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第72話 スライムさんはちっちゃくなった

「まず、お互いの情報を整理しよう ――」


 俺はカゲ太郎に、これまでの経緯を話した。

 ―― グロア女皇が会談中に急に不調をきたし、俺たちが治療したこと。不調の原因が毒である可能性が高いこと…… 


「―― で。毒を盛りそうなやつに心当たりはないかをだな。さっき、カゲ太郎に聞こうとしたんだが…… 先に、襲撃があったわけだ」


「カラヴァノです…… 毒も襲撃も、軍部の仕業しわざですね」


「軍部?」


 カゲ太郎のあっさりした答え…… まさか 『軍部』 が来るとは思わなかった。

 ―― たしか軍部って、グロア女皇がクーデターで前皇帝を失脚させた際に、女皇に全面協力したんじゃなかったのか?

 なのになぜ、いまさら、グロア女皇を……?


「グロア女皇と軍部の関係、それほど悪化しているのか? そんなこと、ソフィア公女からは聞いてないんだが」


「少しは頭を使っては、いかがですか? たとえば、あのクーデター。事実が逆だとしたら、どうです?」


「…… なるほど」


 事実が逆、とは ―― つまり、あのクーデターではグロア女皇に軍部が協力したのではってことだな。逆に、軍部がグロア女皇を協力させた…… 軍部が正義を主張するための旗印として、グロア女皇をかつぎあげたのか?

 だとしたら……

 おそらく軍部は、武力でグロア女皇を脅したんだろう。

 グロア女皇には幼い息子がいる。

 その息子の安全のために、夫を裏切り軍部についたのだとしたら ―― いまのグロア女皇は 『政治に関心がない』 のではなく 『政治の実権を軍部に取り上げられた』 状態、ってことだな。

 とすると、身の回りの世話をする侍従やメイドなどにも軍部の息がかかっていても、おかしくはない…… グロア女皇は常に見張られていたんだろう。

 そう考えると、グロア女皇が侍従に対してさえ警戒していたのも、当然か。

 当然といえば、 『パーティー未亡人』 と陰で揶揄やゆされるほどのパーティー好きもだ。

 おそらくは今のグロア女皇に許されているのは実質、パーティーを開く程度のことでしかないのだろう。

 だから、せっせと舞踏会や茶会を企画している ―― それだけじゃなく、もしかしたらパーティーに夢中になっていると見せかけて軍部を油断させつつ、ひそかに政治の実権を取り返す準備をしているのかもな。

 その一環としてォロティア義勇軍を支援している、と考えれば辻褄つじつまがあう ――


「ォロティア義勇軍をグロア女皇が支援していたのは、武力と暗殺者を得て、軍部から実権を取り戻すため、だな」


「そう。表向きは 『の蔓延を防ぐため』 ですが、彼女の真の目的はそちらです」


「とすると、今回は、軍部がグロア女皇の真の目的に気づき、ォロティア義勇軍を刺激しないよう、グロア女皇から引き離そうとしているわけか。そして、あわよくば、軍部が義勇軍と直接、しようと狙っている」


身共みどもも甘く、見られたものです」


 カゲ太郎がいまいましげに舌打ちする。

 ―― 金銭面のメリットは、グロア女皇とでなく軍部と取引を行っても、さほど変わらないはずだが……

 ォロティア義勇軍がグロア女皇をとるのは、将来においての損得まで計算した上での判断、ってことなのか? それとも……


「ともかく」


 俺の思考を、カゲ太郎の事務的な声が遮った。


「女皇の件では共闘、ということで問題ありませんね、リンタローどの」


「異存はない。が、に関しては、また別だ」


「承知しました。そちらの件は、いずれまた、ましょう」


「それまでに辞書」


 辞書を調べとけよ、と俺が言い終わる前に。

 俺とカゲ太郎のあいだの床が、ぷくっと盛り上がった…… イリスだ。


{ぷはぁぁっ…… ただいま、なのです、リンタローさま!}


「イリス。どうだった?」


{敵は、4人です! 皇子さんをこっそり人質にして、グロアさんに、ォロティア義勇軍との交渉を全面的によう迫っているのです!}


「……っ」


 カゲ太郎がまた、舌打ちをする。

 それから俺たちはイリスの報告をもとに、グロア女皇・皇子の救出作戦をたてた。

 ―― イリスの報告によると、敵の親玉は 『軍部長官』 と呼ばれているおっさん。彼がグロア女皇の侍従、皇子の侍従、そしてメイドひとりを従え、グロア女皇を脅迫している。

 2人の侍従とメイドはそれぞれ毒針らしきものを隠し持ち、いつでも皇子を狙える位置にいるそうだ。

 ちなみに、皇子はまだ8、9歳といった幼さで、自身が人質になっているとはまったく気づいていない。なおソフィア公女は、気絶したまま…… だが、ふたりとも、生命に別状はないらしい。


「その程度なら、問題なく片付けられそうですね」


 落ち着いた口調と裏腹に、カゲ太郎は、いまにも軍部を殲滅せんめつしそうな表情をしている。


「カゲ太郎、ひとつ聞いていいか?」


「だからカラヴァノだと」


「なぜ、そこまでグロア女皇に肩入れするんだ? 彼女のほうが将来、ドゥート皇国におけるの製造や流通を容認させやすいとでも、踏んでいるのか?」


「…… 身共みどもどものもとには、先の対魔戦争で身寄りを亡くし、首領ボスに拾われ育てられた者が、多数おります」


「それが、どうした?」


身共みどもどもが、金と欲にまみれた軍部より、命懸けで子を守る母を重視するのは、それほど、おかしいですか?」


 俺が返事を待たず、カゲ太郎の指が鳴り、空間が揺れる。 ――

 一瞬ののち。

 俺たちは、グロア女皇と対峙たいじしている4人の背後にいた。


「…………!」


 カゲ太郎の空間移動スキルで敵の背後に立った俺たちに、グロア女皇は気づいたはずだ。

 だが、その水色の目はぴくりとも動かず、皇子の横に偉そうに立つおっさんをにらみつけている ―― この茶色チョビヒゲのおっさんが、軍部長官だな。

 それでも、ベッドの上に半身を起こしたグロア女皇の肩が、これほどこわばっていなかったら。

 真っ白な髪が、呼吸の荒さを示すように上下に動いていなかったら。

 誰もが、急病で倒れた女皇を幼い皇子と重臣が見舞っている、普通の光景だと思うだろう。

 イリスが報告したとおり皇子は、そばに控える侍従やメイドが毒針を隠し持つ暗殺者とは、まったく気づいてないようだ。グロア女皇に向かい、無邪気に話しかけている。

 ふとその話が途切れ、皇子が心配そうに倒れたままのソフィア公女を見やった。

 皇子の視線はそのまま、侍従のひとりに流れて、止まる。


「リンデル。医官は、まだなのか?」


「そのうち参りますでしょう、フリード殿下」


 すかさず答えたのは、皇子の侍従リンデルではなく、女皇の侍従のほうだった ―― 先ほど、俺とイリスを食堂ダイニングに案内してくれたやつだ。

 もしかしたら、あのとき、女皇の替え玉に気づかれたのかもしれない…… まあ、いまさら、どうしようもないが。

 侍従は皇子をなだめるように、やわらかな口調を続ける。


「ご心配召されませんよう。ソフィア公女殿下は、突然の陛下の病に緊張し、疲れて眠ってしまわれただけでございます」


「なら、ベッドを用意して差し上げぬか。気のきかぬことだな」


「たいへん申し訳なく存じます…… ですが、グロア女皇陛下の急病が公になっては混乱をきたしますゆえ…… この部屋にはいま、側近しか入れませぬのでございますよ、フリード殿下」


「わかった。ならば、のちほど、私からもソフィアねえさま…… ソフィア公女に詫びておこう…… ね、母上?」


「ええ…… 立派ですよ、フリード」


 グロア女皇が、うなずく…… 気をつけて見ればややぎこちないようだが、その口調は平静だ。

 なるべく皇子に恐怖を与えまいとしているんだろう。

 もし皇子が今の事態に気づいて騒ぎ立てれば、それだけでも生存確率が下がるだろうからな。

 俺たちも決して勘づかれないよう、敵の背後で息を殺す。

 と、ここで。 

 軍部長官らしき茶色ヒゲおっさんが、わざとらしく咳払いをして母子の会話をさえぎった。


「―― して女皇陛下。さきほどのお話の続きですが……」


「さきほどのお話? もう、結論は出ましたでしょう? ォロティア義勇軍との交渉は、今後も私がおこないます」


「いえ、そうはおっしゃいましても…… いつまでも、ォロティア義勇軍との取引で女皇陛下にご負担をお掛けするのは、軍部の長としても心苦しい限りで」


「そのお気持ちだけ、いただいておきます、カウツ長官…… ですが、のようなものの蔓延を、いかな手段をもってしても防ぐのは、王たる者の義務ですよ。

それに、ォロティア義勇軍などという者たちを、国として公式に支援しては、外聞が良くないでしょう?」


「いえいえ…… 女皇陛下と皇子殿下のおためとあれば、その程度のことは。国軍として、乗り越えてみせますとも。陛下は、ただひとつ、うなずいてくださるだけで、けっこうです」


 丁寧な水掛け論だな……

 俺たちが動くのは、どちらか一方がキレたときか ―― だが。

 ともかくも、まずは、皇子とグロア女皇の安全確保だ。

 敵方の侍従とメイド、計3名…… やつらの袖口に仕込まれた毒針を、気づかれることなく、こっそり回収する。

 俺とカラヴァノカゲ太郎、イリスは無言で視線を交わした。

 イリス、頼む……!


 ぷりゅん

 イリスはひとつうなずくと、そのまま静かに床に溶けていく。

 にじんで、広がり、敵の足もとに音もなく到達する。

 ―― この作戦はイリスにしか、できない。がんばってくれよ、イリス……!


 ぷぴゅっ


 ぷぴゅっ ぷぴゅっ


 床からはふたたび、次々と出てきたイリスの大きさは、5ミリにも満たなかった。

 ちっこすぎるイリスの行列だ……

 ちっこいイリスたちは、それぞれに敵の衣服のすそに貼りつき、そろそろと縫い目にそって登り始めたのだった。

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