「ああ、その辺のザコっぽいのは、どうでもよかろう。城に送っておいてやる」
アシュタルテ公爵のことばとともに、いくつかのスノードームが消えた。
消えたのは、あの豪華客船乗っ取りを企ていた連中 ―― もともと、アシュタルテ公爵に押し付けるつもりではあったんだが…… なんとも強引だな。
残ったのは、奴隷狩2人組のギルとジャン、
―― こうしてみると、ジャンがいちばん細いんだな。次に小柄なのは
アシュタルテ公爵は、この4人を、拷問する気なのか……?
「ふむ……」
アシュタルテ公爵の宝石のような瞳が、ざっと4人に注がれる。
と同時に空気が、異質なものに変わる感覚。
ジャンたち4人と、それ以外 ―― つまりは俺、イリス、ミア、美肉スライムじいちゃんの4人 ―― との間に、結界が張られたようだ。
「アシュタルテ公爵? いったいなにを……」
俺が問いかけたとき。
ジャンたち4人をそれぞれに覆っていたスノードームが、砕けて消えた。
「4人全員から同じような事情を聞くのも、ダルい…… したがって」
アシュタルテ公爵は長い黒髪をかきあげながら、のたまった。
「そなたら、これから殺しあうが良かろう…… 生き残ったひとりを、死なぬ程度に拷問してやるのでな」
「いや、そんなデスゲームに乗るやつ、いるか?」
俺のツッコミは、アシュタルテ公爵に華麗に黙殺される。
かわりに、イリスがぷにっとうなずいてくれた。
{協力しあったほうが、いいのです!}
{そうじゃな! さすがワシの孫じゃ!} と、バ美肉スライムじいちゃんも、ぷるぷる揺れる。
「そのとおりですが、彼らは、そうでもないみたいですよ?」
ミアの言うとおりだった ――
「ぃよっしゃっ!」
真っ先に動いたのは、血祭り野郎だった。
やつは、いつのまにか
次の瞬間 ―― 血祭り野郎のふるう刃が白くきらめいた……
鮮血が、ほとばしる。
「……ッ な……ッ」
真っ赤な血を吹きながら、血祭り野郎の隣にいた男が倒れていく……
―― だが、こいつら、仲間じゃなかったのか?
俺の疑問に答えるように、血祭り野郎は飄々とした口調で 「悪いね」 と、わらった。
「おたくが生き残ると、やっかいなんだよ」
言い終わるなり血祭り野郎は、
―― そうか。血祭り野郎は、敵味方関係なく、全員を殺すつもりなんだ……
―― 信じられない、というように目を見開いたまま。
あまりに残酷な光景。
ミアがいたましげに顔を伏せ、イリスの口からは小さく悲鳴があがる。俺は、イリスに俺のほうを向かせて抱きしめた。
「イリス、見なくていいから」
{こらっ、リンタロー! それは、祖父のワシの役目ですのじゃ!}
バ美肉スライムじいちゃんは、流血シーンも余裕そうだな。年季の差、ってところか。
{だ、大丈夫なのです……}
イリスはぷるぷると震えている…… ここまでの修羅場は、イリスも初めてなんだ。
さて、どうするか……
ミアとバ美肉スライムじいちゃんは、静観するみたいだな。
―― 竜神族にとっては、人間どうしの争いなど本質的に無関係。むしろ、基本的に手を出すべきでない、とでも思ってそうだ。
―― スライムじいちゃんはアシュタルテ公爵サマ万歳だから、その意に逆らうつもりなど全然ないだろう。当のアシュタルテ公爵は、楽しそうにデスゲームを見守っているしな。
俺は ――
どうすべきか、ちょっと決めかねていた。
―― この血祭り野郎、死ねばいいのに…… とさえ、思うものの。
そこで実際に血祭り野郎を殺すのに俺が加担したり、割って入ってギルとジャンを助けたりするのは、どうも違う気がする ――
俺が迷う間にも、次の戦闘は始まっていた。
血祭り野郎の次のターゲットは…… ギルか?
どうやらギルが、図体だけはでかいがあまり強くないことに、気づいたみたいだな。
巨体には似合わぬ軽やかさでステップを踏み、血祭り野郎は、ほんの数歩でギルに肉薄する……!
「うわぁぁぁっ……!」
立ちすくむギル ―― このままじゃ、まずい。
俺のチート能力で、なにか防御を……!
そのとき。
ギィィィンッ
金属のぶつかりあう音が、あたりに響いた。
血祭り野郎の
ジャンはギルをかばうように立ち、血祭り野郎を睨みつけている。
「美しい兄弟愛だなあ」
血祭り野郎は
「ひええええええっ」
ガァァァァンッ
ギルが悲鳴をあげて逃げ、同時に、鋼が強くぶつかる音。
ジャンがまたしても、ギルを襲う刃を
「ちぃッ……!」
血祭り男から舌打ちが漏れた。
―― それでも、やつの目的はあくまで、ギルだな。
なぜなら、ギルを狙う限り、ジャンは防戦に徹せざるを得ないから……
そうしてまずジャンの体力を奪うことに、血祭り野郎はした決めたのだろう ―― だが。
そうはさせない、とでも言うように、ジャンは、ギルを襲う刃を、ことごとく
ギルはといえば、闘うどころじゃないようだ。
ジャンのうしろで、泣きべそかいて逃げまどうのが精一杯だな。
血祭り野郎が、速すぎるのだ。
このままでは ――
ギルの首もジャンの首も、やがては
―― だが、そうはさせない。
決意は、固まった。
俺は血祭り野郎のようなふざけたやつは大嫌いだし、ジャンやギルの味方でもないが、アシュタルテ公爵の部下でもない。
デスゲームだなんていうバカバカしいものに乗る義理は、俺には一切ないのだ ――
俺はイリスに、ささやいた。
「イリス、この戦闘、止めるぞ」
{もちろんなのです!}
ぷぴゅん
イリスが小さくジャンプした。
―― まずは俺の足元に錬成陣を展開。
次に、アシュタルテ公爵が張った結界を 《分解》。
「リンタロー、なにをするのだ!?」
アシュタルテ公爵が抗議の声をあげるが、知ったこっちゃない。
俺は両手に刀を持ち、場に踏みいる。
剣戟の音が止まった。
血祭り野郎が後ろに跳び、俺のほうに向きを変える。
「お? おたくも斬っていいのか?」
尋ねられたときにはもう、
{させないのです!}
ぷっぴゅん!
イリス 《スライムの姿》 が血祭り野郎の顔面に貼りついた。
「んんんんんんんぐっ!?」
{ぷっはーん! 引きはがそうとしたって、無駄無駄ぁ! なのです!}
「ぐっ、ぐぅぅぅ……ぅぅ……」
血祭り野郎の大きな身体が膝から崩れ落ち、
すかさずジャンがエクスカリバーをかまえなおし、血祭り野郎の間合いに踏み込もうとする……
だが、その前に。
俺が、血祭り野郎とジャンの間に入る!
ざすっ……
まずは、血祭り野郎の手から滑り落ちていく
…… ん?
手応えが、まったくない。
失敗したか? ―― いや。
使い込まれた柄と、血のりのついた刃先がそれぞれに軽い音をたて、磨かれた天然石の床に転がる。
「すごいな、CNT玉鋼……」
だが、ゆっくり感心してる場合じゃない。
「邪魔なんだよ、どけ!」
叫びながら迫ってくるジャンのエクスカリバーに、返す刀をぶつける!
キィィィィンッ……
耳をつんざく悲鳴のような音が響き、小さな
なら、このまま力ずくで押してみるか…… うわっ、やな音……
たとえるなら、歯医者で虫歯の治療してもらってるときの、あのなんとも形容しがたい音の強化版だ。
俺とジャンが力を加え、刃がこすれるたび…… 耳の奥に差し込んでくるようなその音とともに、火花が散る。
「くぅぅぅっ……」
ジャンも、即座に耳を塞ぎたい、って顔をしてるな。俺もだ。
だが、俺の目的は、全員をなるべく被害少なく戦闘不能にすること。
いま、刀を手放すわけには、いかない……!
―― と、ここで。
{ぷふぅぅっ…… やっと、血祭りさん、気絶したのです!}
ぷっぴゅん!
イリス、少女の姿に戻ったようだな……
危ないからあまり近寄るな、と言いたいが、極限まで力を出しているため、口が動かせない。
「くぅぅぅぅっ」 「うううううっ」
ジャンと俺は、うめきながら互いをにらむ……
やはり、こういう闘いになるとジャンが有利なんだろうか。
負けるわけにはいかないが、そろそろ腕が、いうことをきかなくなっている。
次の手段を、なにか……
{あ、エクスカリバーさん?}
ふいにイリスが、ジャンのエクスカリバーに向かって話しかけた。
{知ってるですか? いまエクスカリバーさんが闘ってる刀、
ぱきっ……
エクスカリバーに、ひびが入った。
「おおおっと!」
急に力のかげんが変わり、バランスを崩す俺。前のめりになった勢いで、CNT玉鋼の刀はエクスカリバーのひびをさらに拡大させる。
ちょっと前に多層CNTヤーンの
「エクスカリバー!」
ジャンの必死の呼びかけに、申し訳なさそうに弱々しい光を放ちながらも、粉々に砕けてしまったのだった。