《※王ユニット:ユウマの体力が0になった場合、ユウマは死亡します。ご注意ください。》
画面に浮かんだ、“死亡”の二文字。
ぐっと、喉の奥が詰まるような感覚に襲われた。
それが気管なのか、肺なのか、心臓なのかも分からない。何が苦しいのかもわからず、視界が滲み、ユウマの足がふらつく。
だが、倒れはしなかった。
……膝が崩れそうになる寸前で、何かが自分を支えていた。
この身体に宿った“力”なのか。
あるいは、「ここで倒れるわけにはいかない」と、無意識がそう叫んでいたのかもしれない。
彼の中に、強い言葉が湧いてくる。
今、ここで倒れて、逃げて――
それで、何になる。
諦めるな。
俺は、確かに生きている。ここに存在している。
何がそう思わせるのか、ユウマ自身分からなかった。自分自身の感情ではないように感じる。
だが、いまユウマにとって、ここが現実だろうとゲームの中だろうと、不安でいっぱいなのに泣き叫ぶだけの理由も、思い出もない。
救いを求める先の何かも。
……きっと、誰かを――大切な人を――忘れている。
それでも涙が出ないのは、あまりに空白が大きすぎるからだった。多くのモノが自分の中から零れ落ちてしまっている。
何処に落としたのかも、どのようにすれば元に戻せるのかも、ユウマには分からない。
※ ※ ※
いまだに実績解除の内容がよく分からないものの、配下を召喚し、ミッションをクリアしたことで、少しずつだがこの世界での立場を理解し始めていた。
傍に黙ったまま控える『深淵の司祭』。彼は静かにユウマを見守っている。
――今の自分は
ユウマは一度深呼吸をして落ち着きを取り戻す。傍にいる深淵の司祭の存在感が、彼を冷静にさせてくれた。
ともかく、募る疑問を放置して、目の前の報酬について確認する。
「デッキ拡張パックか……次の戦いに備えるために、これも重要だな」
ユウマはパネルに表示されている『デッキ拡張パック』の選択肢をタップしてみた。
おそらくは、カードをガチャから引けるチケットの様なものだと思われる。
が、目の前に表示されたのは無情にも『現在は利用することができません』のメッセージだった。
「うーん……今は、使えないのか」
画面の冷たい文言に、ユウマはため息をついた。
次に、現在使用中のデッキの内容を確認しようとするが、こちらも表示されない。
「デッキ内容も確認できないのか?」
まるで運営――この場合は、パネルに表示される文字が意図的に制限しているかのような、不自由な感覚がユウマを襲う。
――何かが、こちらの行動を制限している。
まるでゲームの『チュートリアル』。それに従えと言われている――そんな気がした
ユウマはため息をつきながら、デッキを選んだ時に目の前に広がったカード群のことを思い出す。
「(あれがデッキの内容だった可能性が高い……少しは覚えているけど、詳しく確認できないのは不安だ)」
「次のミッションはなんだ……?」
ユウマは胸の中で焦りとほんの少しの期待が交じりながらも、次のミッションについて考えるのだった。
※ ※ ※
「よし……これで準備はできた……」
ユウマは自分に言い聞かせるように呟いた。
手札のカードについても効果を確認し、パネルの使い方についても一通り理解した。
ゲームと同じように必要以上の手数を晒すのは躊躇われた為、深淵の司祭以外のユニットカードは召喚しないでおくことにした。
もし、ゲーム通りであれば、広範囲攻撃を繰り出す敵ユニットやスキルなどが存在する。
万が一にも範囲攻撃の先制を喰らってしまえば、手持ちの他のユニットでは耐えられない可能性があったからである。
ユウマと深淵の司祭であれば体力が多いため、基本的には耐えられる。
というよりも、もしユウマや深淵の司祭が耐えられないような攻撃を受けたら、その時点で――
"死亡"――つまり、この世界での、人生の終わりゲームオーバーである。
そのため、ユウマにとって今一番大切なこと。
それは、召喚した配下である深淵の司祭との対話による情報収集であった。
「……あの、深淵の司祭、さん?」
ユウマが声をかけると、漆黒の衣をまとった異形の従者はすぐに一歩前へ出る。
「御意。我が王よ」
「深淵の司祭は……その、僕が召喚したってことでいいんだよね?」
司祭は静かに頷いた。
「はい。我が存在は、王の召喚により、この地に顕現したもの。貴方様に仕えるために存在しております」
「そっか……」
目の前の存在が、まるで意思を持つ“人間”のように、いや、それ以上に忠実に振る舞うことに、ユウマは正直まだ戸惑っていた。
けれど――
恐怖は、なかった。
司祭の瞳は冷たいのに、不思議と安心できる気配を持っていた。
“本当に、この世界で一人きりじゃないのかもしれない”――
それだけで、張り詰めていた胸の奥が、少しだけ解けていく気がした。
「じゃあ、聞きたいことがあるんだけど」
ユウマは言葉を選びながら尋ねた。
「……深淵の司祭の能力って、どんなことができるの?」
それは、ゲーム時代に得た知識でもあり、カードの説明とのすり合わせ。
実際に目の前にいる司祭がどう答えるか――それを確かめたかった。
深淵の司祭はゆるやかに頭を垂れた。
「我は、“従僕”を三体まで召喚する能力を有します。いずれも我が眷属。王の命により、即座に展開可能です。他にもスキルにより、低位ではございますが、治癒系統の術が使えます」
「(……え? 治癒?)」
深淵の司祭って、ゲームではただの壁役だったはずなのに――
【エデド】において回復役は、一部の文明を除きほとんどいなかったのだ。少なくとも深淵文明には、ほぼ存在しなかった。
期待はほとんどしていなかった。
しかし、ゲームにおける司祭とは、回復系のスキルや能力が使えたりするものではないか?と思っている自分がいた。大した記憶ではないが、この場合はありがたいものだ。
だから、ベルノスの返事は、ユウマにとって、まさに僥倖だった。
深淵の司祭が使えるという呪文は、すべて低位のものらしいのだが、非常に有用だった。
軽い外傷を癒す『ヒール』。
麻痺や毒、頭痛などを取り除く『ステータスヒール』。
状態異常の呪いを解く『カースブレイク』。
物理攻撃やスキルや魔法攻撃を軽減する『シールド』。
そして周囲を照らす光を生み出す『ライト』。
「すごいよ!本当にすごい、深淵の司祭!」
ユウマの余りの喜びように、深淵の司祭は初めて表情を崩して、その異形の蛇顔で微笑んで頷いた。
「ユウマ様のお役に立てるのであれば、何よりでございます」
ユウマは一先ず、「スキルを見せて!」と叫びたかったが、効果の説明を聞いただけで満足した。スキルというものについては分からないが、そう何度も使えるようなものではないらしい。
スキルにも使用制限があるらしい。いわゆるゲームの“
魔法との違いは、スキルは、訓練や経験から得られる“内なる力”。魔法とは、外部から“力”を借りるもの、だという。魔法については深淵の司祭も詳細を知らないようだ。
スキルについてはおそらく《エデド》におけるユニットが使う技や効果のことを言っているのだろう。
回復には時間がかかるため、そう何度も使えるわけではないようだ。
「じゃあ……深淵の司祭は後衛ってことでいいのかな? サポート系とか」
「はい。我の本質は支援にございます。後方から軍勢を支えることが役目。とはいえ――」
「とはいえ?」
「前衛として立つ覚悟もございます。王の盾となるためならば」
話しながら、ユウマはかすかに胸が高鳴るのを感じた。
カードの中の存在が、現実に動き、言葉を発し、命を受けて戦う。
それも、ゲームのころよりも、より現実味を増して、優秀な仲間として存在しているのだ。
そして何より戦術・戦略の組み立て――それこそが、ユウマの“得意分野”だった。
「……頼もしいな」
ぽつりと呟いたその言葉に、司祭はまた静かに頷く。
「我が王に勝利をもたらすことが、我が存在理由でございますれば――」
その言葉の途中で、突如、霧の奥から“ざわり”と何かが動いた気配がした。
ユウマと司祭が同時に視線を向ける。
暗い森の奥――木の陰。何か、こちらを覗いている。
それは、動物か、あるいは――
ピコンッ!
《警告:周辺に敵対ユニットの気配を検知》
パネルが警告を表示する。