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第94話 熱い息で迫られた

「リンタロー、やりましたね」 と、ミアが安心したように息を吐いた。


{さすが、リンタローですのじゃ!}


 イリスのおじいちゃんも、イリスにそっくりの顔を輝かせて叫ぶ。


{ワシが見込んだだけ、ありますのじゃ!} 


 ぷっぴゅん!

 イリスが俺にとびついてきた。


{やったのです! リンタローさま!}


「イリスのおかげだな。ありがとう」


{えへへへ…… 久しぶりに恩返しできて、嬉しいのです}


「ふん。せっかくの楽しみを、台無しにしおって……」


 デスゲームを阻止されたアシュタルテ公爵は思い切り不機嫌そうだが、俺に向けられるイリスの笑顔はまぶしい。

 スペア心核を作って、ほんとうによかったな ――


 ピロン!

 AIの通知音が、俺の耳に響く。


【冒険者レベル、アップ! リンタローのレベルが25になりました。HPが+12、力が+6、防御が+6、素早さが+6されました。体力が全回復しました! レベル25到達特典として 《ヒツジさんの着ぐるみ》 が付与されます】


「ヒツジさんの着ぐるみ? なんだ?」


 これまでのレベル到達特典は、すぐに役立ちそうなアイテムばかりだったのに。

 首をかしげる俺に、アシュタルテ公爵がいまいましそうな顔を向けた。

 魔力でギルとジャンを拘束し、ついでにつまさきで蹴りあげながら、わざわざ説明してくれる。


「《ヒツジさんの着ぐるみ》 は、あらゆる酔いを防止するアイテムだ」


「いや、ものすごく微妙だな、それ」


「わかっておらぬな、リンタロー」


 アシュタルテ公爵、思い切り見下し目線を決めてるな……


「《ヒツジさんの着ぐるみ》 を得たということは、そなた、人間のくせに転移が可能になったということなのだぞ?」


「へ? 転移?」


「そうだ…… まず転移とは、ここの空間に存在する個体の情報を魔素マナ変換して別の空間に送ることなのだが…… こんなふうにな」


 アシュタルテ公爵が、倒れたままの血祭り野郎に指先を向けた。

 アシュタルテ公爵の魔力が血祭り野郎を包む……

 一瞬後。

 血祭り野郎の巨体は、ゆらぎながら消えていった。


「いまのは、血祭り野郎を転移させたのか?」


「城の地下牢へな…… 夢魔ナイトメアたちが、さっそく拷問を始めるだろう」


 夢魔ナイトメアの拷問、ときいたギルとジャンが、青ざめて震えあがる…… 以前にアシュタルテ公爵に捕まったとき、よっぽど、ひどい目に遭ったんだろうな。

 それはさておき。

 アシュタルテ公爵の説明によると ――


 転移とはいわば、存在の情報転送。個体の情報を魔素マナに変換し、特殊な異空間の経路を通して別の空間に、高速で送るのだ。そして、送った先で再び、魔素マナの情報を同じ個体として構成しなおす ――

 魔族やエルフの身体は、もともと魔素マナが凝縮されたものなので、魔力さえあれば転移できる。

 しかし、人間の場合はまず、魔力でスキャンした肉体の情報を魔素マナ変換することが必要になってくる。

 また、魔素マナ変換した情報を転送先で再び肉体として再構築しなければならない ――


「なるほどな。人間は、肉体のスキャンと再構築、及び異空間の送信経路を開くために転移陣が必要、ってわけか……」


「まあ、我なら、転移陣などなくとも、人間を簡単に転移させられるが」


 アシュタルテ公爵は、あでやかにほほえんだ。


「その際、存在情報の抽出・転送・再構成の過程において多少のエラーが起きても、気にはせぬからな」


「いま、さらっとめちゃくちゃ怖いこと言った!」


「まあ…… つまり、人間を転移させる場合は、そうしたエラーで肉体や記憶の欠損が起こるやもしれぬのだよ。ひっくるめて 『転移酔い』 と呼ばれておる」


「ひっくるめるなよ! 明らかに次元が違うだろ!」


「ふっ…… 我の知ったことでは、ない」


 俺はアイテムボックスから 《ヒツジさんの着ぐるみ》 を出して眺めた。

 もこもこ、かわいい。

 つまりは、このヒツジさんを着ることで 『転移酔い』 ―― 転移に際しての各種のエラーを防げる、ってことだな。

 まあ、実際に着るとなると羞恥プレイだが……


「そもそも人間には、転移とか、無理だしな。着る機会ないってことで、いっか」


 《ヒツジさんの着ぐるみ》 はとりあえず、アイテムボックスに永久保存…… 「まて」

 アシュタルテ公爵の手が、着ぐるみをしまおうとする俺の腕を押さえた。


「《ヒツジさんの着ぐるみ》 が付与されるならば、そなた、転移術を獲得する資格があるのだろう」


{リンタローさま、すごいのです!}


 ぷぴゅんっ

 イリスが喜んで、とびはねる ―― だが。


「まさか。人間の俺に、それほどの魔力量があるわけ、ないだろ」


{わからないのですよ? リンタローさまは、すごいのですから!}


「うーん…… じゃ、念のためにステータス確認してみるか……」


 俺は人差し指を空中に向け、ページを繰る仕草をした。


『ステータス・オープン』


 おっ…… スキルレベルが表示されたな。 


〖スキルレベル:lv.48 MP4123(×2) 技術3477(+500)

 ☆称号☆ 武具錬金術師 大錬金術師 建築術士 生命錬金術師 超絶技巧士(技術+500)

 《神生の大渦》28回 new!

 《超速の時計》超速1日5回 new! 時間経過2日に1回 時間停止1日1回、4分30秒 new!

 《一般スキル》アイテムボックスlv.8 new! 鑑定スキルlv.5 採取スキルlv.5 鍛冶スキルlv.5 new! 錬成陣スキップlv.5(ポーション、装飾品、機械部品、武具、建物)

 《特殊スキル》分解、縮小化、統合、高範囲採取、拡大鏡、九重錬成、定点錬成new!〗


 ―― これまで全然、気にしてなかったが。

 いつのまにか、MPも技術も、すごいことになってるな。

 MPの (×2) は、エルフの姉姫ルンルモ姫からもらった 《世界樹の琥珀》 の効果だろう。

 もとのMPが4123で、使えるMPが2倍の8246か…… 前世のゲームでは、魔法系の上位職種でもMPが5000程度までしか伸びなかったことを考えると、破格だ。


「ふっ…… これなら、じゅうぶんに転移できような」


{リンタローさま、この魔力量、おじいちゃんよりもすごいのですよ}


 俺の両脇から、アシュタルテ公爵とイリスがステータス画面をのぞきこんで目を丸くする ―― って。

 このステータス画面、俺にしか見えなかったはずじゃ?

 きいてみると、アシュタルテ公爵は上位魔族のスキルとしてステータス画面が見れるそうだ。

 そしてイリスは {わからないですけど、なんでか、みえるのです!} とのこと…… もしかして、これも俺が作ったスペア心核を入れた効果だったりするのかもな。


「細かいことはともかくとして、リンタローよ」


 アシュタルテ公爵が俺にたずねた。


「《転移陣》 を習得する気はあるか?」


「そうだな……」


 ―― 転移技術は、ォロティア義勇軍のボスやカゲ太郎も使っていた。

 俺も習得できるならしておいたほうが、これからの戦いに当然、役立つだろう。 

 だが、俺たちに同行してくれているミアは、竜神族に失礼こいたォロティア義勇軍を、一刻も早く叩きのめしたいと考えているはずだ。

 あまりに時間がかかると、ミアにわるいな ――


「アシュタルテ公爵。《転移陣》 の習得には、どの程度かかる?」


「子どものころの我で、7日ほどであったな。言っておくが、はやいほうなのだぞ?」


「7日か……」


 俺が考えこんでいると、ミアが一歩、前に出た。


「リンタロー。私に遠慮はいりませんよ」


「だが……」


「リンタローが 《転移陣》 を習得するあいだに、私はドゥートへでも行ってきますから。ミリンのようすを、見てきたいのでね」


「なるほど…… そういうことなら、いいのか?」


「ええ。ォロティア義勇軍への報復も重要ですが、ミリンがドゥートの女帝に丸め込まれてウッカリと魔石採掘墓場荒らしの取引きしてしまう前に、止めるのも大切なので」


「ああ…… いや、失礼だが、ありそうだ」


「でしょう?」


 くすっとミアが笑った。


「―― では、またのちほど」


 ミアは俺たちに背を向け、広間の出口へと歩いていく。イリスとバ美肉スライムじいちゃんが、その背中に声をかけた。


{ミアさん! また、あとで一緒に、義勇軍をぶっとばすのですよ!}


{また、シューリモ村によってくだされですじゃ……!}


 見送る俺たちに、無言で手をあげて応じ、あっさり去っていくのが…… ミアらしいな。

 ミアの姿が見えなくなると、アシュタルテ公爵は指先をすっと床に向けた。

 そこには、縛られて転がされていた、ギルとジャン ―― ふたりは、これからの運命を察知しているのだろう。

 必死に、アシュタルテ公爵に訴える。


「やめろ……っ」 「おねがいだぞ!」


「聞こえぬな」


 アシュタルテ公爵は、かすかに指を動かす ―― それだけで。

 ギルとジャンの姿は、煙のように薄れ、徐々にみえなくなっていった。


「今回はアシュタルテ公爵がみずから、ふたりを拷問するんじゃなかったのか?」


「ふっ…… 考えを改めただけだよ。あれらの拷問など、夢魔ナイトメアで、じゅうぶんだろう?」


「ああ、まあ……」


 ギルもジャンも、気の毒にな……


「ではさっそく、《転移陣》 習得の修行だ!」


 アシュタルテ公爵はたからかに、のたまった。


「修行の場はピエデリホゾの錬金術工房がよかろう。錬成陣と転移陣、どちらも魔素マナの再構成に関わるものであるゆえな」


「なるほど、たしかに……」


{リンタローさまなら、すぐに習得できるのですよ!} と、イリス。


われが直接、指導してやろうぞ、リンタロー」


「それは有難いが、公爵の仕事は?」


「ふっ…… 人間の君主と違い、我は存在しているだけで仕事になっているのだよ……!」


 なんという自信。俺も前世にこれだけの自信があれば、鬱で引きニート化しなかったろうに…… うらやましいな。


「さて、では……っ はぁっ……」


 アシュタルテ公爵は指先を、こんどは俺とイリスに向けた。つややかな唇から漏れてる息が、なんでだか熱い……?


「はぁっ…… もう限界だ……」


「なにが!?」


「転移を学ぶにはまず、経験から…… そなたをピエデリポゾまで送ってやるのでな、はぁっ…… はっ…… はやく、そのラブリーな 《ヒツジさんの着ぐるみ》 を身につけるのだ、リンタロー!」


「…………っ」


 ―― いやだよ!

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