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第9話

 朝起きて、生活棟に向かうとサラが食事班と混ざって会話をしている様子が見えた。


「なるほどぉ。ここで卵を混ぜるんですね」

「そうそう、フライパンの上でガシガシと」

「勉強になります!」


 何を作っているのかは知らないが、昨日の夜に来たばかりだというのに、もう会話ができている。大した順応力だ。


 サラが王女であることは一部の者は知っているが、だからといってこの盗賊団に居る奴らはわざわざ騒いだりはしない。ここに来る奴らのほとんどは何かしらの過去を背負っている(たまに一家で盗賊の奴もいる)。過去には干渉しない、それが暗黙のルールとなっている。


 既に出来ていた分の朝食を食べて、今日はどの辺りを探索するかな、と考えているときだった。



「リアム、メシ食ったんだったらちょっと来い」


 情報収集屋のケインが声をかけてきた。


「はい、どこにですか?」

「頭領の部屋に」


 オレは頷き、食器を片付けてから、頭領の部屋に向かった。


 オレたちは盗賊と言えども、人の民家に忍び込んで金品を盗むわけではない。何らかの潜入や冒険者の支援を引き受けることもあるし、古代の城に眠る宝を探すという少年が夢見そうな仕事もある。稀にだが悪徳に金銭を稼ぐ家から悪事の証拠を見つけ出すなんてこともあるが、そんな義賊めいた仕事では金にはならない。

 情報収集に通じたケインから頭領の部屋に呼ばれるということは、何かしらの任務が与えられるということだ。


 頭領の部屋に入ると、意外な人物がいた。テオとケインではない。サラだった。


「おお、来たな」

「あ、ああ……。なんで、サラもここに?」

「決めるべきことがあると思ってな」

「決めるべきこと?」


 と言ってみたもののサラがここにいる時点で何を話そうとしているのかおおよそは想像がついていた。


「サラの処遇だ」


 テオの言葉はオレの予想どおりだった。オレは頷いた。


「今後、この娘さんをどうするかについて決めておきたい。あと数日であれば、このアジトに客人として迎えていても何ら問題はない。しかし、ずっと置いておくというわけにはいかんだろう」

「まぁ……それはそうだろうな」

「あ、お金が必要なら稼ぎます! 私にできることだったら何でも!」


 とサラは言った。


「できることなら何でも、ってサラはここに残るつもりなのか?」


 オレが問うとサラの表情が固まった。お金を稼ぐということは生活用のお金を納めるということ、それはここでの生活を続けるということだ。


「このアジトに居る奴らはみんな盗賊だ。さっき朝飯を作っているときサラが話していたおばちゃんだって、諜報員として活動しているんだ。王女のサラがそんなことをするわけにはいかないだろう?」


「でも、私、今すぐに行くところが……」


「それはわかるけど……」



 帰る場所がないサラは、ここを出て行っても生きていく術も当ても何もない。また攫われるか野垂れ死にするのが目に見えている。

 だからといって元王女が盗賊になんてことはあるだろうか。

 オレの場合は元王子だと言っても、一日たりとも王子としては過ごしていないし、どこの公式文書にも載っていない。拾われたオレが盗賊になったのとはワケが違う。


「そこでだ」


 テオが口を挟んだ。

 オレはテオを見た。おそらくはサラもテオを見た。



「ケインからの情報も整理し、ひとつ方法を考えた。サラを生かしつつ、我々にも利がある方法だ。もちろん、サラを盗賊にするわけではない」


「わけではないって……そんな都合のいい方法あるのか?」


「あります」


 オレの問いに答えたのはテオではなくケインだった。

 情報収集に優れるケインはオレが子どもの頃に既にこの盗賊団にいた。オレが成長していく過程でケインの外見が変わることはなかった、不老の薬を飲んだとか話を聞いたことはあるが、あながち嘘ではないかもしれないと思っている。


「エルリーア王国そのものは残念ながらイデベア帝国によって滅ぼされてしまっていましたが、その難民たちも少なからずいます」


 王国が滅んだと言っても国民を一人残らず抹殺するなんてことはさすがにできないだろう。


「その難民たちはどこに向かうのか? 迂闊な場所に行き、イデベア帝国の領地だったならば、正体がバレてしまえば殺されてしまうかもしれません」


 ちらりとサラを見ると、下唇を噛んでいるのがわかった。国民が殺されるかもしれないとわかって落ち着けるはずはない。下唇を噛んで耐えているのだろう。


「つまり……難民たちが向かう場所に答えがあると?」

「そのとおりです」


 僕の言葉にケインが右人差し指を立てて応えた。


「難民たちの行き先は唯一つ。同盟国です」

「同盟国?」

「私たちの同盟国で最も近いのはアークブレッド帝国……」


 サラが呟くように言った。その国の名前は聞いたことぐらいはある。ここから南に位置する大きな国だ。竜をも撃退すると言われている王家直属の魔法部隊は世界最強とも名高いとされている。


「そうです。サラ王女にはアークブレッド帝国に行っていただきます。亡命として」

「亡命!?」


 思いもよらない方法を提案されて、オレもサラも揃って声をあげた。


「アークブレッド帝国の大きさならば貴方を保護することも可能でしょう。ただし、ただ貴方を送り出してはこちらも旨味がない話となります。そのために従者として我々の仲間を参加させていただきたいのです。アークブレッド帝国に関する見識を持つことで我々の行動にも幅が出ますからね」


 思わず「なるほど」とオレは唸ってしまった。

 ただサラを亡命させるだけではオレたち盗賊団には何も得るものがない。それならば何か得るようにしたい。それがアークブレッド帝国に関する「情報」なのだ。

 「情報」こそが最大の財産と考えるケインらしい発想だ。


 しかし、それならばサラを安全に送り届けるところまで叶うわけだ。


「そこで、その従者だが」


 テオが口を開いた。当然、諜報に長けたケインやその部下たちが選ばれると思っていたのだが予想もしない名前が挙がった。


「是非、リアムを連れていっていただきたい」


 その名前を呼ばれた瞬間、オレもサラも思わず叫んでしまった。



「ええええええええ!?」







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