「なんだ貴様は!」
倒れた男の一人が叫ぶ。リアムはすぐさま剣を抜き、その剣先を男の前に突き立てた。
「私はサラ様を守る者。危害を加えるものには容赦しない」
リアムが言った。
リエル王子とも通じるような凍てつくような雰囲気が伝わってきた。
「なんだと……!」
剣先を向けられた男が立ち上がろうとしたが、
「やめておけ」
リエル王子が制した。
「その男はオマエたちより強い。やりあえば血は避けられない。城内を汚すわけにはいかない」
その言葉を聞いて、リアムは剣を倒れている男から少しだけ離した。鞘には戻していない。
「……リエル王子、これは何のお
リアムが言った。充分すぎるほどに無礼な嫌味だった。
しかし、リエル王子は意に介していないのか、不敵に笑みを浮かべているだけだった。
「王女を守るとか言ったが、どうみても
「そうですねぇ。騎士のような立派な者ではない名乗るほどの者でもありませんよ、王子殿」
それからしばらくの間、二人は沈黙した。
リエル王子はリアムを見ていた。リアムもまたリエル王子を見ているのだろうか。
「ふむ……。ただの従者にしてはそこそこ使えそうな奴だな。しかし、
「2つ?」
「我がアークブレッド国に従うか、逆らって始末されるかの二択だ」
リエル王子は左手の人差し指と中指の二本を立てた。
「どちらにしても」
「ん?」
「王子殿の言うどちらであっても、王女からエルリーアに関することはすべて奪われるのでしょう? エルリーア製は残さず、この国に取り込む」
エルリーア製のものを消す、それはありえることだ。
同盟国などに政治的意図で婚姻関係を結ぶ場合、嫁ぎ先の国のものにすべて洗い替えられる。服も靴も髪飾りもすべてだ。糸一本残さず、相手の国のものを身に纏うことになる。
「そうだろうな」
「そうなれば、オレもまたどちらにしても不要になるのでしょう?」
思わず目を見開き、「えっ」と声が漏れてしまった。
私がもしリエル王子の花嫁候補になるのならば、
「なるほど。オマエはどちらにしてもこの国から消える運命にあるということか」
王子は笑った。しかし、目は笑ってはいない。
「ならばどうする? ひと思いに暴れてみるか? そうすれば王女の身は……」
王子が何かを言い終わる前に、リアムは剣を鞘に戻した。
「ひとつ提案ですが」
「提案?」
「リエル王子の権限でこの国のどこかの部隊に入隊させていただけませんかね」
初めてリエル王子の目が、驚きによって見開かれたような気がする。それほどにリアムの言葉はリエル王子にとっても予想外だったということなんだろう。
「何を言っているんだ、オマエは」
「この国から去ってみたところで、どうせオレは浪人の身なのです。先ほど、王子殿もオレの腕は認めてくれたのかなと思いまして。この腕を売ってみるのもよいかなと」
そう言って、リアムは右腕の拳をリエル王子に少しだけ突き出した。
王子は、高らかに笑った。
「なるほど。それが、オマエと王女の両方をこの国に残す方法か。考えたものだな」
「どうです? この腕を買っていただくのは?」
「断れば?」
「さぁ……どうしましょうかね」
リアムは両手をゆっくりと広げる。手には何も持っていない。
それなのに、その後ろ姿からは何とも言えない不気味さが感じられた。まだ、何か手があるのではないかと思わせるような仕草だった。
リエル王子はフッと笑みを浮かべた。
「この国で飼っておくのも一興……か」
「王子、まさか!」
その続きを言わせないかのように、黒服の男たちが身を起こし立ち上がる。
「いいだろう。オマエをアークブレッド直属の軍隊への入隊を認めよう」
「お待ちください! この者は危険な……」
一人の黒服が王子を止めようとした瞬間、どこから出したのか王子はナイフを手にしており、男の顔面の前に構えた。
「オマエはオレの決定に文句が言える立場なのか?」
「いえ、滅相もございません……」
血の気が引いていく男に、ニヤリと笑い、王はナイフをスッと離し、「それに、だ」と言った。
「こいつのような奴をそこら辺に放っておいてみろ。いずこかに潜伏し、いずれこの国に牙をむく存在になりかねん。そうなればアークブレッドにとって害でしかない。であれば、この国の管理下に置くべきだ」
「はっ……」
「ところで、エルリーアの生き残りよ。オマエは名をなんと言うのだ?」
王子がリアムを指差した。
「ルーク=クアルテッド」
リアムは偽名を名乗った。
さっき私は思わず「リアム」と言ったような気がしたが、王子は気づいていただろうか。
不敵に笑う王子は私を見た。
「亡国の王女よ。こいつに感謝するんだな。こいつを飼うために、オマエは花嫁候補としてこの国に残ることができるのだ」
背筋がぞくりとする冷たい笑みを浮かべて王子は、そう告げると身を翻し、私たちが来た方向とは逆の方向へと去っていった。
*
王子が去っていくのを見届けた後、リアムがこちらに振り向いた。
「大丈夫でしたか?」
リアムが右手を差し出し、私がその手を握ると引き上げてくれた。
「大丈夫……。それにしても貴方は予想の範囲にすら入らないことを思いつく人なのですね」
「私も自分の任務を果たす必要がありますからね。咄嗟の思いつきです」
「もとからあった考えではないと?」
「そうですね」
「信じられない……」
「さぁ、部屋に戻りましょう」
リアムは微笑むと歩き始めた。
咄嗟の思いつきというのは本当なのだろうか。
「リアム」
私が声をかけると彼は振り向いた。
「ここではルークと呼んでいただかないと。誰が聞いているかわかりません」
「わかっている」
「では今後は」
「それでも、言いたかった」
「はい?」
「リアム……助けてくれてありがとう」
私はその名を呼んで頭を下げた。
「王女たるものが従者に頭など下げないものですよ」
私が頭を上げると、リアムは前を向いて既に歩き始めていた。
誰一人味方がいないと思っていたこの国で唯一、頼ることのできる存在、それがリアムだ。これからもこの国で一緒に過ごせることは本当に嬉しい。
そう、思っていたが、事態はそれほど簡単ではなかった。
それから、たった一時間もしないうちに私たちは引き離されることになるのだった。