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第87話 無法地帯だった

 最初は、小さな火花だった。

 カゲ太郎の首に取りつけた魔力制限装置…… そこから白い星のような火花が、弾けたのだ。

 ―― と、思ったら。


 バチバチバチバチッ……


 またたに、火花が増えた。

 魔力を抑え、使えなくするための制限装置…… それが、火花をまき散らしながら、弾ける――!

 呼応するように、カゲ太郎を捕らえていた黒い魔力吸収網が、中心から真っ赤に色を変えていく。

 静かに小さな炎があがり、あっというまに燃え広がる……!


{はううううううう! 水なのです! トカゲの黒焼きが、できちゃうのです!}


「わかってる! 《神生の大渦》! …… あれ? 消えない……!?」


 チート能力で大量の水を注ぎ続けているにも関わらず、炎はまったく衰えない。それどころか……

 ぼっっ

 新たな火の手があがり、朱色の舌でカゲ太郎の黒衣を焼いている……


「無駄です」


 ミアの声が、硬い。


魔素マナの吸収が限界を超え、燃えたのでしょう…… 魔素マナが形を変えて炎となっているようなものなので、水では消せません」


「じゃあ世界樹の雫は?」


「それ、火に油を注ぐようなものですよ?」


 じりじりというかすかな音とともに、皮膚の焼ける嫌な匂いが漂ってきた。


「…………っ」


 カゲ太郎の食い縛った口から、声なき悲鳴が漏れる。

 早く火を消さなければ、カゲ太郎の生命が危ない。

 なにか、方法は…… くそっ。何も、思いつかない……!


「ミアは、火を消す方法、知らないか?」


魔素マナの火には通常、鎮火の魔法を使います」


「使えたら、使ってやってくれないか……?」


「残念ですが、細かい作業も収束魔法も、我々の範疇外です」


 ミアが肩をすくめ、ミリンが 「大規模攻撃専門だな!」 と補足する。


「そのうえ、こやつを助けねばならぬ理由を、余もおやも、持ち合わせてはおらぬ! 自業自得なのだ!」


「あーもう! 《分解》 …… くそっ、だめか」 


 燃える炎が、錬成陣を消してしまう。

 特殊スキルが、使えない……!


{なら、こうするのです……!}


 ぷっぴゅん!

 突然、イリス 《スライムの姿》 が、カゲ太郎の全身に覆いかぶさった。


 {ぷうううっ…… はいりこみ、にくいのです!}


 イリス 《スライムの姿》 はカゲ太郎に覆いかぶさったまま、その皮膚と燃える魔力吸収網との間に少しずつ、スライムボディーを流していく…… すると。

 スライムボディーが触れた箇所から、炎が消えていっている ―― そうか。

 不燃性のスライムボディーで、カゲ太郎の持つ魔素マナと魔力吸収網を遮断さえしてしまえば、炎は抑えられるのだ。燃料が、なくなるわけだからな。

 だが、イリスにもダメージがないわけではな、ない。

 じゅううううっ……

 炎を抑えると同時に、イリスの水分もあまりの高温に蒸発していっているのだ。


{ぷうううううっ…… 負けない、のです!}


 はやく、なんとかしなければ…… そうだ。

 あれを、使えば ――


「《九重錬成》 《瞬間錬成》 ―― スプリンクラー、錬成完了! 《神生の大渦》 ―― 経口補水液、放出!」


 俺は瞬時に、イリスのまわりにスプリンクラーを錬成した。

 ―― 《瞬間錬成》 は前のレベルアップで 《超絶技工士》 の称号を得たために使えるようになったスキルだ。武具・道具の錬成時間を1秒以内にできる。

 スプリンクラーから経口補水液が無限に、イリスに向かって放出されはじめた。


{リンタローさま! ありがとうなのです!}


「いや、むしろ当然だろ」


 イリスが頑張っているのに、なにもせずに見ているなんて、できるわけがない ――


 数分後。

 炎はようやく、ところどころ、赤くくすぶるだけになった。

 ほの暗く残る熾火おきびに、イリスは {しつこいのです! えいえいえい!} と、スライムボディーを流しこんでいく。

 やがて……


{ぷううううう! やっと、消えたのです!}


「イリス、すごいぞ! ありがとう!」


{えへへへへ。がんばったのです!}


「ほんとうによくやった! まじで最高のスライムさんだ!」


 ぷっぴゅん

 カゲ太郎から離れ、少女の姿に戻ったイリスを、俺は思いきり抱きしめた。

 経口補水液でちょっとベタベタしているが、そんなの気にしている場合じゃない……!


「イリスが無事で、ほんとうによかった……」


{リンタローさまの、おかげなのです! よしよし、なのです}


 イリスに頭をなでられて、俺は、自分が泣いてることに気づいた。恥ずかしい。

 けど、ほんと心配だったんだ…… イリスが、無理するから……

 カゲ太郎のほうは、どうやら、意識を失っているようだ ―― そのせいだろう。俺たちは、いつのまにか異層を抜け、もとの坑道のなかに帰ってきていた。

 ミアとミリン親子がカゲ太郎のそばにしゃがんで、その火傷だらけのからだを乱暴につつく。


「これ、どうするのだ?」


「ついでなので龍の炎で、完全燃焼させときましょうか?」


「いやいやいや。せっかく、イリスが助けたのに…… 《神生の大渦》」


 俺は、チート能力でハイポーションと万能霊薬エリクサーの混合液を出し、カゲ太郎に注ぐ…… 火傷は、みるみるうちに癒えていった。


「なんと!」 「人間は、すごいものを持っていますね」


 ミリンとミアが、そっくりな金色の目を丸くして驚く。


「だが…… そもそも、なぜ、こやつを助けねばならぬのだ?」


 ミリンからの至極、まっとうな問い…… 答えるのは難しいな。たいした理由があるわけじゃない。


「誰であっても、見捨てるより助けるほうが、俺個人としては心理的負担が少ない。その上で、悪人なら司法に引き渡すのが人間社会の正解だ」


「つまらんな」


「いや実際、俺もそう思う」


 しかし正義を振りかざしながら人を見殺しにするのも気分が悪い話なんだから、しかたないじゃないか。


「まあ、俺の個人的見解につきあってくれてありがとう、としか言いようがないな」


「ふうん……」


 ミリンが顔をしかめて、カゲ太郎を蹴飛けとばした。

 カゲ太郎は、ピクリとも動かない ―― まだ意識が回復していないようだ。


「よし、いまのうちに 《縮小化》 《瞬間錬成》 ―― スノードーム、錬成終了」


 俺はとりあえず、カゲ太郎を手のひらサイズにしてワイヤー入り強化ガラスのなかに封じ込める。

 イレギュラーはあったが、なんとか、予定どおりだ ――


「あとは、こいつを、しかるべき場所に引き渡す。ここノルドフィノ高地は、竜神族の自治区だろ? 警察や裁判所は、あるのか?」


「けいさつ…… さいばん……? なんだ、それは?」


「ありませんよ、そんなもの」


 ミリンがこてんと首をかしげ、ミアがあっさり答える。


「我々、竜神族は個体数がとても少ないですし、おおかたは、なにもせずに大地に同化して一生を過ごすんですから」


「つまり、法律そのものが存在しないのか……?」


「はい。なにかあれば各自で対処。それが、唯一にして絶対の原則ですね」


「なんてこった」 


 俺は天井を見上げてためいきをついた。

 カゲ太郎のここノルドフィノ高地での罪状は、ミリンの誘拐・脅迫に墓場荒らし公共物破損、盗掘、といったところか。その前にドゥート皇国で何人か殺してる。

 だから当然、カゲ太郎の裁判には2国間でなんらかの協議が必要になるだろうと、俺は考えていたんだが……

 竜神族のすみかが、ウワサ以上にガチの無法地帯だった件。


「―― ちなみに、俺がきみたちにカゲ太郎を引渡した場合、どうなる?」


「リンタローの前では、殺しませんよ」


 ミアがうっすらと笑った…… が、次の瞬間、その表情が凍りつく。


「どきなさい!」


 ミアはタックルするようにして、俺とイリスをつきとばす。

 坑道が、ぐらぐらと大きく揺れ、土や石ころが落ちてくる。

 同時にミリンの姿が、人から巨大な龍へと変化していく ―― 黒い岩盤の天井が突き破られ、崩れる……!


「《神生の大渦》!」


 俺はとっさに、ワイヤー入り強化ガラスで落ちてくる岩を防いだ。


 ごぉぉおおおおおおおおっ


 俺たちがもといた場所のあたりを、ミリンが吐く炎が直撃する……


「急にどうした……」


 問いかけて、気づく。

 俺とイリスがいた場所を、先端が鋭く尖った無数の触手が、貫いていることに。

 ミアが庇ってくれなかったら、俺もイリスも針山みたいになってただろう。

 その触手の持ち主は、龍の炎を浴びて、なお、立っている ――

 破られてしまったのだ。

 俺の 《縮小化》 のスキルも、ワイヤー入り強化ガラスのドームも……


「礼を申し上げます」


 カゲ太郎は、炎で赤く染まった顔を笑みの形に歪ませた。


身共みどもが、あなたのようなクソ甘い偽善者を非常に嫌悪していることに、気づかせてくださいまして」


『余は、おまえのほうがキライだ!』


 ウロコを擦り合わせて出しているような、ミリンの不思議な声が天空に響く。

 カゲ太郎に注がれる炎が、ますます激しくなった……

 だが、カゲ太郎は、びくともしていない。

 どうやら、魔力でバリアーを張っているようだが…… いやもう絶対こいつ、人間じゃないよな。

 魔力、どんだけ無尽蔵なんだ。


『リンタロー! 悪いが、おまえの言うことは、聞けぬ! この者を、滅ぼす!』


「ほう? それは勝手ですが……」


 カゲ太郎が右手をかかげた。

 触手じゃないほうの手のうえにあるのは、なにやら、ぷよぷよとした半透明の物体。


「これ以上、身共みどもを攻撃すると、こちらのスライムの心核ケルノも、傷ついてしまうことになりますが」


「…… え!?」


 俺はあわてて隣を見た。

 まさか、イリス……?

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