ヘリの揺れと音は、どんどん大きくなる ――
「おや!!」
モニターを見た、龍の子が叫んだ。
「おや!!」
モニターに映っているのは、龍の子と同じ青い髪に燃えるような金の瞳 ―― イリスが首をかしげた。
{両親ズですか?}
「どうやら、それっぽいな。入ってもらうか」
{ですね!}
イリスがヘリのドアを開けると、音と揺れはおさまった…… やれやれ。
男性とも女性ともつかない、しなやかな身体が滑るように入ってくる。
「どうも、うちの
警戒をにじませた口調 ―― どうも、さっき龍の子が言ってた 『やつ』 が人間のイメージを悪くしたとしか、思えない。
{逆鱗?}
イリスが、ぷにゅっと首をかしげた。
{逆鱗って、Gキッズのことですか?}
「Gキッズ…… とは?」
{ゴ 「つまり、こちらのお子さんのことだよな?」
俺はあわてて口をはさんだ。
竜神族的にGがどういう位置にあるのかわかすないが、どっちにしろ虫ケラ扱いは嫌だろう。
「俺は 『逆鱗』 というと、喉元にあるウロコのことだと思っていたが……」
「よくご存知ですね。我々、龍はそこに子どもを入れて育てるので、子どものことを 『逆鱗』 と呼ぶのですよ」
「なるほど、
一方で、当の
テーブルの下に隠れて、ガタガタ震えている。
「ごめんさい! ごめんなさい!」
「勝手にそばを離れたことについては、あとでお仕置きします」
「うえええん……! ごめんなさいぃぃ!」
龍の子、親に対してはずいぶんと態度が違う。
{とりあえず、親さんも食べるのです!}
イリスが、龍の親をテーブルに案内する。龍の親は案外、素直に椅子に座ってくれた。
俺たちは再度、自己紹介をしあう。
竜神族のふたりは、親のほうがミア。子のほうの名は親が死んでから親の名を継ぐので、いまはまだない。
「じゃあ、お子さんのほうは 『ミア』 のミと 『
「どうですか? 逆鱗?」
いちおうテーブルの下から出てきてはいたものの、まだガクブルしていた龍の子の動きが止まった。
「名前…… ミリン……?」
「うん。どうかな?」
「うん…… 悪くないぞ!」
ぱちぱちと龍の子から小さな火花が散った。
「
「うん、よかった…… 改めてよろしく、ミリン」
「ふんっ、苦しゅうない!」
龍の親 ―― ミアが苦笑いを浮かべて 「躾がなっていなくて、すみません」 と頭をさげた。いつのまにか、警戒が解けている。
まあ、俺やイリスなんて、竜神族からみれば、クシャミで吹き飛ばせるようなものだろうからな。
それにしても…… 事前に聞いてた噂では 『
「失礼だが…… 竜神族はみんな、ミアさんみたいなのか?」
「あ うちは割かし、変わり種です」
「やっぱり」
ミアによると、だいたいの竜神族にとってほかの種族は 『うざい』 の、ただひとことに尽きるらしい。
まあ、龍の姿になると、子どもでもかなりの大きさだ。そんな彼らにとって、ほかの種族なんて羽虫みたなもんだろう。
「いちおう擬態能力はあるんですが、身体が大きいと動かすのもおっくうだそうで、だいたいは、その辺の岩山に同化して一生を終えますね」
{じゃあ、ミアさんとミリンさんは、かなり変わっているのです!?}
興味津々で尋ねるイリスに、強ばっていたミアの表情が、わずかにほころぶ。
「ええ。私は人間の姿でいるのが好きなので」
{わかるのです! 二足歩行と両手使い、便利なのです}
「そうそう。それに、食べ物が面白いですよね。
{あっ、どーぞどーぞ!}
イリスがミアの前に、皿と飲み物を置いた。
{テーブルのお料理、ミアさんも食べてくださいです!}
「ああ、すみません。そんなつもりでは」
{遠慮はいらないのです! もともと、お近づきになりたくて用意したのです}
「では…… 遠慮なく、いただきます」
{お箸、使えますか?}
「ええ。どちらかといえば、箸文化に馴染みがあるので」
ミアがさっそく、ロースト
緊迫した雰囲気は、もうすっかり和らいでいた。イリスのおかげだな。
俺たちはゆっくり飲み食いしつつ、割かしどうでもいいおしゃべりを楽しんだ。
魔石の採掘について切り出すのは…… もう少し、親交を深めてからのほうが良さそうだ。がっつくと嫌われるだろう ―― と、俺は判断していたが。
話題は、思いがけず、そちらに流れた。
ちょうど、先ほどミリンから聞いた
「黒い服を着て魔力量の多い、影のような男が、俺たちより先に
俺が話し始めたとたん、ミアの顔がさっと曇った。
「何者だ?」
「あの男は…… 逆鱗を人質にし、我らが祖先の墓まで案内させようとしたのです」
「だが、
「そもそも、人の姿でなければ、勝ったのだ!」
「地上で龍の姿で暴れたら、めっ、ですよ」
「ご、ごめんなさいっ!」
―― ミリンは侵入者にいち早く気づき、追い出そうとしたところ、逆に捕まって人質にされたらしい。
地上では龍の姿になると、強大すぎて逆に動きにくい。しかし人の姿では、じゅうぶん力をふるえないのだ。
「
「竜神族はみな、静かな生活だけを望んでいるのだがな!」
「面目ない」
言われたら、まったくもってそのとおり。頭を下げるほかない…… のだが。
なんか、嫌な予感がめちゃくちゃする。
「ここに来る人間は、みんな、その…… ご先祖の墓を、狙っているのか? なにがあるんだ?」
ミアが飲み干したワイングラスを、静かにテーブルに置いた。すかさず、次を注ぐイリスに目礼だけしてグラスには手をつけず。
ミアは俺の目をまっすぐに見た。
「あなたがたも、それを欲しがって、ここに来たのではありませんか?
竜神族の遺骸は、
「いや、
「…………」
ミアは黙りこみ、ロースト
嫌な予感、大当たりか……
こうなると、魔石を採掘できる可能性はかなり薄い。
せっかく俺やイリスを敵と見なすのをやめてくれたところだが…… もしかしたら、俺たちの目的を知って、再び警戒心を強めた可能性もある。
目標変更。
とりあえず、生きて帰ることが最優先だ。
―― まずは墓を暴いてまで魔石が欲しいわけではないことをアピール。
先客とかいう黒い服の男を排除し、恩を押し売りして逃げる。
採掘の交渉には、持ち込めそうなら持ち込むが…… 無理なごり押しは、しない。
そもそも、黒い服の男のように、子どもを人質にして祖先の墓を荒らす行為など、実際の話が論外だしな ―― 同類とは絶対に思われたくない。
俺は、こちらをじっと見るミアの強い金の目を、負けじと視線で押し返した。
「…… たとえ、そうだとしても、俺たちは竜神族の祖先の墓を無理やり暴くようなことは、しない。相手への敬意がない交渉は、ただの戦争だし、黙ってとっていくのは泥棒だ」
「そうですか……」
ミアの沈黙は、さっきよりももっと、長い。
悩んでくれているのか…… さっさと排除にかからないのが、むしろ意外な気がする。
ミアは小さくためいきをついた。
「…… 人間には珍しく、こうして歓待していただいた以上は、あなたがたを信用したい」
「だがな」 と、ミリンが偉そうに腕組みをする。
「無理なのだ! すまぬな、リンタローにイリス|
「逆鱗の言うとおりです」
うなずくミアは、苦渋の表情すら見せている。
「我々にとっては、親の、その親の、そのまた親の…… 亡骸が積み重なった場所であり、我々がやがて還る場所でもあるものが…… 人間にとっては宝の山にしか見えないようで。最初は笑みを浮かべて近づく人間も、我々が宝を取らせないとわかると
「いや、同じ人間として、
そのとき。
どぉぉぉぉおおおおおおんっ
遠くから爆発音が聞こえた。
大地が、かすかに震える……
{いったい、なんなのですか!?}
ぷぴゅんっ
イリスがモニターのほうにとんでいった。
ヘリは無事だが、北のほうに煙が上がっている。
ミアが、息をのんだ。
「…… 祖先の墓のほうです」
「きっと、あいつだ! 絶対だ!」
ミリンが叫んだ。
あいつとは、言わずもがな…… 先ほどから話題の、ミリンを人質にとった男だろう。
自力で、竜神族の祖先の墓まで行き着いたのか ―― とすると。
いまの爆発は、おそらく魔石を採掘するための入口を開くため…… そして、やつが犯人だとするならば、きっと採掘は、もう始まっている違いない。
「すぐに止めにいこう…… 一刻も早く」
{もちろんなのです!}
イリスから、きれいなグラデーションのグリッターが立ち上る……
数十秒後にはもう、俺たちの乗ったヘリは、ノルドフィノ高地の山々を見下ろして飛んでいた。