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第84話 意外な事実を知ってしまった

 ヘリの揺れと音は、どんどん大きくなる ――


「おや!!」


 モニターを見た、龍の子が叫んだ。


「おや!!」


 モニターに映っているのは、龍の子と同じ青い髪に燃えるような金の瞳 ―― イリスが首をかしげた。


{両親ズですか?}


「どうやら、それっぽいな。入ってもらうか」


{ですね!}


 イリスがヘリのドアを開けると、音と揺れはおさまった…… やれやれ。

 男性とも女性ともつかない、しなやかな身体が滑るように入ってくる。


「どうも、うちの逆鱗げきりんがお世話になりまして」


 警戒をにじませた口調 ―― どうも、さっき龍の子が言ってた 『やつ』 が人間のイメージを悪くしたとしか、思えない。


{逆鱗?}


 イリスが、ぷにゅっと首をかしげた。


{逆鱗って、Gキッズのことですか?}


「Gキッズ…… とは?」


{ゴ 「つまり、こちらのお子さんのことだよな?」


 俺はあわてて口をはさんだ。

 竜神族的にGがどういう位置にあるのかわかすないが、どっちにしろ虫ケラ扱いは嫌だろう。


「俺は 『逆鱗』 というと、喉元にあるウロコのことだと思っていたが……」


「よくご存知ですね。我々、龍はそこに子どもを入れて育てるので、子どものことを 『逆鱗』 と呼ぶのですよ」


「なるほど、さわられたら怒るはずだな」


 一方で、当の逆鱗お子さんはというと……

 テーブルの下に隠れて、ガタガタ震えている。


「ごめんさい! ごめんなさい!」


「勝手にそばを離れたことについては、あとでお仕置きします」


「うえええん……! ごめんなさいぃぃ!」


 龍の子、親に対してはずいぶんと態度が違う。


{とりあえず、親さんも食べるのです!}


 イリスが、龍の親をテーブルに案内する。龍の親は案外、素直に椅子に座ってくれた。

 俺たちは再度、自己紹介をしあう。

 竜神族のふたりは、親のほうがミア。子のほうの名は親が死んでから親の名を継ぐので、いまはまだない。


「じゃあ、お子さんのほうは 『ミア』 のミと 『逆鱗げきりん』 からとって 『ミリン』 と呼ぼう…… いいか?」


「どうですか? 逆鱗?」


 いちおうテーブルの下から出てきてはいたものの、まだガクブルしていた龍の子の動きが止まった。


「名前…… ミリン……?」


「うん。どうかな?」


「うん…… 悪くないぞ!」


 ぱちぱちと龍の子から小さな火花が散った。


のことは、これからミリンと呼ばせてやろう!」


「うん、よかった…… 改めてよろしく、ミリン」


「ふんっ、苦しゅうない!」


 龍の親 ―― ミアが苦笑いを浮かべて 「躾がなっていなくて、すみません」 と頭をさげた。いつのまにか、警戒が解けている。

 まあ、俺やイリスなんて、竜神族からみれば、クシャミで吹き飛ばせるようなものだろうからな。

 それにしても…… 事前に聞いてた噂では 『竜神族は話が通じない』 ってことだったが、意外とミアは (人間基準で) 常識人だな?


「失礼だが…… 竜神族はみんな、ミアさんみたいなのか?」


「あ うちは割かし、変わり種です」


「やっぱり」


 ミアによると、だいたいの竜神族にとってほかの種族は 『うざい』 の、ただひとことに尽きるらしい。

 まあ、龍の姿になると、子どもでもかなりの大きさだ。そんな彼らにとって、ほかの種族なんて羽虫みたなもんだろう。


「いちおう擬態能力はあるんですが、身体が大きいと動かすのもおっくうだそうで、だいたいは、その辺の岩山に同化して一生を終えますね」


{じゃあ、ミアさんとミリンさんは、かなり変わっているのです!?}


 興味津々で尋ねるイリスに、強ばっていたミアの表情が、わずかにほころぶ。


「ええ。私は人間の姿でいるのが好きなので」


{わかるのです! 二足歩行と両手使い、便利なのです}


「そうそう。それに、食べ物が面白いですよね。魔素マナと違って、いろいろな噛みごたえや味があるので」


{あっ、どーぞどーぞ!}


 イリスがミアの前に、皿と飲み物を置いた。


{テーブルのお料理、ミアさんも食べてくださいです!}


「ああ、すみません。そんなつもりでは」


{遠慮はいらないのです! もともと、お近づきになりたくて用意したのです}


「では…… 遠慮なく、いただきます」


{お箸、使えますか?}


「ええ。どちらかといえば、箸文化に馴染みがあるので」


 ミアがさっそく、ロースト巨大海牛グルーン丼に箸をのばす。

 緊迫した雰囲気は、もうすっかり和らいでいた。イリスのおかげだな。

 俺たちはゆっくり飲み食いしつつ、割かしどうでもいいおしゃべりを楽しんだ。

 魔石の採掘について切り出すのは…… もう少し、親交を深めてからのほうが良さそうだ。がっつくと嫌われるだろう ―― と、俺は判断していたが。

 話題は、思いがけず、そちらに流れた。

 ちょうど、先ほどミリンから聞いたやつのことについて話していたときだ。


「黒い服を着て魔力量の多い、影のような男が、俺たちより先に高地ここにやってきた、と聞いたんだが…… 」


 俺が話し始めたとたん、ミアの顔がさっと曇った。


「何者だ?」


「あの男は…… 逆鱗を人質にし、我らが祖先の墓まで案内させようとしたのです」


「だが、は自力で逃げた!」 と、ミリンが口をはさむ。


「そもそも、人の姿でなければ、勝ったのだ!」


「地上で龍の姿で暴れたら、めっ、ですよ」


「ご、ごめんなさいっ!」


 ―― ミリンは侵入者にいち早く気づき、追い出そうとしたところ、逆に捕まって人質にされたらしい。

 地上では龍の姿になると、強大すぎて逆に動きにくい。しかし人の姿では、じゅうぶん力をふるえないのだ。


ノルドフィノ高地この地は、空を飛ぶ者しか入れない、絶壁の高台 ―― それでも、数百年に1度は、近づこうとする人間が現れます」


「竜神族はみな、静かな生活だけを望んでいるのだがな!」


「面目ない」


 言われたら、まったくもってそのとおり。頭を下げるほかない…… のだが。

 なんか、嫌な予感がめちゃくちゃする。


「ここに来る人間は、みんな、その…… ご先祖の墓を、狙っているのか? なにがあるんだ?」


 ミアが飲み干したワイングラスを、静かにテーブルに置いた。すかさず、次を注ぐイリスに目礼だけしてグラスには手をつけず。

 ミアは俺の目をまっすぐに見た。 


「あなたがたも、それを欲しがって、ここに来たのではありませんか?

 竜神族の遺骸は、魔素マナを豊富に含んだ彩銀あやがね、すなわち人間がいうところの 『魔石』 になる…… 知らないのですか?」


「いや、彩銀あやがねは知ってるが、遺骸がそうとは知らなかった…… 本当だ」


「…………」 


 ミアは黙りこみ、ローストグルーン海牛をかみしめる。

 嫌な予感、大当たりか…… 

 こうなると、魔石を採掘できる可能性はかなり薄い。

 せっかく俺やイリスを敵と見なすのをやめてくれたところだが…… もしかしたら、俺たちの目的を知って、再び警戒心を強めた可能性もある。

 目標変更。

 とりあえず、生きて帰ることが最優先だ。

 ―― まずは墓を暴いてまで魔石が欲しいわけではないことをアピール。

 先客とかいう黒い服の男を排除し、恩を押し売りして逃げる。

 採掘の交渉には、持ち込めそうなら持ち込むが…… 無理なごり押しは、しない。

 そもそも、黒い服の男のように、子どもを人質にして祖先の墓を荒らす行為など、実際の話が論外だしな ―― 同類とは絶対に思われたくない。

 俺は、こちらをじっと見るミアの強い金の目を、負けじと視線で押し返した。


「…… たとえ、そうだとしても、俺たちは竜神族の祖先の墓を無理やり暴くようなことは、しない。相手への敬意がない交渉は、ただの戦争だし、黙ってとっていくのは泥棒だ」


「そうですか……」


 ミアの沈黙は、さっきよりももっと、長い。

 悩んでくれているのか…… さっさと排除にかからないのが、むしろ意外な気がする。

 ミアは小さくためいきをついた。


「…… 人間には珍しく、こうして歓待していただいた以上は、あなたがたを信用したい」


「だがな」 と、ミリンが偉そうに腕組みをする。


「無理なのだ! すまぬな、リンタローにイリス|ねえやん!」


「逆鱗の言うとおりです」


 うなずくミアは、苦渋の表情すら見せている。


「我々にとっては、親の、その親の、そのまた親の…… 亡骸が積み重なった場所であり、我々がやがて還る場所でもあるものが…… 人間にとっては宝の山にしか見えないようで。最初は笑みを浮かべて近づく人間も、我々が宝を取らせないとわかると豹変ひょうへんします」


「いや、同じ人間として、まことに申し訳ない……」


 そのとき。


 どぉぉぉぉおおおおおおんっ


 遠くから爆発音が聞こえた。

 大地が、かすかに震える……


{いったい、なんなのですか!?}


 ぷぴゅんっ

 イリスがモニターのほうにとんでいった。

 ヘリは無事だが、北のほうに煙が上がっている。

 ミアが、息をのんだ。


「…… 祖先の墓のほうです」


「きっと、あいつだ! 絶対だ!」


 ミリンが叫んだ。

 あいつとは、言わずもがな…… 先ほどから話題の、ミリンを人質にとった男だろう。

 自力で、竜神族の祖先の墓まで行き着いたのか ―― とすると。

 いまの爆発は、おそらく魔石を採掘するための入口を開くため…… そして、やつが犯人だとするならば、きっと採掘は、もう始まっている違いない。


「すぐに止めにいこう…… 一刻も早く」


{もちろんなのです!}


 イリスから、きれいなグラデーションのグリッターが立ち上る……

 数十秒後にはもう、俺たちの乗ったヘリは、ノルドフィノ高地の山々を見下ろして飛んでいた。

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