城門の前には当然ながら見張りの兵が四人立っている。
リアムは「ここで待っていてください」と言ってから兵たちのほうへと歩いていった。
兵たちは何事かと警戒する様子があったが、リアムは身振り手振りをしながら何かを話している。
「伏し目がちにフードを被っていてください」と言われたので、私は伏し目気味にリアムたちを見る。四人の兵たちがこちらを見ている気がする。いま、リアムたちは何をどこまで話したのか、私がエルリーアの王女であることは当然話したんだろう。
あとは私がどうやって王女であるかを示すだけだ。
そう思っているときだった。
上から光が射すような感覚があって、空を見上げると何かの影が見えた。鳥だ、逆光で色がよく見えないけれど、澄んだ鳴き声をしていた。
それは真っ白なカナリアだった。
無意識のうちに私は左手の甲を差し出していた。
私の左手にゆっくりとカナリアが舞い降りる。左手首に乗った白いカナリアは光沢のある美しい羽を持ち、その白い羽毛の中に黒い瞳が見えた。
こんなところにカナリアが偶然飛んでいるはずはない。これは誰かが飼っているカナリアだろう。私の左手に止まるカナリアの左足首には小さな指輪のようなアンクレットを付けていた。
「サーシャ!」
女の子の声がした。城門から出てきたのは少女だった。茶色のワンピースを着た金髪の子だった。
その子は私の手首に止まるカナリアを見つけるとこちらへ駆け寄ってきた。
「あ、姫様!」
兵士の誰かが叫んだ。
姫様?
思わずビクッとしてしまったが、それは私に向けられた言葉ではなかった。兵士たちの目はこちらへ駆け寄って来る女の子に向けられていた。
「サーシャ!」
それはカナリアの名前だったようだ。女の子は私の手首に止まるカナリアを見上げながら言った。
「貴方のカナリアですか?」
私が問うと女の子は大きく頷いた。
まだ幼いようであるけれど、手入れされた美しい金色の髪と曇りのないような茶色の瞳が美しかった。
「急に逃げちゃって。どこに行っちゃったかと思ったけど、見つかってよかった」
「それはよかったですね」
女の子が左肩を差し出す。
「さぁ、お帰り」
私がそう声をかけるとサーシャと呼ばれたカナリアは私の手首を離れ、女の子の左肩にゆっくりと降りた。
「どうもありがとう」
「いえ、たまたま私のもとに降りてきただけですので、御礼を言われることではありません」
「それにしても珍しいこともあるものね。私の家族以外に全然懐かないサーシャが初めて会った人のもとに止まるなんて。私以外の人に全然懐かないのよ。あそこの兵たちなんて何度もつつかれているのよ」
「そうなのですか?」
「貴方……不思議な綺麗な瞳をしているのね」
女の子に目を覗き込まれそうになり、思わず私は目を逸らした。
「姫様、お戻りください」
兵士の一人がこちらへ寄って来た。
やはり、この子は「姫様」と呼ばれている。
この城の中で「姫様」と呼ばれている、それはすなわちこの子がこの国の第一王女であるエリサということなのかもしれない。
私が10年ほど前に赤子の姿で見たのはこの子だっただろうか。情けないことにどんな顔の赤子だったかを思い出すことができない。
「この人たちは? 何か用でもあるということかしら?」
「なんでも……エルリーアの生き残りで、この女性は王女であると、あの男が言っていまして。亡命させてほしいと」
「エルリーア!?」
少女が大きな声をだすと、カナリアは少し驚いて一瞬飛んだがすぐにまた彼女の肩に降りた。
「本当に? それは大変だったでしょう。是非、お城に」
「姫、お待ちを」
「何を言っているの? 同盟国の王女がいらしているのに何をもたもたと」
「この者たちが本物のエルリーア王族とその関係者であるという証拠がないのです。そう簡単に認めるわけには」
「証拠ぉ?」
少女は両手を広げて、呆れたかのように大きなため息をついた。
「サーシャが最初から懐くなんて普通の人にはできないわ。
「な……姫様、これは一度、王に」
「聞こえなかったの? 誰の名のもとに許可をしたか」
やはり、この子こそが第一皇女・エリサ。
「大きくなられましたね
「え?」
「私は貴方にお会いするのが二度目です」
「……え?」
「一度目はまだ貴方がお生まれになったばかりの頃です。生まれながらにして輝いていたあの瞳はいまも失われていない」
「申し遅れました。私はエルリーア第一王女・サラ =エルリーアと申します」
私は外套の両端を軽く摘まんで持ち合上げて会釈をした。
エリサはぽかんと口を開けたまま私を見ていた。
サーシャと呼ばれたカナリアが短く透き通った声で鳴いた。