目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第二話 六十一種類のコーヒーを集めよう

「さて、改めて確認しておきますが、ここにある六十一種類のコーヒーは、全部、微妙に違います」


 黒葛川は、冷蔵庫の中のコーヒーをひとつひとつ眺めながら言った。


 例えばブラックだけでも、


『ブラック』


『アロマブラック』


『プラチナブラック』


『鮮烈ブラック』


 などなど、名前が違うものがズラリ。メーカーもさまざまだ。


「伯父さん、よくこんなに買い集めたなあ」


「一本くらい、しれっとしょうゆが混ざっていそう」


 千帆と有紗は呆れたように眺める。


「それにしても、同じブラックなのにこんなに名前をつけなくても。中身は同じようなもので、あとは名前が違うだけなんじゃないですかね?」


 と、有紗がつぶやいたが、


「いいえ、それは違いますよ。すべて微妙に味が違います。コーヒーメーカーをなめてはいけません」


 黒葛川の口調は穏やかだが、熱を帯びている。


 有紗は身を退かせて、


「それほどのものですか」


「黒葛川先生にとって、アイスコーヒーは神聖な存在なんですね」


「もちろんです。人生が終わるときには、一杯だけでいいからアイスコーヒーを飲み干してこの世を去りたいほどです」


「それだけ好きなものがあるのは、いいことですよ。うらやましいなあ、私にはそこまで好きな飲み物がないから」


「あなたにもいずれ見つかりますよ。いっす、いえ、一寸木さん。……すみません」


「すみません、覚えにくいですよね、私の苗字。よく、いっすんぎさん、なんて間違えて呼ばれるんです」


「ああ、その気持ちは僕もよく分かります。僕も、つづらがわ、という苗字を一発で読んでもらえることが少なくて」


「わあ、苗字、一発で読まれにくい仲間ですね、私たち」


「……あのう」


 苗字の話題で盛り上がっているふたりを、有紗は嘆息と共に見つめながら、いや見つめるというよりは多少、やぶ睨みの視線になりながら、


「コーヒーの謎はどうしたんですか、コーヒーの謎は。変ないちゃつき方をしないでください」


「わあ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんですよ」


「叱られてしまいましたね。……さて、では謎解きと参りましょうか」


 黒葛川はあごに手を当て、しばし考える。


 すると、彼の雌雄眼がパチリと輝いた。


「とりあえず、この六十一種類のアイスコーヒーをすべて試飲してみましょう。ただし、冷蔵庫の中の未開封品は貴重な証拠なので手を付けず、近隣のスーパーやコンビニで同じものを集めてみましょうか」


「えっ、飲むんですか? 六十一種類を、すべて!?」


 有紗が目を丸くした。


「はい。アイスコーヒーの謎は、アイスコーヒーで解く。これが僕の流儀です」


 黒葛川の言葉に、有紗と千帆は顔を見合わせた。


 ふたり揃って、これはえらいことになった、という目をしていた。


 二時間後。


 驚くべきことに、六十一種類のコーヒーはあっさりと集まった。


 一寸木秀夫の家にあったコーヒーは、近くのスーパー、コンビニ、ドラッグストアを巡ってみると、すべて手に入るものばかりだったのだ。キッチンのテーブルは、まるでコーヒー博物館の展示コーナーのように賑やかになった。


「さあ、試飲会を始めましょう!」


 黒葛川が、まるでパーティーのホストのようなテンションで宣言した。


 六十一種類のアイスコーヒー進呈が、謎解きの報酬だったはずだが、


(その報酬って、この時点で叶ったようなものなんじゃ)


 と、有紗は思ったが、せっかく黒葛川がやる気になっているので、そこは黙っておこうと思う彼女なのであった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?