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第95話 チートスキルを手に入れていた

「うぅっぷ…… なんか一瞬、工場でウィンナーにされる夢を見ていた気がする……」


{ウィンナーってなんですか、リンタローさま?}


「あっ、イリスは食べたこと、ないか。この世界でいうところの 『腸詰ちょうづめ』 だ」


 俺は床に寝転がったまま、丸天井を見上げた。

 明かりとりの窓から入る光で、ルキアと六大魔族の紋章からなる基本の錬成陣が、にぶく輝いている ―― ピエデリホゾ村の、俺たちの家の錬成部屋…… 本当に、帰ってきたんだな。 


腸詰ちょうづめ、ですか?}


 もこもこヒツジさんの着ぐるみをきたイリスが、ぷみゅっと首をかしげた…… いや、かわいいな?


腸詰ちょうづめは、肉をこまかく粉砕してハーブなんかを混ぜて練り、動物の腸みたいなもののなかに詰めこんで細長く整形した食品なんだが…… うぅえぉ…… と、ごめん」


 説明していると、さっきアシュタルテ公爵に転移術を使われたときの感覚がよみがえる……

 ものすごく空気が重たくなったと思ったら、視界がうずまく光でいっぱいになって、そのなかで無限にかき混ぜられたような。

 そのとき俺の意識はかけめぐる走馬灯のようなもののなかにあった…… が、速すぎ、かつ情報量が多すぎて、具体的なビジョンは、なにひとつ得られなかった。

 そして、高速である方向にひっぱられ、型に押し込められるようにして、俺の形になったのだ。

 ―― うん、どう考えても。


 転移 = ウィンナー製造機体験(肉として)


「イリスは、どうだった? スペア心核は大丈夫か?」


{はいです! リンタローさまが 《ヒツジさんの着ぐるみ》 を出してくれたおかげなのです!}


「ああ、やっぱり転移酔い防止アイテムヒツジさんの着ぐるみはそれなりに、効いてたんだな……」


{もちろんなのです! 目を閉じて、開けたら、もう着いてたのです}


「いいな、魔族」


 今回はイリスにも念のため、俺が神生の大渦チート能力で出した転移酔い防止アイテムヒツジさんの着ぐるみを着てもらっていた。

 転移中にスペア心核に異常があったら、危ないからだ。でも……

 人間はウィンナーにされる感覚なのに、イリスにはそれが、程度の衝撃なんだな。

 同じアイテムを着てるのに、体感がこうも違うとは。

 ―― 俺でこれなら 《ヒツジさんの着ぐるみ》 なしで転移したギルやジャンたちは、どうなったのか…… いや、いまは考えたくない。

 ウィンナーにされるより、酷い地獄なんて。


「まあ、イリスも俺も、無事でよかった、か……」


{大丈夫ですよ! アシュタルテ公爵さまは魔族でも一番の使い手なんですから}


「まあ、そうだな……」


 ―― とりあえず、着ぐるみはもう、脱いでもいいよな?

 くるくるした純白の羊毛で覆われ、垂れぎみの耳と小さなツノまでついたフードを、俺がとろうとした、そのとき。


「こら、リンタロー。《ヒツジさんの着ぐるみ》 を脱ぐのは、まだ早いのだぞ?」


 空間がゆらぎ、アシュタルテ公爵が現れた。

 俺とイリスのあとで、転移したのか……


「せっかく、転移を体験したのだ。記憶の新しいうちに、自らやってみるのが、効率的な学習というものだろう? ほれ、とっととやってみろ」


「…… とか言いつつ、アシュタルテ公爵。俺とイリスの着ぐるみ姿をでてるだけじゃ、ないだろうな?」


「ふっ…… 安心しろ。いくら想像以上にラブリーでプリティーであったからとはいえ、一生脱ぐなとは、命じぬゆえ」


「あたりまえだろ」


「さよう。ただ、そなたが 《転移陣》 を習得するまで、脱げぬようにはしてやろう。ああ無論、親切心からなのだぞ? わかっておろう?」


「いや、親切も押し付けると迷惑になるから……!」


 俺がアシュタルテ公爵を止めようとしたときには、もう遅かった。

 締めつけとともに、着ぐるみが身体と一体化するような感覚 ―― 魔法、いや呪いか? とりあえず、なんか、かけられてしまったようだ。

 もふもふのフードをとろうとしても…… 強力接着剤ボンドで固めたかのように、ピクリとも動かない。


「酷いな、アシュタルテ公爵……」


「そなたが 《転移陣》 を習得すれば良いだけの話だよ」 


 アシュタルテ公爵がくつくつ喉を鳴らす…… くそっ


{だ、大丈夫ですよ、リンタローさま!}


 イリスが、着ぐるみのもふもふした手で俺の頭をなでた…… なぐさめてくれてるんだな、たぶん。


{ほんとに、すごく、かわいいですから……! ほーら、よしよし…… ぷううう…… 癒されるのです…… ぷうわぁぁぁ…… もうずっと、こうしていられるのです……}


 ―― イリス。なぐさめて、くれてるんだよな? 


「ふっ…… ほほえましい光景だ…… はぁっ…… 我としては、そなたらが一生このままでも、構わぬのだがな…… はぁっ……」


 アシュタルテ公爵は、そんなイリスと俺を珍しいくらい、にこやかに見守ってくれている。

 ただし。

 顔が薄くピンクに染まり、赤い瞳はうるおうような輝きを帯び、唇からは熱い息が漏れているのを 『にこやか』 というならば、だが ――


 まあ、アシュタルテ公爵の意図がどうであろうと、こうなったら、転移陣くらい、さっさと習得してやる。

 それで、この恥ずかしい着ぐるみを一刻も早く脱ぐ……!


「じゃあ、さっそく教えてくれ、アシュタルテ公爵」


「ふっ…… よかろう。ではまず、リンタロー。そなたは人間ゆえ、転移陣を張る作業からだ…… そこに立ってみよ」


 アシュタルテ公爵は錬金部屋の中央を示した。


「ここか?」


「そうだ…… では、ゆくぞ。中心にロフォカレル


「中心にロフォカレル ―― これが異空間経路の入口になるんだな」


「そのとおりだ。次、いくぞ。第1縁、バアル。第2縁、ルキア。第2縁、割れたバフォメット解析。第3縁、マルドゥークアシュタルテレプト……」


「第1縁……」 


 俺はアシュタルテ公爵の指示に従い、慎重に転移陣を展開していく。

 錬金術の錬成陣とは少し構造が違うが、むしろ単純だ。

 各紋章の意味と働きを理解していれば、難しくはないな ――


「第4縁、割れたバフォメット解析。第5縁、ルキア…… よし ―― できたぞ、アシュタルテ公爵」


 アシュタルテ公爵が、俺の張った転移陣にちらっと目を走らせ 「よかろう」 とうなずいた。

 よっしゃ! これでやっと、このヒツジさんの着ぐるみを脱げ……


「あれ? 脱げない……!」


「ふっ…… そのように簡単に、脱げると思ったら、大間違いなのだよ、リンタロー!」


 アシュタルテ公爵はムチをビシッと床に叩きつける ―― その鞭、いったいどこから取り出したんだ?


「転移術において真に難しいのは、正確な転移先の位置設定…… この我とて、習得に7日もかかったと、言ったであろう? それでも早いほうだがな!」


「あーあ…… なるほどな……」


 アシュタルテ公爵によると ――

 転移に成功するには、転移先の明確な座標を頭に叩きこみ、その場所に転移することをきっちりイメージできるようになることが重要だという。

 つまり、訪問した回数が多い場所ほど、転移は成功しやすいってことか。


「それにリンタローは人間であるから、転移先には肉体を再構成するため 《逆の転移陣》 を張る必要があるだろう?」


「まあ、そうだよな」


「つまり、難易度は我ら魔族より、格段に上がると考えて、間違いないのだよ。ヘタすれば、一生ヒツジさんの着ぐるみ…… はぁぁっ…… いや、ごほんっ」


「いや、いまさら、ごまかそうとしなくても…… しかしそれ、本当に大問題だな」


 ―― 数十km、数百kmと離れた場所に 《転移陣》 を張る方法、か…… 難しいな。

 ―― 目的地に知人がいる場合は、その彼か彼女かに転移陣を描いてもらうのが一番、正確で効率が良さそうだ。

 だが問題は、そうした協力者がいないとき ―― 欲をいえば、ひとりで転移するときや、目的地が初めての場所のときも、きちんと成功できるようにしておきたい。

 なにか、使えそうなものは……


{あれ? そういえばリンタローさま!} 


「ん? どうした、イリス」


{そんな感じの、新しいスキル、あったと思うのです!}


「へ? あったっけ?」


 さっきステータス見たとき、かなり読み飛ばしてたからな……

 俺は再び、空中にステータス・ウィンドウを表示してみた。


「新スキル、新スキル…… あ、これか」


{ですです!}


 ぷぴゅん、とイリスが小さくはねる。

 ウィンドウの隅っこのほうに、ひっそり表示されてた、スキル名は ――


 《定点錬成》


 たしかに、使えそうな名前だな。

 ピロン、と通知音が鳴る。AIだ。


【特殊スキル 《定点錬成》 は、指定した座標に錬成陣を置き、錬成を行う技です】


「チートすぎる!」


【wwww】


 ともかくも、試してみよう。

 座標の指定には、ウィビー異世界ア○フォンを使うのが良さそうだ。


「ヘイ、ウィビー」


〔ワッツァーップ!? なんか用ねー!〕


「地図、頼む」


〔イッツァピースオブケイク! お安いご用ねー!〕


 さて、どこに行こうか……

 俺は、ウィビーが表示してくれた地図を前に考える。

 そこそこ馴染みがあって、もし失敗してぶっ壊しても、怒られなさそうな場所……

 あそこだな。

 俺は、画面の一点を指した。 


「ウィビー、ここの座標を教えてくれ」


〔オッケーね、マスター!

 タグラ・リニオプラス28.5985度、サンロ・リニオ……〕


 ウィビーの声をききながら、俺は、をイメージする。


 ―― よし。

 いよいよ、特殊スキル 《定点錬成》 発動だ ――

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