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第91話 秘伝書は役に立った

「やっと、逃げ切った……」


 草原を時速170kmでつっきり、がらんとした人気ひとけのない街をひとつ抜けたところで、俺は車をとめた。

 ハンドルにつっぷし、呼吸を整える…… 死ぬかと思った。


{リンタローさま、さすがなのです!}


 イリスが、ひんやりした手で俺の首筋をなでてくれる。


{満月のときのウェアウルフに勝てるひとは、なかなかいないのです!}


「いや、それは車のおかげ」


 イリスによると、ウェアウルフは満月のときは、ただのオオカミの化け物になって、ウィモ平原に集まって狩りをしているそうだ。

 だから、ウェアウルフは旅行や遠出も満月は避けるようにし、どうしてもというときは種族独自の強力な鎮静薬を持って行くのだとか。


「ウェアウルフも大変ですね……」 と、ミア。同情でいっぱい、といった感じの口調だ。


「竜神族だってだろ? でかすぎるせいでほかの生き物に迷惑をかけないよう、山や崖に同化して寝てるじゃないか」


「迷惑かけない…… というより、ただのものぐさですね、私たち竜神族の場合」


 言い切っちゃったよ、ミアさん ――

 と、それはさておき。

 問題は、いま、どこか、だな……

 俺はウィビー異世界ア◯フォンに地図を表示してもらい、現在地をたしかめる。

 1日で行こうと思っていた行程、なしくずしにもう半分以上こなせているな ――


「これなら、あと2時間ちょっとでシュリーモ村につくな」


{なら、泊まりはピエデリポゾですね!}


 イリスから、小さなグリッターが立ちのぼった。嬉しそうだな。

 そこからイリスの故郷、シュリーモ村までの道のりは、なにごともなく順調だった。

 村につくと、イリスの祖父 ―― 村長 兼 バ美肉スライムじいちゃんが、歓迎してくれた。

 とくに竜神族のミアは珍しいと有難がられて、すごいもてなしっぷりだった ―― のは、最初のうちだけ。

 俺たちが、スライムが心核ケルノを抜き取られたときの対処法について聞いたところで、おじいちゃんは、いっきに不機嫌になってしまったのだ…… まあ、気持ちはわかりすぎるほど、わかる。

 俺だって、まずはイリスの心核ケルノを取り戻すのが先だから、いろいろ後回しにしているが…… そうでなかったら、おそらく自分の不甲斐なさに落ち込みまくってるところだろうし。

 バ美肉じいちゃんは、イリスにそっくりな顔をしかめ、腕組みをして説教モードに入った。


{リンタロー! まったく、お主としましたことが! なにをボヤっとしてましたのじゃ!} 


「いや…… すまん」


「責任は私にも…… すみません」


 ミアが俺と一緒に頭を下げてくれ、イリスがぷう、とふくれる。


{おじいちゃん! リンタローさまやミアさんのせいじゃ、ないのですよ!}


{◎△$§>∞は、黙っておるのじゃ!}


{ぷうう! そんなこと言うのなら、もう、肩たたきしてあげないのです!}


{ぅああああああ! それはいやじゃあああ}


 スライムでも肩、こるの? ……いや、いまはツッコんでる場合じゃない。

 イリスとそっくりな銀の髪の美女おじいちゃんは、ひとしきり混乱したあと、くぷん、と咳払いをした。


{リンタローよ、心核ケルノを抜かれてしまったのなら、対策はただひとつ}


「え? 対策、あるんだな」


{さよう…… リンタローよ。お主が、錬金術師だからこそ、できることですじゃ}


「まさか」


 いや、いくらなんでも、まさかそこまで。


「まさか俺に、スペアの心核ケルノをつくれ、とか、言わないよな?」


{おお、なんという、察しの良さじゃ! さすが、稀代の錬金術師さまなのじゃ……!}


 嘘だろ。

 心核を作るって…… いや前世でも、iPS心臓とかできてたけどさ! 実用段階まではとても…… ん?

 けど、魔族の心核ケルノの仕組みは、生物の心臓よりよほど単純では、あるな……?

 もしかして ――


「作れるのか、錬金術で……」 


{さようさよう。詳しくは、こちらの秘伝書を、ご覧くだされ}


 バ美肉スライムじいちゃんが、うやうやしく太い巻き物を差し出す ―― タイトルは『シュリーモ村・秘伝の書』 だ。

 これが、例のアレなのか……


「そういえば…… 話がそれまくってすまんが 『恩返し』 の項目、きちっと書き加えてくれたか?」


{もちろんですじゃ! リンタローからのリクエストどおりですじゃ!}


 バ美肉スライムじいちゃんが巻物をほどいて、追加箇所を見せてくれる。


『人間男性にもさまざまな好みがあるので、ゼリー体か人間女性体か、リクエストを聞いてから恩返しすること。その他の肉体が好みの場合は、変化の術を心得た者に協力を頼むと良い』


 …… まあ、いいか。

 本題に戻ろう。


『スペア心核の製造と同期について』


 ―― これだな。

 ざっくり読んでみると、スペア心核の錬成は、以前にイリスの心核を修復したときとほぼ同じ錬成陣でいけるらしい。

 必要なのは、錬金術師の腕前といくつかの材料、それからタイミング ――

 スペア心核は本スライムほんにんの体内に入ることにより、本物の心核と同期でき、稼働が可能になる。ただし、本物の心核が損傷を受けたあとでは同期できず、稼働しない。

 そのため、スペアは必ず、本物が無事なうちに作っておかねばならないのだ ―― って。


「いや、ものすごく合理的な気もするのに、なぜか湧いてくる理不尽感!」


{スライムが、人間の冒険者たちのレベルアップのために、ひたすら潰されまくっていた時代に編み出された技ですじゃ…… あのころは、本物を小堂などに保管し、スペアだけで生活しておったのですじゃ…… ワシらが少女の姿を獲得するまでは、それはそれは……}


「しみじみ昔語りされると、人間としては、ひたすら面目ないんだが」


 俺は、秘伝の書をさらに詳しく読み込んでみる ―― どうやら、スペアを作ったとしても、本物の心核が不要になるわけではないみたいだな。

 スペアは本物の心核ほど長くはもたない。あくまで、代替品なんだ……


「けど、錬成する価値はじゅうぶんに、あるな」


{スペア心核があったら、またリンタローさまに、恩返しできるんですね!}


「イリス…… まあ、そうだな」


{ぷっあああ! やったのです!}


 俺としては、イリスが無事に生きてるだけでいい。どっちかといえば、恩返しよりも心核ケルノを取り戻すことを最優先してほしいんだが…… 恩返しを否定して泣かれても、困るしな。


「さて、じゃあさっそく、始めるか ―― 材料は、スライムボディー(本スラより採取)、スライム触媒(本スラより採取)、それに世界樹のしずくと…… 古代竜核アンドゥラケルノのかけら? たしか、それって」


{それなら、村の秘宝ですのじゃ! すぐにとってきますのじゃ!}


 ぷぴゅんっ

 バ美肉おじいちゃんが、すごい勢いでとびだしていった…… と、思ったら。

 ぷっぴゅんっ

 また、戻ってきた。


{たっ、たたたっ、たいへんですじゃ! いつのまにか、古代竜核アンドゥラケルノが、盗まれておりましたのじゃあああ!}


「{「えええっ!?!?!?」}」


 俺とイリス、ミアの声がかぶる。


{どうしたらいいのですじゃ…… このままでは、◎△$§>∞の心核が {そのまえに、村の秘宝なのですよ、おじいちゃん! どうするのですか!?}


古代竜核アンドゥラケルノ…… 大変なものを、盗まれてしまいましたね」


 バ美肉スライムじいちゃんとイリスが取り乱し、ミアが青ざめる。

 なぜ竜神族のミアまでが、うろたえるんだろう? スライムの秘宝なのに。


「貴重そうなのは、わかるが…… なんなんだ?」


古代竜核アンドゥラケルノは、地底に眠っている巨大な龍の心核なのですじゃ!}


「巨大? 龍化したミアと、どっちが?」


「私なんて、比べ物になりませんよ」 とミア。


 まだ、ピンとこないな。

 ミアは龍化すると全長5km。それよりはるかに大きな龍なんて、実在するのか……?


「リエンタ山脈が実はその龍の、背骨の一部だと言ったら…… わかりますか?」


「ふぁっ!?」


 しまった。変な声でた。

 そんな俺に、ミアはおごそかに告げる。


「この大陸は、龍核 ―― 心核ケルノを砕かれて眠っている、巨大龍が土台になってできているのです」


{その、いちばん大きなカタマリのひとつが、シュリーモ村の古代竜核アンドゥラケルノですじゃ!} と、バ美肉おじいちゃん。


「いや前に、俺にちょっと、くれたよね!?」


{砕くぶんには、問題ないのですじゃ}


「砕いても、龍は眠ったままですからね……」


 問題は集めたときだと、ミアは言った。


「言い伝えによると、龍核が3分の1以上集まると、巨大龍は目覚め、動き出すそうです」


「へえ……」


 なるほどな……

 つまり、もしシュリーモ村の古代竜核アンドゥラケルノが誰かに悪用されれば、この大陸が滅ぶわけか。

 ミアが青ざめるのもわかるな…… と、ここで。


 ぷぴゅっ

 イリスが小さくはねた。


{けど、普通に考えて、そんなことするひと、いないと思うのです!}


「わざわざ巨大龍を叩き起こそうとするやつ、か?」


{ですです!}


「たしかに」 {そうですじゃ} 「誰得、って話だな」


 ミアとバ美肉スライムじいちゃんと俺は、顔を見合せてうなずいた。

 そうだ。

 巨大龍を叩き起こして大陸を滅ぼす…… いや、どんな悪人でも、どれだけ征服欲に支配されていてもないよな。

 せいぜい、脅迫に使う程度だ。

 なぜって、大陸ひとつ、ガチで滅ぼしちゃったら、取るものも取れないし支配すらできなくなるんだから……

 おそらくシュリーモ村の古代竜核アンドゥラケルノは、事情を知らないコソ泥が、貴重な秘宝として盗んでいっただけだろう。


「まあ、そっちはあとで、取り戻すとして」


 俺は、手首から 《不屈の腕輪》 をはずした。

 以前、イリスのおじいちゃんからもらった古代竜核アンドゥラケルノで作った、MP自動回復アイテム ―― ずいぶん世話になったものだが、こういう形で返せるなら、むしろ有難い。


「スペア心核の材料には、この腕輪を使おう…… じゃ、始めるか ―― 《九重錬成》」


 磨かれた天然石の床一面に、複雑な形の錬成陣が広がった。

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