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第十一話 やけっぱちの彼女

2024年2月15日:『無限復活王、剣を振るう』


 映画『無限復活王、剣を振るう』を鑑賞。


 久しぶりのアニメ映画だ。死んでもよみがえるキャラを軸にしたストーリーが心に刺さった。まず、アニメーションの美しさは圧倒的。キャラが死と再生を繰り返すたびに色彩や動きでその感情を表現してるのがすごい。単なるアクションじゃなくて、生き返るたびに何かを失ったり、新たな決意を抱いたりする内面の変化が丁寧に描かれてて、見ていて引き込まれる。主人公の不死性って設定が、いわゆるただのチート能力じゃなくて、むしろ呪いみたいに感じられる瞬間があって、そこが深い。永遠に生き続けることの孤独や、仲間との絆が一時的なものにしかならない切なさがしっかり伝わってくる。


 テーマ的にも、『死ぬこと』と『生きること』の意味を問いかけてくるから、見終わった後に考えさせられる余韻が残った。アニメならではの誇張された表現と、リアルな人間ドラマが融合してて、こういう作品だからこそ何度も見返したくなる。死と再生を繰り返すキャラだからこそ生まれる希望と絶望のコントラストが、この映画の最大の魅力だ。星四つ。


 黒コートが怖いので、とにかく家のテレビで配信中の映画を観るより仕方がない。あの黒コートは、そろそろいなくなってくれただろうか? 窓の外を見るのも怖い。冷凍食品が底をついたので、そろそろ買い出しにいかねばならないが……。




 その夜、実家に戻った私は一人で滝山万年筆のブログを読み返していた。


 相変わらずのたくみなレビューと、最後に登場する不穏な言葉。悲壮感に胸が締め付けられた。


 滝山万年筆は本当に殺されたのか、それとも……。


 そのとき、スマホが鳴った。


 液晶を覗くと、杏奈からのメッセージが届いていた。


 私は仰天した。本当に連絡が来るなんて。しかも、その日のうちに!


【音無杏奈です】


【あれからどれだけ調べましたか? 事件の謎は解けた?】


 お手紙ありがとう、みたいな言葉もないのが、そっけない彼女らしい。


 私はすぐに返事を送った。


 ――事件はまだ、まるで解けていない。


 ――でもあの黒葛川幸平先生が解いてくれるはずで、自分はその手助けがしたい。


 五分ほどすると、返事が来た。


【まあ、そんな簡単には解けないよね】


【あの黒葛川って何者? ってつづらがわで一発変換できた、すごい】


 ――あの人は自分史の代筆家だけど、探偵みたいなこともするらしい。


 ――自分がよく行く喫茶店に、瀬沼有紗さんっていう店員さんがいて、その人の紹介で知り合ったんだけど。


 ――北千住にあるコハクコーヒー。知ってる?


【知らない】


 杏奈は相変わらずそっけない。


 ――飲みに来たら? コーヒー、美味しいよ。


 あの集落の外でも、杏奈に会いたい。そう思った。


【あのムカつく刑事もそのカフェに来るの?】


 ――鬼塚刑事のこと? 来たのは見たことがない。


 ――でも瀬沼有紗さんとは知り合いみたいだから、もしかしたら来るかも。


【じゃ行かない】


 しまった。


 余計なことを言ってしまった気がする。


【あたしの居場所なんてどこにもないのさ】


 ひねくれた回答が続く。


【つまらないことばかりだよ。このまま死んですべておしまい】


 ――気持ちは分かるけど。


【分かるなんて、簡単に言わないでください】


 ――ごめんなさい。


 謝りながら、それにしても不貞腐れているひとだと思った。


 なにか、辛い過去でもあったのか。


 けれどそれを尋ねるには、あまりにも、お互いの親密度が足りないというか。聞きにくい。


【ところでいま、滝山万年筆のブログ見てるよ】


「おっ、ほ、ほんとに?」


 私は思わず声を出した。


【あたしの好きな小説をディスってる。むかつく人だな】


 ――そこが面白いんだよ。歯に衣着せぬ勢いで次々とめった切りにしていく。


【なにが面白いのかわからないな、このブログがどうして佐野君の心の支えになるの?】


 佐野君、なんて呼ばれたのはいつ以来だろうか。


 大学時代が最後だった気がする。胸がざわついた。


 ――滝山万年筆先生は、ブログを始めるまでずっとひとりぼっちでさ、それがブログを始めて批評をして、少しずつ話題になっていって、やがて書籍化とかして自分に自信をつけていった人なんだ。


 ――だから批評も面白いけれど、その生きざまに僕としては共感するわけだ。僕も滝山万年筆先生みたいになりたい、なんて思ったり。


 返事をしたが、既読がついただけで、十分ほど返事はこなかった。


 嫌われたかな、と思い、ため息をついた。メッセージを削除したくなったが、既読がついている以上、それも不自然かと思ってしまう。


 だめだ、なにも行動できない。


 長文で滝山万年筆を推したりなんか、しなければよかった。


 と思ったそのとき、


【確かに滝山万年筆はいいよね、才能があったんだから】


 返事が来た。


 私は嬉しくなって、指を必死に動かす。


 ――そう思うでしょ? すごいよね。


 ――亡くなったあとでも、こうしてブログがWEBに残っているし、本だって残ったんだから、大したものだよ。


【あたしにはなんにもないからね】


 暗く、沈んだ調子の返事が来る。


【批評できるほど本を読まないし、映画も観ないし】


【いい年をして、親とも先輩ともうまくやれないし、実家も出られないし】


【たぶんあたしはひとりで死んで、音無家はこれで断絶。墓参りだって誰もこない】


 ――そんなことはないでしょ。


【そうだよ】


 ――そんなこと、ないって。


 私は、杏奈を助けてやりたいという気持ちでいっぱいだった。


 なぜ、彼女がこんなに沈んでしまっているのか知らないが、自分にできるなら、助けになりたい。


【あたしが死んだら、誰もが忘れてしまう。あたしが生きていたことなんて、だれも】


 ――それは、一部の天才とかを除けばみんなそうでしょ。


【でも他のひとは子供とかいるから】


【あ、そうか、だから子供とか孫とかお墓って必要なのかな】


【どんな凡人でも、子孫くらいは墓を見てさ、それから墓に刻まれた名前を見て、このご先祖様はどんな人だったのかな、とか思ってくれるもんね】


 ――音無さんだって、そうなる可能性はまだ充分にあるよ。


【無理だな、あたし、可愛くないし】


 ここで、いや、可愛いよ、なんて言える私ではなかった。一目惚れしました、なんてメッセージを送ることができる佐野敦ではなかったのだ。


 出会ってまだ間もないし、恥ずかしいし、おまけにハラスメントじゃないか。しかしこういうときに、杏奈に対してなにを言えばいいのか、対人経験の少ない私には分からなかった。黒葛川幸平や瀬沼さんがここにいてくれたら、助言くらい貰えただろうか。


 けっきょく、十分くらい経ってから、


 ――そんなことないって。


 なんて、ひどく月並みなメッセージを送るのがやっとだった。


 ああ、なんて凡庸な自分。うまく励ますことも、杏奈を助けることも、気持ちを伝えることさえできそうにない。自分が嫌になる。私だって、杏奈の言うように、もういい年だっていうのに。


 私が送ったメッセージは既読さえつかなかった。


 ああ、嫌われたか……。


 がっくりとうなだれて、ため息をつく私だったが、そのときである。


【わかった】


 私が最後のメッセージを送ってから、三十分も経ったあとに、杏奈がそんな文章を送ってきたのだ。


【分かった、事件の真実が分かったよ】


「なに……?」


【滝山万年筆も、三沢坂のお母さんもどうして死んだのか、あたしは全部わかったんだよ。わかっちゃった。そりゃそうなるよねって感じ】


【でもね、でもね、でもねー】


【あんたに教えてなんかやるもんか。真実には自分で辿り着け!】


「杏奈っ……?」


 私は唖然として、スマホの液晶を眺めていた。


【やっと、自分の価値が分かったよ】


「自分の価値……?」


 どういう意味だ?


 それに、事件の真実? 本当に?


 万年筆先生たちを殺した犯人が誰か、分かったのか?


 ――誰なんだ、犯人は。事件の真相は? トリックなんかあるのか? 自分の価値ってなんだ? 教えてくれよ!


 ――僕のことだけじゃなくて、万年筆先生や三沢坂博子さんのためにも、真実が分かったなら教えてくれ! 僕が嫌なら、黒葛川先生を連れてくるから、頼む!


 だが、返事はまったく返ってこなかった。


 電話をかけてみようかとも思うが、その勇気が出ない。


 杏奈は本当に分かったのか? どうやって?


 これまでの情報だけで、事件のすべてが解明できるのか? まさか……。


「杏奈! 杏奈……!」


 名前を立て続けに二度、呼んだ。


 当然だが、スマホはうんともすんとも言わない。


 そして私が送ったメッセージに、既読がつくことは二度となかった。




 翌日の昼下がりに、私はニュースで知った。


 杏奈が自宅の、鍵のかかった部屋の中で、首を吊って死んだということを。


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