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第7章 スライム娘の大事件

第90話 逃げまくった

 ヤパーニョ皇国に到着して、9日ここのか ―― 俺とイリス、ミアの3人は、デジマ奉行からあてがわれた豪華な和風旅館にいた。

 なにをするというわけでもなく、畳の上に寝転がり、遠くからかすかに響く太鼓と銅鑼ドラの音に耳を傾けている。開け放った窓からは、心地いい、そよかぜ。


{ぷぁぁぁぁ…… たいくつ、なのですぅ}


 イリスが、小さなグリッターを漂わせてあくびした ―― まあ、気持ちはわかる。

 ヤパーニョ皇国でただひとつという、最高神スペラディオ教の教会。きらびやかな花街に、土地神を祀ったとかいういかにも和風な神社……

 この7日間で、もう、デジマ内はだいたい観光しつくしてしまったからな。

 ちなみに、いま遠くから聞こえている太鼓と銅鑼の音はヤパーニョ船競漕手動ボートレースのものだ。

 大人数が太鼓と銅鑼にあわせていっせいにかいを動かし、豪華に飾り立てられた船を漕ぐ ―― 掛け声も勇ましく、波をけって猛烈な勢いで進む船のレース。

 華やかで爽快感すらあり、見飽きないには違いないのだが……

 たいたい2日に1回は開催されているこのレース、俺たちがデジマについてから、今日で3回目である。

 さすがに、観る気にはなれないよな…… もはや、楽しみより焦りのほうがまさってしまってる。

 なぜこうも、必要な情報がまったく、入ってこないんだろう。


「はやくイリスの心核ケルノを取り戻さないと、いけないのにな……」


「ォロティア義勇軍の消息、まだ、つかめないんでしょうかね」


 竜神族のミアが、青い眉とその下の金色の目を曇らせる。

 ―― ここデジマに到着したとき、奉行ぶぎょう駕籠かごを寄越して、俺たちを丁重に迎えてくれた。

 俺たちがォロティア義勇軍を追っていることを聞くと、すぐに捜索を始め、わかったことがあれば知らせると言ってくれた。

 もしォロティア義勇軍が国内に入りこんでいた場合、捕縛のために俺たちが鎖国結界を通れるよう、すみやかに入国手形を発行することも約束してくれた ―― のだが。

 それからいっこうに、音沙汰がない。

 ミアが何度か、捜索の進みぐあいを奉行にたずねてくれたが、その都度、相手は言葉をにごす。そして、新しい観光名所を紹介されて終わってしまう。

 イリスがまだ問題なく動けているから、カゲ太郎に抜き取られてしまった心核ケルノは無事だと推測はできるが……

 だからといって、安心なんかできたもんじゃない。

 一刻も早く取り戻さなければ、ォロティア義勇軍になにをされるか ――


「どうも、慇懃無礼といいますか……」


 ミアがごろっと向きを変え、手でひたいを押さえてためいきをつく。


「イリスさんの心核ケルノがヤパーニョ皇国にあることは、わかってるんですけどね」


「まあ、ウィビー異世界ア◯フォンをいくら見直しても、表示この辺だからな」


{わたしも、ヤパーニョ皇国内だと思うのです!} と、イリス。


「もしかして…… デジマ奉行と義勇軍、すでに」


 癒着してたりして。

 ここ数日、なんどか脳裏をよぎった懸念を、俺が口にしようとしたとき。

 窓の外の空気がふいに、緊迫感をおびた。

 声にならないどよめきは、ヤパーニョ船競漕手動ボートレースの観客のそれとは違う。

 たとえば、武装した一軍がこちらに向かってきているような……


「リンタロー」 {リンタローさま}


 ミアとイリスも、気配を感じたらしい。ほぼ同時に、起き上がった。


「これヤバいやつ」 「と、思います」 {逃げるのです……!}


 俺たちは素早く、立ち上がる。

 逃走経路は ―― ばんっ

 ふすまが乱暴に開かれた。現れたのは、時代劇の中から出てきたような役人たちだ。同心どうしん、だったか、たしか。


御用ごようだ!」


 抜き身の刀が放つ、ぎらっとした白い照りが目に飛び込む……


「竜神様の従者、リンタロー及びイリス! 夢見薬どぴお抜荷ぬけにの罪により、召し捕る! 覚悟せよ!」


「すみません壊します!」


 真っ先にミアが動く。

 俺とイリスはミアに襟首をつかまれ、いっきに旅館の


「やっぱ癒着」 {どぴお、ってなんですか?}


 俺とイリスの返事が、ガチで宙に浮く ―― 

 気づけば俺とイリスは、龍の腕にちょこん、と乗っかった状態で、高速で飛びながら下界を見おろしていた。

 ミアは俺とイリスが同心(?)たちと会話するより早く、とっさに俺たちを抱えて全長5kmの龍の姿に変身したのだ ――

 俺たちが最後に見たものは、ミア龍化にともなって吹っ飛ばされる同心(?)たちと本陣の建物だった。

 下界からは 「竜神様がお怒りになった!」 「こ、この世の終わりだ……!」 「だからやめといたほうが、よかったとね!」 と騒ぐ声がかすかに聞こえる。


『いちおう簡易結界は張ったので、死人はでなかったはずです』


{ミアさん、攻撃以外もできたんですか?}


『変身時のたしなみですので……』


「竜神族の気づかいがすごい」


『まあ、破壊はしちゃいますけどね』


 空を飛ぶミアの声に、金属のような響きが多めに含まれる。人間でいったら、苦笑してる感じか。


『いったん、海をこえてアンティヴァ帝国魔族の国に入りましょう。ヤパーニョ人はそこまでは、追ってきませんから』


{だったら、アシュタルテ公爵のとこがいいのです! ミアさんなら、ひとっとびなのです}


『ひとっとび、よりはもう少しかかりますが、そうしますか』


 ミアがぐいっと向きを変えた。

 目指すは北西 ―― ヤパーニョ皇国を大陸から切り取るようにそびえる、リエンタ山脈の山々を右手に。ニシアナ帝国らしい街並みを左手に、すさまじい速さで飛ぶ。

 わずか5分ほど。もう、アンティヴァ帝国魔族の国の大平原が見えてきた。

 久しぶりだな。


「そうだ、ついでに、アイテムボックスにしまってるやつらも、アシュタルテ公爵に引き渡してこよう」


{いいアイデアなのです、リンタローさま!} 


 アイテムボックスには、ミニサイズに縮小化した奴隷狩のギルとジャン2人組と、客船乗っ取り未遂犯の死霊術士たちが入っているのだ。

 いちおう食事とトイレは気を遣っているが、正直、めんどくさい。

 ここらでアシュタルテ公爵に押しつけ…… いや、引き渡してくるのが正解だろう。


『もう降りますよ』


 広い草地をみつけたミアが、ぐっと高度をさげる ―― ほどなく。

 俺たちは、アシュタルテ公爵領の手前、ウィモ平原に降り立った。

 ミアが人間の姿に戻り、金色の目をまぶしそうに細める。


「降りてみると、広大ですね」


{この辺には、ウェアウルフさんが住んでるのです!}


 イリスも、なんだか嬉しそうだ。久々に故郷に戻れるせいかな。

 心核ケルノを取られてからこっち、無理して不安を隠してるんじゃないかと気になっていたんだが…… 少しでも元気を出してくれるなら、まあよかった。

 さて。こっから先は、俺の出番だ ――


「《神生の大渦》」


 俺がチート能力で出してみたのは、がちっとしたデザインのSUVスポーツ用多目的車。前世で父親が憧れていたせいで、試乗に何度も付き添わされたんだよな。

 ぬかるみや雪道も難なくこなせる、アウトドア向けの車だ。

 ミアが目を丸くして、ホワイトパールの輝く車体を眺める。


「リンタローは、不思議なものを出しますね」


{そうなのです! リンタローさまはすごいのです} と、イリスがドヤった。


「まあ、ミア竜神族リンリン3号スライム・ヘリほど速さは出ないけどな…… 制限速度を守ると、シュリーモ村あたりまでで丸1日か」


{シュリーモ村に、帰るのですか!?}


「ここまできたら、当然だろ。イリスのおじいちゃんに心核ケルノが取られたときの対処法も聞いておきたいしな。それから、全然ゆっくりできる予定はないが…… でもついでだからピエデリポゾにも寄って、ウッウたちに会っていくか」


{わあい! ウッウ・ファミリー、元気ですかね?}


「元気だといいな…… ミアは、それでかまわないか?」


「ええ。イリスさんが、いいなら」


{もちろんなのです! 心核ケルノは、大丈夫なのですよ}


 イリスは自信たっぷりに言って助手席に乗り込み、ミアは 「ここでいいんですか?」 と、後部座席におさまった。

 車がよほど珍しいのだろう。ミアは座ったあとも、首をまわして車内をすみずみまで観察している ――


「じゃ、出発するか」


 アクセルを踏むと、車は静かに、だが力強く走りだした。整備されていない草原の上とは思えないほど、安定した乗り心地 ―― 「ほう、なかなか……」 と、ミアが感心したようにうなる。


「たしかに速くはないですが、これはこれで面白いですね。景色を飽きない程度に送りながら鑑賞できるところが、いいです」


{ミアさん! わかるのです!}


 イリスとミアは、座席ごしにがっつりと握手を交わした。

 SUV、魔族と竜神族には気に入ってもらえたようで、なによりだ。

 俺は、再びアクセルを深く踏み込む。


「さて…… こっから、加速する」


{急に、どうしたのです?}


 イリスが首をぷにゅん、とひねった。


「正解は、モニターを見てくれ」


 イリスとミアの視線がデジタルインナーミラーに集まる。ミアが青い眉をかすかに動かした。


「ん? 黒い点々がだんだん、大きく?」


「そう。あんまり、友好的な感じ、しないだろ?」


{というか……}


「どうした、イリス」


{逃げるのです! 逃げるのですよっ、リンタロー様!}


 ぷるぷる、ぷるぷる

 イリスが俺の膝に手を置き、震えた。


{今日は、満月なのです ――!}



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