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第16話

 アークブレッド王との謁見後、私たちは先ほどの部屋に戻された。

 滞在のための部屋が準備されるまでの間までらしく、それほど時間はかからないとのことだった。


「よく、本物の王を見抜くことができましたね」


 窓の向こうを見たままリアムが言った。

 先ほどまでの筆談とは異なり、声を出して話していた。私が戸惑っている様子を悟ったのだろう。


「この部屋の周りにさっきまでいた警備がいなくなっています」


 とリアムは言った。

 彼の金色の目ならば、おそらくこの人は部屋の周りに誰かがいるか否かがわかるのだろう。


「警戒が解かれたと言うこと……?」


「わかりません」


 リアムは首を横に振った。


「先ほどは近くに数人が配置されていましたが、いまは誰もいません」


「……それならばリアムはいつもの口調で話せばよいのでは?」


 敢えて「リアム」と呼んでみた。


「念の為です」


 ボロが出ないように、という意味だろう。


「用心深いのですね」


「常に想定外のことが起きると想定しておくべきですから」


 そう言ってリアムはまた窓の向こうを見た。

 この人が見ている景色は私と同じものであるはずなのに見えているものは全く違うんじゃないかと思えてくるから不思議だ。


「とは言っても」

「え?」

「同盟国として王女を受け入れてくれた、これは大きな一歩です」


 その言葉を聞いて胸に痛みが走る。

 そうか、リアムは任務でここに来ているんだ。決して私のためなどではない。

 盗賊団の頭領テオからの任務でここにいるに過ぎない。私がこの国で受け入れてもらえれば、リアムはエルリーアの従者として、この国の中をあとは彼の任務としてこの国の情報をある程度、収集してしまえば去っていくんだろう。


 そう思うと、妙にリアムが遠くにいるように思えてきた。


「王女……どうされました? ご気分でも?」


 少し落ち込んだ気持ちが表情にも出てしまったのだろう。こちらを向いたリアムが心配そうな顔で私を見た。あの顔も従者としての演技なんだろうか。


「王女って呼ばないで」


「はい?」


 思わず出てしまった言葉にリアムが驚いた顔をした。


「いえ、お気になさらずに。別に何でもないです。」


 努めて笑顔を返し、私は椅子から立ち上がる。


「いや、なんか落ち込んだような顔を……」

「してません」


 私は彼の言葉を止める。


「そうですか。で、あればよいのですが」


 リアムは微笑んだ。

 一体、どの顔が本当の顔なんだろうか。


「ちょっと失礼」


 私は立ち上がる。勝手に察してくれたリアムは「部屋の外はお気をつけてください」と言った。

 私は頷き、部屋のドアを開ける。閉じ込められているわけではないのでドアの向こうは誰もいなかった。

 衛兵の一人でもいるかと思ったので、少しばかり拍子抜けした。

 たしかにリアムも部屋の周りには誰もいないと言っていた。


 同盟国とはいえ、他国の人間が出入りしているのに少し不用心な気もした。もっとも、この状態のおかげで私は廊下を歩けるわけだが。


 私などには何もできない、金品もない無力な姫は暴れもしなければ、逃げもしないと思われているのかもしれない。


 廊下は外に面していて、左手側には中庭が見える。緑の織り成すいい匂いのそよ風が吹いてくる。


 アークブレッド帝国の中庭は、ちょっとした庭園のようだった。長い廊下と同じ分だけ中庭が続いている。どこから引いたのか小さな川まである。

 そんな中、歩みを進めると、上から鳥の羽が羽ばたく音が聞こえた。見上げてみるとそれは白いカナリアだった。


「また、エリサ王女のカナリアが逃げ出しちゃったのかな」


 私が少し小走りで追いかけると、少し先の踊り場に人が立っているのが見えた。

 背の高い、黒髪の男の人のようだった。


 カナリアは、その人がいる踊り場のほうへと飛んでいく。

 あの人のそばでカナリアが止まらないかな、と思った

 そして、同時にさっきエリサが言っていた言葉も頭の中でよみがえる。あの鳥の名はサーシャ、そして――、




 サーシャの羽ばたきの音に気づいたであろうその男の人は、ゆっくりとこちらへ振り返った。


「どうした、サーシャ」


 彼がそう言いながら彼は自分の左手を差し出した。

 白いカナリアはゆっくりと羽ばたきをおさめ、その左手に止まった。


 その男の人が私に気づく。冷たさと美しさが同居しているような瞳が私を捕らえる。


「これはこれは――、未来の花嫁候補様じゃないですか」


 彼はそう言って、微笑みを浮かべた。

 背筋がゾクッとするような氷のような微笑みだった。





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