剣…… ガードがない、珍しい形をしている。傷口を広げ、深く刺す…… 確実に殺すための武器だな。

 やつは刃をひるがえし、俺につきつけ、うながす。


「あなたも、お好きな剣をとってください。身共みどもになにか聞きたいなら、力でつことです」


「めんどくさいやつだな…… イリス」


{はいです!}


 ぷっぴょん!

 イリスがエクスカリバーに変身……

 ぷぴゅっ!

 …… 分裂した!?

 青く輝く剣身の、長剣と短剣ダガーが俺の右手と左手に、それぞれ収まる ―― 二刀流か。

 ぷるっ ぷるっ

 俺の両手で、イリス 《エクスカリバー(大・小)の姿》 が震える。得意そうだ。


{{両方とも、エクスカリバーなのです!!}}


「すごいな、イリス…… じゃ、俺も勝たなきゃな」 


{{もちろんなのです!!}}


「笑止……!」


 男が動いた。

 ひねって身を低くした姿勢。

 腰のあたりでまっすぐに構えられた刃先が、ぐんぐん、近づいてくる。

 魔素マナ電池服が分解されたせいで魔力剣は使えなくなったようだが、それでも、速い……!

 スピードに頼った刺殺術…… これまでの対戦相手のなかでも、速さは群を抜いている。


「おっと」


 一歩手前で、俺は右に動く。

 どうやら回避の能力が上がっているようだ…… エクスカリバー (小) が増えたおかげだな。

 同時に俺は、エクスカリバー (大) で、やつの左腕に斬りつける……!


「な、に……!?」


 軽やかに跳んで俺の攻撃を避けながらも、男の口からは、驚愕きょうがくしたつぶやきがもれている。

 ―― 魔法はもちろん、武術でも劣る相手とバカにしてたんだな、俺のこと。

 まあ実際、そのとおりには違いないが……


 男が再び、跳躍する。

 頭頂からの、鋭い一撃……!

 ザックリと頭を割にきた蛇のような刃を、かろうじて俺は左手のエクスカリバー(小)でいなす。

 この瞬間、相手の腋窩わきはがら空きだ。

 そこを狙い、俺は、右手のエクスカリバー (大) を突き立てる……!

 だが、次の瞬間。

 やつの足が俺のひたいに伸びた。

 前頭部分に衝撃。

 ―― 蹴られた……!?

 俺の目の前が暗くなり、チカチカと星が飛んでみえる……

 まずい。

 このままでは、やられる……!


「《神生の大渦》!」


 強化ガラスのドームでバリアだ。

 ちっ、とやつの舌打ち。

 そして、ガラスの砕ける音。

 ―― やっと、視界がもとに戻ったとき。

 俺が最初に見たのは、破片になったガラスを越えて俺に迫る、やつの鋭い切尖きっさきだった。

 ぐるっ

 イリス 《エクスカリバー(大・小)の姿》 に引っ張られるように、俺の身体が回転する。


{{リンタローさま、足です!!}}


「了解」


 俺は右手のエクスカリバー (大) で俺を突き刺そうとする刃をはらう。

 同時に右足で、やつのひざ裏を蹴とばす……!


 カクッ


 タキシードのバランスが崩れた…… いや。

 崩れたと見せかけての、ステップ移動だ……!

 低い位置から高速で繰り出される回転斬りを、俺は、後ろに跳んで、なんとか、よける。

 やつと俺はふたたび、向かいあって互いをにらむ…… 「あ」


 俺は、思わず声をあげた。


 {{やだあ、なのです…… ぷぷぷぷっ}}


 イリスが笑いながら、少女の姿に戻る。

 男は、俺たちの視線をたどり…… そのまま、固まってしまった。

 ―― 原因は、さっきひざカックンしたときの無理な動きだろうか。

 やつのトラウザーズズボンが破れ、なかから下着がのぞいていてしまっている…… さっき俺がタキシードと一緒に出してあげたものだ。

 テキトーに黒っぽいボクサーパンツを出したつもりだったが、よく見たら、昔懐かしい志村○んのバ○殿様のがらがついていた。キョトンとした眼差しがなんともいえない。

 ―― これ前世で、イヤイヤ参加した医局の忘年会でのビンゴ景品 (残念賞) だったっけな…… 選んだのは、以前ペッパーXを俺にくれた同僚だ。


「《神生の大渦》」


 俺は再度、チート能力で着替えを出し、やつに渡した。


「…… すまんな。2度も恥をかかせて」


「いえ、身共みどもの落度ですので…… 先ほどの質問ですが」


 タキシードを着替えながら、ォロティア義勇軍の男は、唐突に話し始めた。


「? 俺はまだ、勝ってないと思うが、いいのか?」


身共みどもにとっては、負けに等しいですから」


 男が、脱いだタキシードのジャケットを放って寄越す。見れば、わきの部分がザックリと切れている…… 序盤の俺の攻撃か。かすってたんだな。


「それに、グロア女皇は義勇軍にとり、大恩あるかたです。彼女の安全のための情報提供は、やぶさかではありません」


「その判断、戦う前につけたほしかった……」


「刃を交えてみなければ、つかぬ判断もあるのですよ」


 つまりやつは、俺とイリスがグロア女皇に危害を加えたと本気で疑っていたが、戦闘を通して 『違う』 と判断した、と…… なんなんだ、そのチート能力。


「で? グロア女皇は、なぜ毒を盛られたんだ?」


「その前に、いまのグロア女皇の状況は?」


 俺がやつに説明しようとしたとき。


{リンタローさま! たいへんなのです!}


 イリスが、俺の腕を引っ張った。


{グロア女皇サイドの…… ペースメーカーズが……! あわわわ、どうしよう!}


「イリス、落ち着け」


{でも、ペースメーカーズ、困っているのです……!}


「ペースメーカーズ、とは、いったい……?」


 俺とイリスのやりとりに、やつが再び不審そうな目を向ける。 

 ―― よく考えたら、こいつの名前、まだ聞いてないな。トカゲっぽい目と黒い影っぽい存在感をかけて 『カゲ太郎』 とでもしとくか。

 ともかくもまあ、カゲ太郎への説明は、後回しだな。

 俺はイリスに聞き返した。


「グロア女皇サイドのペースメーカーが、どうしたって、イリス?」 


{あの! 急に上の部屋が速く動き出したのです! それで、上の子も下の子も困っているのです!}


 上の部屋…… 心房のことだな。急に速く動き出したということは、極度に興奮しているか、激しい運動でもしているのか……

 どっちにしても、異常事態には違いない。


「上は、休憩。下は、上を気にせず、正常範囲内の脈拍で頼む。じゃ、行こう」


{はいです!}


 俺とイリスは、とりあえずグロア女皇のいる客室に向かう。

 グロア女皇のそばにはソフィア公女がついているはずだが…… ソフィア公女でも対応しきれないなにかが起こっているのだろうか。急がないとな。


「待ちなさい!」


 カゲ太郎が追いかけてきた。


「いったいグロア女皇に、なにがあったと、いうのですか?」


「わからん。説明してる暇もない。カゲ太郎は好きにしていいぞ」


身共みどもの呼び名はカラヴァノです…… あなたがたは、ここが異なる層であることを、忘れているのですか」


「ああ、そうだったな。さっさと戻せ、カゲ太郎」


 カゲ太郎がいまいましげに舌打ちする。いや、俺にしては、よく考えたいいネーミングだと思うんだが。


「いま、もとの食堂ダイニングに戻すと給仕が混乱しますよ…… 元の空間には、身共とあなたがたのダミーを置いてきていますから」


「じゃ、グロア女皇の部屋に行くから、そこで戻してくれ。さっきまで俺たちが会談していた客室だが…… わかるか?」


「当然です」


 ぱちっ 

 カゲ太郎が指を鳴らした。

 とたんに、あたりの空間が歪む……

 転移魔法か?

 魔素マナ電池服はもう分解されてなくたなったのに、空間干渉系の魔法をこうも簡単に、何度も使うとは……

 こいつの魔力、エルフの姫たちや大魔族クラスなんだろうか……?

 俺がよほど不思議そうな顔をしていたのだろうか。カゲ太郎が、ぶっきらぼうに説明してくれる。


身共みどもの部族固有のスキルです…… 何日も続く砂嵐を、これで防ぐんですよ」


 ―― 空間の歪みがおさまったとき。

 俺とイリス、カゲ太郎は、グロア女皇の客室にいた。

 室内は、静まりかえっている。

 一見、なにも変わったことはないかのようだ。

 グロア女皇が寝ているはずのベッド周りを仕切っているカーテンですら、ゆらりとも動かない。

 …… いや。

 その、カーテンの下。

 金色の髪の毛が、わずかにはみ出ている……!?


{ソ 「イリス、静かに」


 叫びかけたイリスの口を、俺は慌ててふさいだ。そのまま、息だけでたずねる。


「女皇はまだ、生きてるか?」


{…………}


 イリスが無言でうなずく。

 俺とカゲ太郎は目配せを交わした。


 ―― 数瞬ののち。

 俺たちは、異層に逆戻りしていた。カゲ太郎の言葉を借りれば 『同じ部屋であるが同じ空間ではない』 場所だ。

 ここに移れば、先ほどの空間にいるはずの襲撃者に、俺たちの声は聞こえない。 


「グロア女皇、襲われたな。そして、脅されている」


 俺が断言すると、カゲ太郎がうなずく。


「異存、ありません」


{グロアさんとソフィアさんを、はやく助けなきゃ、なのです!}


 ぷりゅん

 イリスが床にはじめた。


{わたし、滲入しんにゅうして、ようすを見てくるのです!}


「いやちょっと待て、イリス。危な 「どうぞ、行ってらっしゃいませ」


 俺をさえぎり、カゲ太郎が指を鳴らした。とたんにイリスの姿が見えなくなる。


「おい、カゲ太郎! 勝手なことするな!」


「…… カラヴァノです。襲撃者についての情報は多ければ多いほどいい。能力と意思のあるスライムを送り込むことに、なんの問題が?」


「いや、だからイリスはただのスライムじゃないんだ」


「たしかに、一般のスライムより変形能力が高いように見受けられますね」


「そうだ、いろいろすごいスライムさんなんだ! ……あれ?」


「適任ではないですか。もし戻ってこなければ、救出に行けば良いだけです」


「…… だな」


 理路整然と言われてみれば、たしかにそのとおりなんだが…… なんか心配で落ち着かない。

 いや…… 切り替えよう。

 いまの目的は、グロア女皇とソフィア公女を救出することだ。

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