ヤパーニョ皇国に到着して、
なにをするというわけでもなく、畳の上に寝転がり、遠くからかすかに響く太鼓と
{ぷぁぁぁぁ…… たいくつ、なのですぅ}
イリスが、小さなグリッターを漂わせてあくびした ―― まあ、気持ちはわかる。
ヤパーニョ皇国でただひとつという、
この7日間で、もう、デジマ内はだいたい観光しつくしてしまったからな。
ちなみに、いま遠くから聞こえている太鼓と銅鑼の音は
大人数が太鼓と銅鑼にあわせていっせいに
華やかで爽快感すらあり、見飽きないには違いないのだが……
たいたい2日に1回は開催されているこのレース、俺たちがデジマについてから、今日で3回目である。
さすがに、観る気にはなれないよな…… もはや、楽しみより焦りのほうが
なぜこうも、必要な情報がまったく、入ってこないんだろう。
「はやくイリスの
「ォロティア義勇軍の消息、まだ、つかめないんでしょうかね」
竜神族のミアが、青い眉とその下の金色の目を曇らせる。
―― ここデジマに到着したとき、
俺たちがォロティア義勇軍を追っていることを聞くと、すぐに捜索を始め、わかったことがあれば知らせると言ってくれた。
もしォロティア義勇軍が国内に入りこんでいた場合、捕縛のために俺たちが鎖国結界を通れるよう、すみやかに入国手形を発行することも約束してくれた ―― のだが。
それからいっこうに、音沙汰がない。
ミアが何度か、捜索の進みぐあいを奉行にたずねてくれたが、その都度、相手は言葉をにごす。そして、新しい観光名所を紹介されて終わってしまう。
イリスがまだ問題なく動けているから、カゲ太郎に抜き取られてしまった
だからといって、安心なんかできたもんじゃない。
一刻も早く取り戻さなければ、ォロティア義勇軍になにをされるか ――
「どうも、慇懃無礼といいますか……」
ミアがごろっと向きを変え、手でひたいを押さえてためいきをつく。
「イリスさんの
「まあ、
{わたしも、ヤパーニョ皇国内だと思うのです!} と、イリス。
「もしかして…… デジマ奉行と義勇軍、すでに」
癒着してたりして。
ここ数日、なんどか脳裏をよぎった懸念を、俺が口にしようとしたとき。
窓の外の空気がふいに、緊迫感をおびた。
声にならないどよめきは、
たとえば、武装した一軍がこちらに向かってきているような……
「リンタロー」 {リンタローさま}
ミアとイリスも、気配を感じたらしい。ほぼ同時に、起き上がった。
「これヤバいやつ」 「と、思います」 {逃げるのです……!}
俺たちは素早く、立ち上がる。
逃走経路は ―― ばんっ
「
抜き身の刀が放つ、ぎらっとした白い照りが目に飛び込む……
「竜神様の従者、リンタロー及びイリス!
「すみません壊します!」
真っ先にミアが動く。
俺とイリスはミアに襟首をつかまれ、いっきに旅館の
「やっぱ癒着」 {どぴお、ってなんですか?}
俺とイリスの返事が、ガチで宙に浮く ――
気づけば俺とイリスは、龍の腕にちょこん、と乗っかった状態で、高速で飛びながら下界を見おろしていた。
ミアは俺とイリスが同心(?)たちと会話するより早く、とっさに俺たちを抱えて全長5kmの龍の姿に変身したのだ ――
俺たちが最後に見たものは、ミア龍化にともなって吹っ飛ばされる同心(?)たちと本陣の建物だった。
下界からは 「竜神様がお怒りになった!」 「こ、この世の終わりだ……!」 「だからやめといたほうが、よかったとね!」 と騒ぐ声がかすかに聞こえる。
『いちおう簡易結界は張ったので、死人はでなかったはずです』
{ミアさん、攻撃以外もできたんですか?}
『変身時のたしなみですので……』
「竜神族の気づかいがすごい」
『まあ、破壊はしちゃいますけどね』
空を飛ぶミアの声に、金属のような響きが多めに含まれる。人間でいったら、苦笑してる感じか。
『いったん、海をこえて
{だったら、アシュタルテ公爵のとこがいいのです! ミアさんなら、ひとっとびなのです}
『ひとっとび、よりはもう少しかかりますが、そうしますか』
ミアがぐいっと向きを変えた。
目指すは北西 ―― ヤパーニョ皇国を大陸から切り取るようにそびえる、リエンタ山脈の山々を右手に。ニシアナ帝国らしい街並みを左手に、すさまじい速さで飛ぶ。
わずか5分ほど。もう、
久しぶりだな。
「そうだ、ついでに、アイテムボックスにしまってるやつらも、アシュタルテ公爵に引き渡してこよう」
{いいアイデアなのです、リンタローさま!}
アイテムボックスには、ミニサイズに縮小化した奴隷狩のギルとジャン2人組と、客船乗っ取り未遂犯の死霊術士たちが入っているのだ。
いちおう食事とトイレは気を遣っているが、正直、めんどくさい。
ここらでアシュタルテ公爵に押しつけ…… いや、引き渡してくるのが正解だろう。
『もう降りますよ』
広い草地をみつけたミアが、ぐっと高度をさげる ―― ほどなく。
俺たちは、アシュタルテ公爵領の手前、ウィモ平原に降り立った。
ミアが人間の姿に戻り、金色の目をまぶしそうに細める。
「降りてみると、広大ですね」
{この辺には、ウェアウルフさんが住んでるのです!}
イリスも、なんだか嬉しそうだ。久々に故郷に戻れるせいかな。
さて。こっから先は、俺の出番だ ――
「《神生の大渦》」
俺がチート能力で出してみたのは、がちっとしたデザインの
ぬかるみや雪道も難なくこなせる、アウトドア向けの車だ。
ミアが目を丸くして、ホワイトパールの輝く車体を眺める。
「リンタローは、不思議なものを出しますね」
{そうなのです! リンタローさまはすごいのです} と、イリスがドヤった。
「まあ、
{シュリーモ村に、帰るのですか!?}
「ここまできたら、当然だろ。イリスのおじいちゃんに
{わあい! ウッウ・ファミリー、元気ですかね?}
「元気だといいな…… ミアは、それでかまわないか?」
「ええ。イリスさんが、いいなら」
{もちろんなのです!
イリスは自信たっぷりに言って助手席に乗り込み、ミアは 「ここでいいんですか?」 と、後部座席におさまった。
車がよほど珍しいのだろう。ミアは座ったあとも、首をまわして車内をすみずみまで観察している ――
「じゃ、出発するか」
アクセルを踏むと、車は静かに、だが力強く走りだした。整備されていない草原の上とは思えないほど、安定した乗り心地 ―― 「ほう、なかなか……」 と、ミアが感心したようにうなる。
「たしかに速くはないですが、これはこれで面白いですね。景色を飽きない程度に送りながら鑑賞できるところが、いいです」
{ミアさん! わかるのです!}
イリスとミアは、座席ごしにがっつりと握手を交わした。
SUV、魔族と竜神族には気に入ってもらえたようで、なによりだ。
俺は、再びアクセルを深く踏み込む。
「さて…… こっから、加速する」
{急に、どうしたのです?}
イリスが首をぷにゅん、とひねった。
「正解は、モニターを見てくれ」
イリスとミアの視線がデジタルインナーミラーに集まる。ミアが青い眉をかすかに動かした。
「ん? 黒い点々がだんだん、大きく?」
「そう。あんまり、友好的な感じ、しないだろ?」
{というか……}
「どうした、イリス」
{逃げるのです! 逃げるのですよっ、リンタロー様!}
ぷるぷる、ぷるぷる
イリスが俺の膝に手を置き、震えた。
{今日は、満月なのです ――!}