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第85話 バケモノと呼ばれてしまった

{ミアさん、ミリンさん! 先祖さんのお墓、まだですか?}


 イリスが、ぷにゅんと首をかしげた。

 爆発音の聞こえるほうに向かい、もう20分あまりも、イリスはヘリをシンクロ飛行させているのだが ――

 これといったものは、なにもないのだ。

 ただ、うねうねと岩山が続いている。

 ちなみにこの岩山は、ミアとミリン、竜神族のふたりによると、ぜんぶ龍の個体であるらしいんだが…… 昼寝でもしているのか、ぴくりとも動かない。


{場所、こっちで、あってるのですよね?}


「もうすぐだ、そう焦るな」


 偉そうに、龍の子ミリンが腕組みをした。

 ミアがモニターを確認する。 


「我々の祖先の墓所はこの先の渓谷…… ああ、もと渓谷です」


「もと?」


「みんなが同じ場所で、折り重なって息を引き取るので、地形がかわってしまったんですよ、リンタロー」


「へえ…… 壮大だな」


「そうですか? …… で。いまは、どちらかといえば、逆さの円錐えんすい形になっています…… あ、見えてきました。あれです」


 ミアが身を乗り出すようにしてモニターを指さした。

 たしかに、そこ ―― ヘリが近づいていっている先は、よく見るすり鉢のように、フチが盛り上がって中央にいくほど凹んでいる。

 もし先にミア言われていなければ、まったく気づかなかっただろう。それほどに、巨大だ。

 しかし、じっくり眺めていると、むき出しになった黒い地層が、龍の形をわずかにとどめているのがわかる。

 頭、手足、長い胴体…… 最初、黒い巨岩だと思っていたものは、魔石化した龍のウロコだった。


 ―― もはや人の姿を保てなくなった龍が、そっと横たわり最後の時をすごす…… そのうえに土砂が積もり、草木にすっかり覆われたころ、また、幾千の歳を経て死を待つばかりになった龍がその上で己の死を待つ……

 そんな光景が、俺の脳裏に浮かぶ。

 俺は知らず知らずのうち、目を閉じていた。  

 ここは ―― 信じられないような長い年月、ただ静かに、龍たちの最期を受け入れてきたたになんだ。

 ミアの親も、そのまた親もここに眠っている。やがてはミアも、この大地の一部となる。数千年の後には、おそらくミリンも。

 ―― 正直なところ、俺は、生物はみな、死ねば等しくただの物質になると思っている。

 だから親父の遺灰は、いっさいの躊躇ちゅうちょなく海にまいたし、前世の俺のドナーカードには全項目に丸をつけていた。

 俺が刺されたあとの身体も、有効活用されていてほしいものだ。

 だが ―― 龍たちの心は、そうした価値観とはまた、別物なのだろう。

 しかたがない。

 せっかく魔石のことを調べてくれたソフィア公女にも、俺とイリスをここに派遣したドゥート皇国のグロア女帝にも、申し訳はないが……


「俺は、ここから魔石を採掘させろとは、言わないよ」


「「えっ……」」


 龍の親子は、驚いたように俺を見る。


「遺体の提供というのは、非常にセンシティブな問題だからな。俺としては、世のため人のために活用したほうがいいとは思うが…… ともかく、最優先されるべきは、持ち主と遺族の意思なん、ら゛っ……」


 舌、かんだ。

 ミリンがいきなり、俺に抱きついてきたのだ。


「リンタロー! おまえ、人間にしてはいいやつなのだな!」


{そうなのですよ! リンタローさまは最高の人間なのです! だから、竜神族は離れてくださいです}


 イリスがミリンを俺から引き剥がしにかかる。

 ―― 現場を見るまでは、なんとか龍たちを説得して魔石を採掘させてもらおうと考えてたことは、内緒にしとこう……


「もちろん、勝手に穴を開けて盗掘など、論外だ」


「この穴ですね……」


 ミアが唇をかむ。

 モニターには、岩肌のまんなかに黒々とあいた穴が映されていた。


「イリス、穴に近づけるか? 適当なところで、おろしてくれ」


 ぷるぷるっ

 イリスが震えた。


{まさか…… リンタローさま、ひとりで行っちゃうつもりですか?}


「うん。斜面じゃ、発着陸が難しいだろ?」


{リンタローさま…… これ、リンリン3号なんですよ?}


「うん?」


{バカにしないでくださいです!}


 ヘリ ―― リンリン3号が、ゆっくりと斜面に降りはじめる。


「イリス…… なにをするつもりなんだ?」


{まあ、みててくださいなのです!}


 いや、ほんと、どうするつもりなんだろう。

 ヘタに斜面に降りたら、ぶつかるか滑るかで、ヘリごと壊れてしまうと思うんだが ――

 俺は息をのんで、モニターを見つめた。

 斜面ギリギリでいったん、ヘリが宙に浮いたまま止まる…… と。


 ぷりゅぷりゅぷりゅぷりゅっ……


 さっき、ミリンに襲われたときに俺がつけたスプリンクラーから、半透明のゼリー状のものが、しぼり出されるように垂れてきた。

 ああなるほど。スライムボディーで斜面に台を作って、ヘリを乗せるんだな…… って、おい。


「まさか…… 機体のスライムボディーを流してるのか? 機体、崩れるんじゃ」


{違うくて、大丈夫なのです! 錬金釜機能で、新しく錬成しながら流しているのですよ! えっへん}


 ほめてほめて。

 胸を張るイリス。青紫の瞳が、期待できらきら輝いている。


「おお、すごいな…… いや、ほんとすごい」


 びっくりしてるのは、俺だけじゃなく、龍の親子もだ。


「こんな魔族は、はじめて見ました……」


「も、もしや、無限増殖する化け物なのか……っ!?」


「それは違う。イリスは、最高のスライムさんなだけだ」 


{えへへへへ…… では、着陸するのです!}


 ぷよん

 リンリン3号は、斜面に作られたスライムボディーの台の上に、文字通りソフトランディングを果たしたのだった。



「―― けっこう、掘り進んでいますね」


 俺とイリス、ミアとミリン龍の親子は、ヘリを降りたあと、さっそく穴のなかへと入っていった。

 遠くのほうで、また爆発音がし、地面がかすかに揺れる。

 どうやら盗掘者は、少しずつ岩盤を爆破しながら奥へ奥へと進んでいっているようだ。


「急ごう」


{あっ、じゃあ、こんなの、どうですか?}


 ぷりゅりゅりゅりゅんっ……


 イリスが、スライムボディーでソリを作る。


 ぷりゅっ ぷりゅっ ……


 ついで、イリス 《複製》 がひとり、イリス 《複製》 がふたり……


「ちょっと待て、イリス。ソリを引くんなら、犬とかトナカイとか馬がいいと思うんだが」

{そうですか? じゃあ……}


 ぷりゅりゅりゅりゅんっ


 イリス 《複製》 たちが集まって、バイクの姿になった。

 ミリンが珍しそうに、そのボディーをつつく。


「これは、なんだ!?」


SSスーパースポーツバイク、という乗り物なのです! 速いのです! 前に、リンタローさまが出してくれたのですよ}


「よく覚えてるな」


{もちろんなのです! リンタローさまとのことは、ぜんぶ、絶対に忘れないのです}


 イリス 《SSバイクの姿》 が、ぷるんっと震える。


{さあ、みなさん、ソリに乗るのです!}


 イリスに促され、ミアとミリンの親子がソリに乗った。俺はイリス 《SSバイクの姿》 にまたがる。

 どうやって接続してるのか、バイクでソリをひくという初体験だが…… まあ、両方ともイリスだし、なんとかなるだろ。


「よし、出発」


 俺はイリス 《SSバイクの姿》 のギアを入れてみた。


{いくのです!}


 ごつごつとした岩肌の上を、イリス 《SSバイクの姿》 が滑るように走りだす。

 本物のバイクとは違い、音はない…… だが、すぐに最高速度に達する。

 時速300km ―― 黒岩の壁面の、侵入者に破壊されたあとが、線になって後ろに流れていく。

 俺はけっこう過酷なスピードだと思うのだが…… 龍の親子には、まだまだ余裕らしい。


「これは…… 小さいのに、なかなか速いですね」


「我々が空を飛ぶ速さには、劣るがな!」


 イリスも {気持ちいいのです!} とはしゃいでいるし…… 必死でしがみついている凡人は、俺だけか。

 わずか、3分 ―― 俺たちは前方に、小さな灯が揺れているのを見つけた。

 ついに、盗掘者と対面だ……


{リンタローさま! このままつっこんで、いいですか?}


「ひき殺しちゃうだろ、それ」


ノルドフィノ高地ここは治外法権ですよ? それに、言わなきゃバレないのです!}


「イリス、恐ろしい子……!」


 とにかく、ミアとミリンのご先祖の遺体を悪者の血で汚すのは良くない ―― 俺がそう言うと、イリス 《SSバイクの姿》 はやっと納得し、スピードをゆるめて止まった。

 俺がバイクから、ミアとミリンがソリから降り、イリスが少女の姿に戻る。

 ここで、また、爆発音。

 当然だが、かなり近い ―― 

 俺たちはそろそろと爆発音に近づいていった。

 そこにいたのは、黒い服をまとった、影のような男……


「{「やっぱり」}」


 ミリンとイリスと俺、3人のひそひそ声が、重なる。ミアは、どういうことだ、と問いたそうに眉をひそめて俺たちを見ていた。


「あいつだ!」 {カゲ太郎さんなのです!} 「腕…… 義手にしたのか」


「カゲ太郎? リンタローとイリス姐やん、知り合いなのか?」


{ものすごく勝手なヤツだったのです!}


「まあ、それな…… ミリンを人質にしたの、あいつだな?」


「そうだ! 情けないが、あいつ、強いんだ」 


「わかる……」


 さすがは義勇軍のボス直属の部下、というべきか (別にほめる気はないが)

 俺とカゲ太郎の戦闘は、いつも、俺がどれだけ工夫を凝らしたつもりでもギリギリ引き分け、しかも最後に逃げられる。

 今度こそは、なんとか捕まえてしまいたい。

 ―― どうすべきか……

 俺は、しばらく考えた。

 ―― この坑道内では、お互いに動きが封じられる。派手な戦闘は、危険だ……

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