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第92話 趣味のなにかが始まった

 ―― バフォメット解析と統合アシュタルテマルドゥークバアルレプトルキア、そしてロフォカレル

 全ての要素を錬金術の理論を駆使して配置した、15重の錬成陣が、9つ。 

 磨かれた天然石の床が、錬成陣から放たれる光で、さざなみのようにきらめく。

 俺は、それぞれの錬成陣に材料を置いた。


「《スペア心核》 錬成、開始 ―― 《超速》1000倍」


 かすかな音とともに、各錬成陣から放たれていた光が球体となって材料を包む。

 同時に、俺の全身から熱が失われ、重だるくなっていく感覚 ―― こんなに魔力を使ったのは、久しぶりだな。

 やっぱり、心核ケルノの九重錬成はキツかったか……

 イリスが心配そうに俺の顔をのぞきこむ。 


{リンタローさま! 大丈夫なのですか?} 


「うん、問題ない」


 《不屈の腕輪》 は心核ケルノの素材にするため外してしまったが、俺の体内にはまだ、エルフの姉姫ルンルモ姫からもらった 《世界樹の琥珀》 がある。

おかげで魔力は倍増 ―― 9つの心核の同時錬成も、なんとかできそうだ。


「へえ…… 人間にしては、けっこうな魔力量ですね」 と、ミアが目を丸くする。


{成長したのじゃな、リンタロー!}


 バ美肉スライムじいちゃんが、俺の背中をぷにゅっと叩いた。



{けど、9コも作ると、リンタローさまが、たいへんなのです……!}


「大丈夫だって、イリス」


 スペア心核を九重錬成で作ろうと思ったのは、まあ単純に、成功数を増やすため。

 初めてのものを錬成する場合は、失敗の確率が高くなるからな。

 まあ、多く作れば1コくらいは成功するだろう。


 俺たちの目の前で、9つの錬成陣はくるくると色を変えながら光を放っている。

 やがて、光はしだいに弱まり、錬成陣の中央に浮遊する球体の影が見えるようになってきた ――


「スペア心核、錬成完了」


 ピロン、と通知音が鳴り、AIが 【スキルレベル、アップ! ……】 と告げてくれるのを適当に聞き流し、俺はできあがった心核ケルノを確認した。

 かすかに脈打つ、水晶のような透き通った完全球体 ―― これが、イリスの心核になるのか……

 いや、スペアとはいえ、ほんとうに、なれるのか……?

 いまさらながら、不安がじんわり、心臓をしめつけてくるような感覚だ。

 成功してほしいが…… それは、実際に、使ってみるまでわからない。

 俺は、ひとつをそっと手にとり、イリスに渡した。


「これ、どうやって設置するんだ?」


{おまかせください、なのです!}


 イリスが球体を両手に持ち、自分の胸に押しこんでいく。

 球体が完全に見えなくなると、イリスは {ぷう!} と息をついた。

 イリスの胸の真ん中が、淡く輝きはじめる。


{心核の同期を開始します ―― 同期率、10%…… 20%……}


 スペア心核が、ヤパーニョ皇国のどこかにある本物の心核と同期しはじめたようだ。


{成功してほしいのじゃ……!}


「ほんとうに」


 バ美肉スライムじいちゃんが胸の前で手を組みあわせ、ミアが真剣な眼差しをする。

  俺とミア、バ美肉スライムじいちゃんが見守るなか、スペア心核の同期は少しずつ進んでいく ――


{同期率、78%…… 79%…… 80%……}


 それにしても、遅い。

 イライラしても、仕方ないんだが……


「おい、誰もわれを出迎えぬのか!?」 と、これまたイライラした声が、なぜかこのタイミングでいきなり、屋敷の正面玄関のほうから聞こえてきても、いるが……

 この状況で前ぶれもなく、来るほうが悪い。


「―― 誰か? 村長、でかけているのか?」


「すみません、取り込み中です!」


 ミアが常識竜神らしく玄関のほうに叫び返すと、イライラした声は、ふっと止まった。


{同期率 80%…… ……81%……}


「…… ならば、勝手に入るぞ!」


{どうぞ、ですのじゃ!}


 叫び返すバ美肉スライムじいちゃんの目は、ずっとイリスに注がれている。

 あれだけ公爵サマ万歳なスライムじいちゃんでも、この状況ではやはり孫のほうが気にかかるみたいだな。


{同期率 81%……  82%…… }


 心核の同期スピードは、進むに従ってどんどん遅くなっていく。

 そのうち、失敗した、とか言い出さないだろうな?

『通信環境の良いところで再度おためしください』 とか言われたら、待っていたぶん、心が折られそうだ ――

 まったく、ハラハラさせられる。


「……ほう? 心核を作ったのか? やるではないか、リンタローよ」


 俺たちの背後から、尊大だがどこかつやのある声がした。

 さっき、玄関でイライラしていたと思ったら…… もう、この広間まできたのか。


「どうも、アシュタルテ公爵」


「初めまして、竜神族のミアです」


{アシュタルテ公爵さま……! 本来ならお出迎えしてグリッターを最大放出し、拝謁の光栄を賜ったこと、喜ぶべきなのですがじゃ……!}


「よい。取り込み中なのだろう?」


 振り返りもしない俺たちをとがめることもなく、黒髪赤瞳猫耳の美女は、ずいっと前に出てイリスを観察する。


「ふっ…… 本物の心核と距離が離れすぎているうえ、リエンタ山脈が邪魔をしているのだな…… どれ」


 アシュタルテ公爵は手のひらをイリスに向けた。

 それだけで。

 魔力と呼ぶには攻撃力のない、魔素マナそのもの…… その細かな粒子が、イリスに降り注ぐ。

 イリスから発せられた光が、少しず弱くなる ―― それに従い、同期がどんどん進んでいく。


{同期率 85%…… 92%…… 98%…… 100% 同期に、成功しました。本心核との接続を切り、独自に稼働させます……}


 イリスを覆っていた輝きが消えた。

 ぷぴゅんっ


{リンタローさまっ!}


 イリスがすごい勢いで、俺にとびついてくる……


{ありがとうなのです! おじいちゃんも、ミアさんも、ありがとうなのです!}


{よかったのじゃ、◎△$§>∞! がんばったのじゃ……}


「ですがお礼は、本物の心核を取り戻してからでいいですよ、イリスさん」


 ミアの言うとおりだ…… スペア心核を稼働できたのはひとまず良かったが、本物を取り戻さない限り、安心はできない。


{けど、これでまた、変身できるのです! リンタローさまに恩返しできるのです! 嬉しいのです!}


「いや、イリスがここにいるだけで、じゅうぶんな恩返しなんだがな?」


 こほん、とアシュタルテ公爵が咳払いした。


{あっ、アシュタルテ公爵さまも、ありがとうなのです! わざわざ出向いてくださって、感謝なのです!}


「ふっ…… まあ、よいわ」


 ―― アシュタルテ公爵には、デジマで暇してたあいだにウィビー異世界ア◯フォンで連絡してたんだよな。

 そのとき、イリスの心核が取られたことも報告したから…… きっと、あれ以来、俺たちの動向を気にかけてくれていたんだろう。


「その様子では、まだ心核を取り戻してはいないのだな、そなたたち」


「そうだ。ちょっと、予定が狂ってな」


 デジマ奉行にォロティア義勇軍の動向を探ってもらっていたはずが、いつのまにか俺たちが夢見薬ドゥオピオの密輸に関わっていたことにされてしまい、逮捕されかけた ――

 俺とイリスとミアが交互にデジマでのできごとを話すのを、アシュタルテ公爵は長い髪をかきあげながら聞いていたが、最後にひとこと。


「ふっ…… はめられたのだな」


「いや、ミアをやたらと崇めてくるから、つい……」


{けど、あれは嘘っぽくは、なかったのです!}


「そうです。あれは嘘では、ありませんでした」


 イリスの主張に、ミアもうなずく。

 バ美肉スライムじいちゃんが、ぷにゅんと首をかしげた。


{なら、◎△$§>∞たちがデジマに滞在中に、急に役人どもの態度がかわった、ということじゃのう?}


「ふっ、ならば答えは簡単だ。そなたらがデジマ滞在中に、ォロティア義勇軍が、のっとったのであろうよ」


{デジマ奉行を、です?}


「いや、違うね」


 イリスの問いをアシュタルテ公爵は、あっさりと否定した。

 ということは、まさか ―― 

 嫌な予感が俺の脳裏をよぎる…… いや、まさかな。

 いくらォロティア義勇軍とはいえ、そう簡単に一国を制圧など、できないだろう。

 おそらくは巧みに賄賂わいろと脅迫を使って、ヤパーニョ皇国の上層部を操っているとか、そんなところだろうな。


「で、アシュタルテ公爵は、誰か心当たりがあるのか? その、ォロティア義勇軍と癒着しているやつに……」


「ああ、無論だ」


 しかしアシュタルテ公爵が言いだしたことは、俺の予想をはるかに超えていた。


ナイトメア密偵の報告によるとな、ここ最近、イエツネ将軍がんだそうだよ」


「は? 将軍? 善政?」


「さよう。これまでは、前代未聞のアホ将軍と有名であったのにな」


「まさか、将軍をォロティア義勇軍が操っているのか……?」


「可能性は高いだろう」


{{そんな……}}


 イリスとバ美肉スライムじいちゃんがつぶやき、ミアが険しい顔をする。


「なんてこった……」


 俺は思わず、声をあげていた。


 ―― ヤパーニョ皇国は、鎖国結界で覆われている。外部からの出入りはデジマに限定されているものの、鎖国結界のなかは、自給自足がじゅうぶんにできているはず。

 ―― いっぽう、デジマは世界中の国とつながる貿易港だ。


 それらの意味するところは ――


「もしォロティア義勇軍がヤパーニョのショーグンを操れば…… 各国の規制の目をくぐって、奴隷連れ込みにの生産まで、しほうだいじゃないか」


「ま、そういうことだな」


「つまり、ォロティア義勇軍はヤパーニョ皇国に逃げたのではなく、最初からヤパーニョ皇国を狙っていたのか……?」


「確証を得たいなら、いてみるのが、早かろう」


 アシュタルテ公爵が手を振る ―― イタ

 俺の腕は、あり得ない方向にねじられていた……アシュタルテ公爵に無理やり、アイテムボックスを開けさせられていたのだ。


「いや、普通に頼めばいいだろ、公爵!」


{そうですよ、アシュタルテさま!}


「 い や だ ね 」


 俺とイリスの抗議を無視し、アシュタルテ公爵は再び手を振った。

 アイテムボックスから次々とスノードームが引き出され、広間の床に並ぶ。

 ギルとジャン、それに死霊術士ネクロマンサー。その他、俺が客船で捕らえたォロティア義勇軍の離反者たちだ。


「さあて。始めようか」


 黒髪赤目猫耳の美女は、舌なめずりをするような口調で、艶然えんぜんと微笑んだ ――

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