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第2話

 魔物を剣で切り裂き、オレは着地する。

 その断末魔に耳を貸すことなく、オレは剣を拭いて鞘に納める。

 目を足元に向けると、腰を抜かしたらしく、へたり込んでいる女がいた。フードを頭から被った旅装束の女だった。


「あ、ありがとうございます……!」


 震えた声で女が言った。

 森の中を歩いていたときに、偶然、フォレストタイガーに襲いかかられていた女がいるところに出くわした。結果として、オレはこの女を救ったことになった。


「別にオマエを助けたわけじゃない。コイツの皮は高く売れるんだ。仕留める価値があったから倒したんだ」


 フォレストタイガーの皮は、上質な絨毯や毛皮になるとして高値で売ることができる。これもオレたち盗賊団の収入源だ。


「冷たいなぁ、リアムのせいでこの子、怯えちゃってるよ」


 レイミがへたりこんでいる女の前に駆け寄ってきてしゃがみこんだ。


「大丈夫? 怪我はない?」

「は、はい……」

「一人? 女の子がこんな森の中で一人なんて危ないよ?」


 女の子が一人、と声をかけているレイミもまた女なのだが、そこには触れないことにした。レイミもまだ十五歳ではあるが、そこらの兵隊よりもよっぽど高い武道を身につけている。女の子が一人だからと言って、危ないなんていうことはない。自分の身は自分で守るべきなのだ。


「あ……その……ちょっと迷っちゃって……」


 女がレイミに支えられながら立ち上がる。

 レイミより少し背が高いが、フード越しに見える白い肌をした顔からおそらくはレイミと同じぐらいの年だと感じた。

 オレはその女の前に立つ。


「本当に助けていただいて、ありが……」


「金」


 オレは右の掌をその女に向けた。


「え?」


 女は目を真ん丸にして見開いた。


「通りがかりとはいえ救出したんだ。その代金をいただこう」


「え、いや、あの……」


「フォレストタイガーに噛まれればあんたのような細い腕なんて、あっという間に持っていかれたんだ。五体満足ですんだんだ。金はもらおう」


 この女は金を持っているとオレは考えた。

 纏っていてる外套は少し汚れてはいるが上質の素材で出来ていた。衣服や靴、フード越しに見える白い肌の質からも、明らかにこいつはそこらの町娘ではないとわかった。

 それなりの身分のもとに生まれた娘だ。


 金銭をまったく持ち合わせていないということはなさそうだ。こういう女からは礼金を受領すべきだ。


「いや、私はそんな大してお金持ってなくて」

「なんだ、オマエは家出した娘か」


 ある程度の身分がありながら、こんな森でウロウロしているとすれば家出ぐらいが妥当なところだろう。


「え……」


「家を飛び出して、あてもなく進むうちにこんなところへ来たってことか」


 女は目を逸らし、気まずそうに俯いた。


 否定をしないということは、肯定と考えてよいのかもしれない。


 もし、この女がどこぞの名門の家に育ったとしても、家出した身ならばそれほど金銭は持ち歩いていないこともあるだろう。突発的な場合は一人での家出になり、護衛もついていないということか。


「何を思ってこんな森まで来たかは知らんが、この森には魔物や盗賊が数えきれないほど潜んでいる。オマエみたいな奴が歩く場所ではない。オマエは帰るべき場所に帰れ」

「え……」

「聞こえなかったのか、帰るべき場所に……」

「帰る場所なんて私にはない」


 オレの言葉を遮り、女は言った。意志の強そうな目がオレを睨んでいた。



「そうか……。だが、オマエに帰る場所がないのかはオレには関係のないことだ。この森で野垂れ死にされるのも哀れだ。レイミ、森の外まで送ってやれ」

「はい」


 この家出少女がどうなろうと知ったことではないが、森の中で倒れられても迷惑な話だ。

 レイミは同じ盗賊団でこの森の隅々を知り尽くしている。危険の少ない道で森の外まで送り届けられるだろう。

「リアムは?」

「オレは一回、アジトに戻り、アヤナたちを連れてコイツの皮を回収する」

「了解」


 オレはレイミにこの女を任せて、歩き出そうとした。


「あ、ちょっと」


 女に声をかけられて振り向くと、女は持っていたカバンの中を何やら探っていた。


「お金にはならないかもしれないけれど、これを」


 女が何かをオレに差し出した。

 それは短刀だった。束に水色の石が埋め込まれていた。



「それぐらいしかお礼になりそうな品は持ち合わせてなくて」


 受け取ったそれを鞘から抜いてみると鈍い光を放つ濡れた質感のあるようなものだった。束の部分に埋め込まれた水色の石は、宝石とは異なるようだがよく磨かれた石なのか光沢をもつものだった。


「……短刀の価値はオレにはわからないがそれなりに価値はありそうだ。いいのか?」


 短刀の価値はわからないが、安物のものではないことぐらいはわかる。目利きができるものが見れば価値あるものかもしれない。


「貴方は強い人のようです。その短刀は母より護身用にもらったものなんですが、私が持っていても使いこなすことができない。あんな大きな魔物を倒す貴方ならば役立ててくれるのかもしれません」


 女は外套を纏っていてもわかるほどに華奢な身体つきだった。たしかにこの身体つきでは、この短刀にどれほどの切れ味が備わっていても小さな魔物も倒すことはできないだろう。


「たしかにオマエに使いこなすことはできなそうだが、本当にいいのか? 母親から貰ったものなんだろう?」


 念のため尋ねると、なぜか女は微笑んだ。

 意味がわからず、どうしたのかとオレが目を細めると、


「貴方は優しい人ですね」


 と女は言った。


「どういう意味だ?」

「報酬を要求しておきながら、その短刀が私にとって大切なものではないかと案じてくれている。根っからの悪い人ではないんだろうなと」

「ハッ。大層な身分のもとに生まれたんだろうな。盗賊のオレに根っからの悪い人ではない?」

「……でも、そう思ったので」

「レイミ、さっさと森の外まで案内してやれ」


 もうこの女と話しても時間の無駄だとオレは考えた。

 今度こそ、とオレは背を向けてアジトに戻ろうとした。しかし、


「あの」


 とまた声をかけられた。まだ何かあるのかと顔だけ振り向くと、


「貴方のお名前はリアムと言うのですか?」


 なぜオレの名前を、と思ったが、さっきレイミがオレの名を呼んだからかと気づき、オレは頷いた。


「盗賊に名前を聞くなんて変わった奴だな」

「命を助けていただいたのも何かの運命だったんだと思います。その方の名前ぐらいは知っておきたくて」

「……そうか」

「私は、サラと申します。助けていただきありがとうございました」


 サラ、と名乗った女は深々と頭を下げた。

 それからレイミが付き添い、森の外の方向へと二人は歩き出した。その後ろ姿をなんとなくしばらく見送った後、オレはアジトに戻るべく、歩き始めた。


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