予想外の言葉だったが、サラを置いていってもよい理由にはならない。
「何を言っている?」
「だから行きません、と言ったんです。リアムさんはレイミさんを連れて逃げてください」
「なぜだ?」
時間はないが理由は問う必要がある。サラは俯く。
「私は、エルリーアの王女です」
「知ってる」
サラは顔を上げた。
「そう……ですか。では、エルリーアが滅んだことも知っているでしょう」
「ああ」
「私のために多くの人たちが戦って命を散らしていきました。今日まで逃げ延びることができたのも、もはや数え切ることが出来ないほどの人たちが助けてくれたからです。お城からも従者が何人か助け出してくれました。せっかく拾った命で私などのために。でも、その人たちも今は――」
最後まで付き添った従者たちが、いまはサラのそばにいない。
それは既にその従者たちが生きていないことを意味するのだろう。確かめるまでもなくサラの表情からそれは伝わった。
「一人でも生きていこうと思いました。でも、今日もまたレイミさんを巻き込んでしまった……」
「それはオレの不手際だ。オレがついていればこうはならなかった」
「いえ」
サラが何を否定したのかわからなかった。
「私は生きている限り、誰かをいつも犠牲にしてしまうのです。私がいるから、誰かが傷つく」
「何が言いたい?」
「私は呪われた存在なんです」
呪われた存在、その言葉に
『この王子は呪われし忌み子でございます』
今も耳に残る老婆の声と、そのそばですすり泣く女の声。どれほどの月日が流れても消せない声だ。
「私のせいでみんなが傷ついていく……」
「あんたがエルリーアの王女様とやらで、あんたのためにみんなが死んだり傷ついたりした。だから何なんだ? それはオマエが望んだり指示したわけじゃないだろう? それなのになぜそんなに落ち込んでいる? 王女として生まれたことがオマエの罪だと言うのか?」
「そうです!」
サラはこれまでで最も強く大きな声を出した。大きな声を出すなという暇もなかった。
そして生まれたことが罪ということを認めたサラを見ているとオレは胸の奥にざらりとした何かが渦巻いたのを感じた。
「私なんかが生まれたせいで狙われてしまった。私を守るために罪なき大勢の人々が死んでいった。明日を平和に生きることができた人々を死なせてまで、のうのうと生きながらえている。この先も多くの人を巻き込むなら、私は生きていることが罪なんです!」
「おい、何を大きな声を出している?」
扉が開いた。男が部屋の中に入ってこようとした。
オレはレイミを離し、その男との間合いを詰める。
「だ、誰だ!」
それ以上の続きを言わせぬままオレは男を壁に叩きつけて、意識を失わせた。
壁に叩きつけた音が思った以上に響いてしまった。
「まずいな。騒ぎになるかもしれない。行くぞ」
「だから、私は行かないと」
「サラ……オマエは生きていることが罪だと言ったな。じゃあ、いまここでオマエが死ねば、オマエのために戦った奴らは報われるというのか?」
「それは……」
サラが俯く。
「呪われた存在だろうと、生かされたということは何か意味があったんだ。だから、死を待つな。最後まで生きろ」
「リアムさん……」
「オマエは生きろ。たとえ……たとえ、帰る場所がなくても」
「
そのとき、レイミが意識を取り戻しつつあるのがわかった。
「レイミ、わかるか? 立つぐらいはできるか?」
「はい……あの、咄嗟の判断とはいえもっと大事に扱ってくれませんかねぇ」
オレが手放して床に叩きつけられたことを言っているのだろう。無駄口を叩けるならば大丈夫なのだろう。
「それだけ喋れれば充分だ」
「いや痛いですけど」
「時間がない」
「承知」
レイミは少しよろけながらも立ち上がる。あちこちが痛むのかレイミは何度かうめくような声を出した。
「サラ、逃げるぞ」
「……はい」
頷くサラの目から一筋の涙が流れたが、オレはそこに声をかけることなく、暗い部屋を出た。
「生きる……それが私にできることですよね」
そんな声が後ろから聞こえた。