ハルトが用意してくれた早馬は多少荒れた土の上であっても、快調に走った。
二人を攫ったであろう馬車は、小さな町の外れに止まっていた。馬をこの近くに止める。馬車があるからといって、目の前の建物に二人がいるとは限らない。どこかに連れていかれた可能性もあるだろう。
目の前に建つ建物に対して、レイミの髪飾りとサラの短刀を手に持ち、「目」を集中させる。
「……真ん前に馬車を止めているのか。愚かな奴らだ」
二人の気配を感じ取ったことで思わず独り言が出てしまった。
三階に二人の気配がある。
馬車を停めた場所に隠れているとはサラを攫った奴らはそれほどの手練れではないのかもしれない。優秀な実行犯ならば、別の馬車に乗り継いだり、離れた建物に逃げ込むはずだ。
二人の気配、それ以外に数人の気配があるようだが、この際、関係はない。この目を持ってオレは二人を助け出す。
*
建物の前は見張りもおらず、警戒されている様子もなかった。
既にサラに従う者は生き残っていないような言い方を彼女自身もしていたが、誰も奪い返しにくるという想定はないのだろうか。
亡き国を追われた少女の味方などもういないということだろうか。
人の気配を避けながらオレは階段を登る。
高い戦闘能力を持つ者の気配は感じ取れないが、さすがに多勢に無勢だ。いちいちやりあっていたらこちらの身が持たない。
「がっ!?」
どうしても通りたい通路に邪魔な奴がいたので僕は、背後から後頭部を叩き、そいつの意識を奪った。一瞬のうめき声はあったものの騒がれることはなく、オレは三階へと進んだ。
二人の気配のある部屋の前に立つ。鍵のかかった部屋に閉じ込められているようだ。もしかしたら扉に罠が仕掛けられている可能性も想定し、扉の周辺を調べてみたが、拍子抜けがするほどに何一つ罠はなく、鍵が掛けられているのみだった。魔法鍵でもないので、ちょっとした小細工で開けることができそうだ。
道具の入ったカバンを開けながら、こちらに近づく人間はいないか気配にも目を配る。もう一人いると楽な作業だが、二人ならば二人でリスクもまたある。
ほどなくしてカチリと音がして鍵は開いた。
開けた瞬間に発動しそうな罠はないことを確認してからオレは扉を開けた。
「貴方は――」
サラの声がした。オレは静かにするよう左人差し指を顔の前で立てる。サラは何度も頷いた。
両腕を腰の後ろで縛られいるようだった。両足首も縛られている。
サラの前に倒れている女がいた。それはレイミだった。
レイミの元にオレはしゃがみ込む。顔や腕に出血を伴う怪我や痣となっている打撲があるのがわかった。この分では服の下も負傷を免れていないだろう。
オレはレイミの首元に左手を当ててみた。脈を感じ取ることができた。
「レイミさんは私を守ってくれようとして……」
サラの言葉にオレは頷く。レイミはオレが送り届けろと言った命を守るために、この哀れな少女のために身体を張ったのだろう。人一倍の格闘能力があるレイミであってもサラを守りながら複数人に囲まれればこうなることはやむをえない。
「意識を失ってはいるが、今すぐ命がどうこうという状態ではなさそうだ」
オレは胸骨の周辺も確認しながら応えた。
「よかった」
サラから安堵の声が漏れる。
レイミとサラを縛る紐をナイフで切り、身を自由にする。
レイミの出血部分を応急手当のみしてからオレはサラを見た。
「ここではこれ以上の満足な治療なんてできない。オレがレイミを担ぐから一緒に逃げるぞ」
「そんな……何人も外にはいるのにどうやって」
「オレがいれば最大限の回避をしながら外に出れる。あとは奴らの馬車を奪って逃げればいいだけだ」
「最大限の回避……?」
「詳しい話は後だ」
オレがレイミを担ぎ、おぶろうとして立ちあがったがサラは座ったまま動く様子がなかった。
「どうした? 誰がここに来るかはわからない。早く逃げるぞ」
縄を切るときに見た感じではサラにさしたる怪我はないようだった。なぜ立ち上がらないのか、怯えているのだろうか。王女がこんな場面に立ち会ったことがあるはずもない。その気持ちを理解しないわけではないが、奮起する時間を待つ余裕もない。
いろいろ考えていたときに、サラは予想もしない言葉を言った。
「私は行きません」
オレの思考回路が一瞬止まる。
さっき見たときと同じ意志の強そうな目がオレに向けられた。