ケインの
といっても、ただサラを連れていったところで本人であるという証明は難しいとも言えた。偽の王女を仕立てあげて、金銭を巻き上げることを目的としている者も当然いるだろう。
オレたちとしてもサラが王族であるということは、彼女が持っていた護身用とされる短刀と皮肉にも彼女を誘拐しようとした存在がいることでしか強く押し出すことのできるものはない。
「失礼ですが、サラ様はアークブレッド帝国の関係者にお会いしたことがありますか?」
その昔、どこぞの国で役職に就いていたという話もあるケインの話し方は丁寧だった。
「最後に訪れたのはもう10年ほど前でしょうか……父に連れられて行った記憶はあります。たしかアークブレッド帝国の姫君がお生まれになった頃です」
「姫君ですか、となると御年11歳であるはずですので、その頃になりますな」
ケインはううむと唸り腕を組んだ。
「10年も経てば女性の見た目は変わりますからね。特に子どもから大人へと近づく過程であればなおさらです。当時を覚えている者がいれば話は早いですが……。まずは短刀があることを証明の品として持っていき、なんとか信じていただくしかないですね。そこは交渉力が必要となりますが……リアムが従者であればいくばくかの可能性はあるかと」
オレをチラリと見てケインは言った。
可能性、とは都合のいい言葉だ。
0%と言えば絶望的だが、1%と言えば希望があるようにも取れる。99%が死ぬとしてもだ。
「リアムよ。これが今回の任務だ。サラ王女を守り、アークブレッド帝国への亡命を実現させよ。そして、アークブレッド帝国の内情などを可能な限り収集せよ」
「委細承知」
テオの言葉にオレは頷く。
任務であれば、いくらでもやってみせる。これがオレの生きていく道なのだから。
「そしてオマエは無事に帰ることまでが任務だ」
これはオレの安全を祈るための言葉ではない。
帝国内で命を落とすことがあっては、この盗賊団にまでつながる何かを残しかねない。一切の証拠を残さず「無事」に帰ること、そこまでが任務だ。
もう一度、オレは頷いた。
「では、サラ様。本日はこのアジトで不自由はあるでしょうが、ゆっくりとお過ごしください。明日にはアークブレッド帝国へ動いていただきます」
ケインの言葉にサラは少しビクッと肩を震わせたあとに、大きく頷いた。その表情からいくらかの不安は感じとれた。
*
頭領の部屋を出てからオレはアジトを出た。後ろからはサラもついてきた。
「どうした? 浮かない表情だな?」
明らかに表情は暗い。先ほど食事班と話していたときのような明るさはない。
「別に何でも……」
「明日からはしばらく一緒に行動することになる。何か不安事項があるなら教えてくれ。それが命取りになることだってある」
たとえ二人という最少人数であっても、複数人数で動くのであれば意志の疎通は必要となる。わずかな認識の相違が大きな被害となることもある。
不安と思うことは聞き出しておく必要がある。
「もし、オレでは頼りないというならば、別の従者だって今ならつけられるが?」
「違います!」
サラは否定した。
「昨日だって、結局、リアムさんやレイミさんを危険な目に遭わせたばかりで、やっと落ち着いたと思ったら、また明日からリアムさんを危険な可能性のある場所まで連れていくことになってしまったと思うと……」
「まだ、自分の存在が罪だとか思ってるのか?」
オレは大げさにため息をついた。
「オマエが不安に思わなくても、オレは今までに散々危険な任務をこなしている。それこそ命を落としそうな任務だって何度も経験した。そのオレが付いていくことを不安に思うならば、それはオレに対する
「そんなつもりは……!」
「じゃあ、オレを信じろ」
「え」
「オレはサラを亡命させるまで守れという任務を受けた。それならば何があろうとオレはその任務を果たすし、サラを守ってみせる」
サラがオレを見ていた。その目でオレの何を値踏みしているのかまではわからない。そんなことを見通すような目は持っていない。
「リアムさんは」
「あ?」
「私のことを『サラ』と呼んでくれますね」
サラが微笑んだ。
「安心しろ。任務中は『王女』と呼ぶ」
「そういうことではなくて。今までずっと『王女』と呼ばれてきたので『サラ』と呼び捨てするのは両親や家族ぐらいでした」
王族であればたしかに周囲の者から呼び捨てで呼ばれることはないだろう。
「この盗賊団ではかつて貴族だったり、どこぞの名門出だっていたりするんだ。だからといって『様』付けなんてしない。身分の差なんてない」
「いいことだと思います」
「まぁ、頭領って存在はいるけどな」
「誰かがまとめないと個性のある方ばかりだとまとまらないですしね」
実際、テオの次に誰が偉いのかと問われると皆の答えはそれぞれ違うかもしれない。ケインだと言う奴もいるだろうし、ありとあらゆる鍵を開けてみせるトキネだと言う奴もいるだろう。
「さすがに今まで王族はいなかったが」
と自分で言って、僅かにためらいが生じる。自分こそが元王子ではあるからこそだが。
「ここでは王女だろうと、オマエのことはサラでいいだろう」
そう言うとサラは微笑んだままゆっくりと頷いた。
「私が生きているという感覚が沸いてきますね。どこぞの王女でなく『サラ』としての私が」
その水色の瞳をみたとき、あの短刀に埋め込まれた石のことを思い出した。
エルリーアの国宝石というそれを見ているだけで穏やかな気持ちになっていく感覚があった。いまサラの瞳を見ているだけで穏やかな気持ちになっていくのはなぜなのか。
これこそが彼女が持つ王族の血の成せるものなのか。
優しく吹く風がサラの髪を揺らす。
「明日から、またしばらくお願いします」
そう言って、サラは昨日も見たような丁寧なお辞儀をした。