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第11話

 森を出てから南へ進むこと半日、森を抜けてしばらくは仲間たちによって先導してもらったが、途中からはサラを馬車に乗せてオレたち二人は進んでいた。


 王女1名と従者1名という形を取っているのは、アークブレッド帝国側の警戒心を薄れさせる目的もある。正式にサラが入国となれば、原則としてエルリーアからのお供は、ほぼ返されてしまうだろう。1名であれば潜り込ませられるかもしれない。


 サラは馬車の中で外套を頭から被っている。

 外套だけでなく衣服はすべてエルリーアから彼女が持ってきたものとしている。エルリーア製の衣服の目利きが出来る者が相手側にいるかはわからないが、できるだけエルリーア製の素材で向かうべきと考えたからだ。


 ただし、森の中や攫われたときに汚れてしまっていた。

 昨日、サラの衣服はすべて洗濯されており、初めて森で会った一昨日より綺麗な色合いとなっている。

 亡命する王女にふさわしい格好はみすぼらしいべきなのか、整えておくべきなのか、いくつか意見があったが綺麗な身なりで行く方針となった。



「そういえば、リアムさんは」


 馬車の中からサラが話しかけてきた。陽射しを避けるためにフードを被っているので表情までは見えない。



「何ですか? 王女」

「リアムさんは、アークブレッド帝国に行ったことがあるのですか?」

「私ですか? いや、私は一度もございません」

「あ、そうなんですね……」


 アークブレッド帝国にはオレも訪れたことがない。


 特に避ける理由はなく、これまでこの国に対するオレの任務がなかったからだ。

 そもそも荒んだ国や滅んだ国でこそ盗賊の仕事は増える。崩壊した城から何かを見つけ出すことや、混乱の中での対抗組織への情報収集、人の捜索などの仕事などがある。トレジャーハントの分野もだいたいは荒んだ国や滅んだ国に多い。


 世界の中で上位に位置する強大な軍事力を誇るアークブレッド帝国では、そんな任務はほとんど発生しない。

 オレたちの活動が必要ないほどに治安は安定しており、外から見ている分には混乱が生じているというような話題はない。大国ゆえに隣国との戦争の話題がいくつかあがるが、ここ数年は国同士の戦争となったことはない。

 むしろ巨大な魔物の撃退として名を馳せており、巨大竜をも退ける部隊がいるという話だ。


「あの」

「はい?」

「なぜ、まだお城についたわけでもないのに先ほどまでと言葉遣いが違うのですか?」

「ああ……既に任務中なので。ボロが出ないようにするためです」


 そう応えるとサラはなぜか黙ってしまった。


「一つお願いしたいことがあります」


 サラが口を開いた。


「はい、なんでしょう?」

「周りに誰もいないときは普段の言葉遣いで話してください」

「……それは望ましくないです」

「なぜでしょう?」

「もし会話を誰かに聞かれてしまうと、私が本当の従者ではないと秘密が漏れる危険性が高くなります。どこで誰が聞いているか、最低限、いや最大限の目は使いますがすべてを悟ることができるとは限りません」

「それでも」

「それでも?」

「……それでも、私のことを名で呼んでくれる人がいなくなるのは寂しいです」


 また、サラは黙ってしまった。

 フードを被ったままなので、表情は読めない。


 だが、昨日の会話のこともあり、彼女は自分という存在を認識してもらいたいのだと感じた。




「わかった。本当に誰もいないときだけならば」

「ならば?」

「普段の言葉で話すことにする。名を『サラ』と呼ぶよ」

「本当ですか?」


 振り向かなくても喜んでいることが伝わるような声が聞こえてきた。


「その代わり、サラも逆に従者に話すような言葉遣いの使い分けをしてくれ」

「と言うと?」


 オレの言葉が意味するところがサラには伝わらなかったらしい。


「この先、オレに対して『リアムさん』と呼ぶのはおかしいだろ? 敬語もおかしいんじゃないのか? もっと命令口調でもいいんじゃないか?」

「……お城にいるときも私は皆に丁寧に話していました。誰であっても敬称は付けていました。たまにボロが出てしまいますが」

「そうだったのか……」


 王族というのは窮屈なものなんだな、とオレは思った。誰と話すときでも敬称を付けて、敬語を使っているなど疲れてしまいそうだ。


 そして、なるほどとも思った。

 昨日、名前を呼び捨てされたことぐらいで自分が生きている感覚を得られると言っていたのはこういうことが原因だったのかと伝わった。



「そうか。だが、ボロが出るというならば、本当のサラの話し方はどんななんだ?」


 そう言うと、サラはまた黙り込んでしまった。


「どうやって話すことが本当の自分の話し方なんですかね……」


 本当に悩んでいるようだった。


 思わず「家族の前でもそんな話し方なのか?」と聞きそうになりオレは声にするのを飲み込んだ。それは言ってはいけない。

 家族のことに触れてしまえば、エルリーアのことを思い出してしまうかもしれない。


 心の傷の深さは見えはしないが、すべてを振り切れるほど時間は経っていないだろう。


 国は滅ぼされ、おそらくは親兄弟とも生き別れ、最悪の場合はもうこの世にはいない。

 どう接することが正しいかはわからないが、こちらかエルリーアを思い出させるような発言は控えることにしよう。


 アークブレッド帝国に行けば、嫌でもエルリーアについて話さなければならないのだから。

 そんなことを考えている時だった。


「リアム」


 不意に名前を呼ばれた。

 振り返るとサラはフードを外してこちらを見ていた。なんだか照れているような顔にも見えた。


「私も試しに貴方を呼び捨てで呼んでみてもいいでしょうか。ゆっくり、自分の話し方を思い出しながら、自分を出していきたいです」


 思わずフッと笑ってしまった。

 呼び捨てをすることに許可を取るなど、あの盗賊団では一度もなかったことだった。


「どうぞご自由に」


 オレは前を向き、アークブレッド帝国への道を進み続けた。


 心地よい風と青い空の下、馬車は軽快に進んでいく。

 アークブレッド帝国までもうすぐだ。

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