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第86話 人材不足かと思ってしまった

 どぉぉぉぉぉおおおおんっ

 カゲ太郎の右手から放たれた純粋な魔力が、黒い岩盤を砕く。

 崩れた魔石は、カゲ太郎の足元に集まり、吸い込まれるように消えていく ――

 俺たちはその様子を、崩れずに残った岩の陰から眺めていた。

 ミリンは怒って全身をぶるぶる震わせ、そんなミリンを抑えるミアの手も同じく、震えている。ふたりにとっては、祖先の遺骸が冒涜ぼうとくされているも同じだろう。


「転移陣か…… ォロティア義勇軍の管理する倉庫にでも、魔石を送っているんだろうな」


「なら、話は簡単だな。余がちょっと行って、その倉庫ぶっ壊してくる 「今は、やめなさい」


 ミリンは、いまにもカゲ太郎の前にとびだしそうだ。そのたてがみを、ミアがつかんで引き留めた。


{じゃあ、とりあえずわたしが、ぷっぴゅんしてくるの 「ちょっとまて、イリス」


 いまにもカゲ太郎の顔面にとびつきそうなイリスを、俺が止める。


「あの男、前に小規模ミニブラック・ホールにも耐えただろ? 今度はなにを持ってくるかわからない。慎重に行こう」


{だって、このまま逃げられちゃったら、ダメなのです!}


「イリスねえやんの言うとおりだ!」 


 たてがみをミアにつかまれたままのミリンが、手足をジタバタさせて主張する。


「このままでは、あいつの独り勝ちなのだ!」


「もちろん、そんなことは、させません」 と、ミア。

 俺も、うなずく。


「だが、策を練るに越したことはない…… まずは、こんなのはどうだ?」


 俺は、アイテムボックスから例のブツを、取り出した ――


∂º°º。∂º°º。∂º°º。


 魔でなかったから、棄てられた。

 人でなかったから、殺された。

 何者も…… 助けては、くれなかった。


 ―― やり場のない怒りを、カラヴァノは淡々と、黒い岩盤にぶつける。

 部族のなかでも図抜けて強かった魔力…… そのうちの、わずかなひとかけ。

 それだけで、爆発音とともに岩が崩れる。

 ―― この力をなぜ、部族を守るために使えなかったのか…… 違う。

 守ろうとしたのだ。

 だが、それが間違いだった。

 守るのではない。

 殺さなければならなかったのだ。

 敵を徹底して蹂躙じゅうりんし、恐怖を植えつけ、2度と砂漠の民には手を出さぬよう、思い知らせなければならなかったのだ。

 優しさや理性は悪だと、当時の自分は知らなかった。

 でないものに魔族がどれだけ無関心になるかを知らず、ものに人間がどれだけ理不尽に残酷になれるかを知らなかった。

 理不尽には、なぜと問うのでも話し合うのでも、糾弾するのでもなく。より大きな理不尽でじ伏せるしかないことを、知らなかった。

 甘かった、甘かった、甘かった……!


 ―― 自責の念は、幾倍にも増して、あらゆるものへの怒りを生む。

 怒りは力だ。尽きせぬ力の泉だ。

 だからこそ、カラヴァノは己の強さに自信を持っている。

 ボスから信頼されているのも、この強さゆえ。


 強くあれ ―― カラヴァノは己に言い聞かせる。

 怒りを、絶やすな。

 あらゆるものを、憎み続けろ。

 そうして得る力を、今度はボスと義勇軍のために使うのだ。

 このどうしようもない大陸せかいを、つくり変えるために……


 ―― 妙な赤い霧が流れてきたのは、そのときだった。


∂º°º。∂º°º。∂º°º。


 しゅぅぅぅぅぅぅ……


 俺が特殊スキル 《九重錬成》 で、作業に集中しているカゲ太郎カラヴァノの足元と天井に、ひそかに施設したスプリンクラー。 

 そこから流れる臭素の霧が、やつの周囲に充満する。

 臭素ガスは以前に船のなかで大量に錬成しておいたものだ ――


「…………っ!」


 カゲ太郎が少し咳き込み、あわてて顔を黒い布で覆うのが、見えた。

 カンと反射神経は相変わらず、鋭い。

 気絶するまで臭素を吸い込んだりはしてくれない、か……


「だが、いつまでもつかな?」


「完全に悪役台詞だな、リンタローよ!」


{なにを言ってるのですか、ミリンさん! リンタローさまは、いいひとなのです!}


 うんまあ、それはどっちでもいい。ともかく。

 ―― 坑道のなかはせまく、出入り口はひとつだけ。

 竜神族のミアたちにも、魔族のイリスにも臭素は効かない。俺はフルフェイスマスクをして防御している。

 だが、いくらカゲ太郎とはいえ、布では臭素を防ぎきれない。死なない程度に濃度を調整してあるとはいえ、吸い込み続けると危険だ……

 カゲ太郎もそれを察知したのだろう。

 不機嫌な表情で、指を鳴らす。

 異層転移の合図だな ―― いまだ。


 ぷにゅにゅにゅにゅっ

 カゲ太郎の足元にそろそろと近づいていたイリスが、俺たちとカゲ太郎を包み込むように、一気に広がる。

 一瞬後。

 ゆらり、と空間が揺れた。


「よし、巻き込まれ転移、成功」


「ここが異層なのか!? もとの場所とまったく、違うではないか!」


 ミリンが、きょろきょろとあたりを見回す。

 ミリンの言うとおり ―― 黒い岩盤の坑道ではなく、白っぽい地層の壁が、はるか上までそそり立つ渓谷だ。ところどころ虹色に光って見えるから、もともと彩銀の鉱石が含まれている地層なのかもしれない。

 ミアが、目を細めて空を見上げた。雲ひとつない青空 ―― これも、この異層ならではだろう。


「いいえ…… 場所は同じですね。ただ、我々の祖先の墓場ではない…… と、いったところでしょうか」


{ですね、ミアさん! すごい断崖絶壁なのです!}


 ぷぴゅんっ

 しゃべりながらもイリスは、プロミネンスを思わせる白い光輪を持つ武器へと変身し、俺の手に収まる。

 光明の時輪スダーシャナ・チャクラ ―― 触れたもののエネルギーを吸い尽くす、無敵の武器だ。

 これで、カゲ太郎が臭素のダメージから抜けきらないうちにエネルギーを吸いとり、さらに、あらかじめ錬成しておいた魔力吸収素材夢見薬+多層CNTあみで捕獲。

 同じく錬成しておいた魔力制限装置をつけたうえで、縮小化しワイヤー入り強化ガラスのスノードームに閉じ込め、しかるべき場所に引き渡す ―― という作戦である。

 ちなみにわざと異層に巻き込まれ転移したのは、ミアたちの祖先の遺骸を、これ以上に戦闘で傷つけないようにするためだ。


 ―― 今のところは、作戦どおり。

 さすがのカゲ太郎も、臭素には耐性がなかったようだ。喉ばかりでなく、目もやられたらしい。 

 目を押さえたまま、咳き込み続けている ―― いまのうちだな。


「イリス、頼む」


{了解なのです!}


 イリス 《スダーシャナ・チャクラの姿》 は俺の手を離れ、くるくる回転しながらカゲ太郎へと向かう。

 まるで地上に小さな太陽が現れたかのようだ…… が。

 突如として伸びてきた黒い無数の触手が、飛んでいた太陽を絡めとる……!


{あ……! しまった! の、です……!}


「あなたがたでしたか」


 ゆらり、とカゲ太郎が立ち上がる ―― そのシルエットは、俺が見知っているのものではなかった。

 左腕の付け根から、闇そのもののような色合をした無数の鞭が重力に逆らって伸び、生き物のようにうねっている……

 そのうちの十数本がイリスをとらえたのだ。

 生態エネルギーや魔力とはまったく別の原理で動いているのか。それとも、チャクラの能力を抑えられてしまったのか……

 鞭の勢いは、まったく衰えない。

 光明の時輪スダシャーナ・チャクラにがっつり触れているのに…… なんてやつなんだ……!


「イリスさん!」 「ねえやん!」


{……っ あ…… あ……}


 ミアとミリンが叫ぶように呼ぶなか、イリスの変形が解けていく。

 光明の時輪スダシャーナ・チャクラから、少女の姿へ…… 無数の闇色の鞭が、その細い手足や首、胴を、よりきつく締めあげる。


{ううっ…… 心配、しないで、です……っ}


「わかってる」


 カゲ太郎の義手がこうなるのは予想外だった。

 だが、こっちも、やられっぱなしではない。

 実のところ、たんに締めつけるだけではイリスにはダメージはないのだ。スライムボディーは、人間とはまったく構造が違うからな。

 イリスは少女の姿ではなくスライムの姿になれば、鞭の束縛を、容易にすり抜けられる。それをしないのは……

 身をていして、この、にわかに出現した強力な武器を封じるためだ。

 ならば、俺のすべきことは ――


「《魔力吸収・多層CNT網》!」


 予定どおりにアイテムボックスから引き出した網を、カゲ太郎にかぶせるだけ。


「…………っ!」


 カゲ太郎の顔が、驚愕きょうがくに染まる。

 こうくるとは、思わなかったか……? だとしたら、甘かったな。


「覚悟するんだな。動けば動くほど絡みつき、魔力を吸収する仕様だ。糸がけっこう硬いから、おとなしくしとかないと皮膚もざっくりいくぞ」


「卑怯な……!」


「きみみたいな強いやつと闘うのに、卑怯もクソもあるか」


 俺はカゲ太郎に近づき、特製の魔力制限装置を網の上からつける。


「イリス、そろそろ大丈夫だ。ありがとう」


{どういたしましてです!}


 少女の姿が徐々に溶け、触手をすり抜けて網の外へと流れ出す ――

 カゲ太郎はイライラと舌打ちを繰り返しているが…… さすがのこいつも、現状では舌打ち程度しか、できることがないよな。


{じゃあん! 縄脱け、完了! なのです!}


「お見事です」 「ふっ、ざまあだな!」


 あみの外でイリスが少女の姿に戻ると、ミアとミリン親子が拍手を送ってくれた。

 ここまでくれば、あと一息。

 カゲ太郎を縮小化し、強化ガラスドームに封じるだけ ――


 だが、このとき。

 俺の目の前では、またしても、致命的に予定外のことが起こり始めていた。


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