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第19話

「お迎えにあがりました。エルリーア第一王女・サラ様。これより滞在していただくお部屋へご案内いたします」


 部屋に戻ると女性の従者が二人やってきた。

 部屋への案内と言われて、「ああ、この部屋で過ごすのではないのか」と私は気がついた。


「では、王女様はこちらへ」


 王女様

 そして、また気がついた。私がこれから連れていかれる部屋にはリアムはいないということを。それは当然のこととも言える。王女と従者を同じ部屋に置いておくことはまずないだろう。それに、リアムは直属部隊に本当に入るというのならば尚更だろう。


 当然のこと、それは頭の中では理解しているが、これほど不安になることはない。


 胸の奥から不安に掻き立てられ、思わず私はリアムの顔を見た。リアムは二人の女性に頭を下げる。


「どうかサラ様のことをよろしくお願いいたします」


「承知致しました。我々のできる限りのことをさせていただきます」


 女性たちも頭を下げた。


 リアムは顔を上げ、私を見た。


「あ……」


 声が漏れた。

 何かを言わなければ。何かを言わないと、このまま会えなくなってしまうのではないか。

 いくら同じ国の中にいるとしても。


「大丈夫です。この国の方たちを信じてください。貴方のそばできっと助けになっていただけるはずです」


 リアムは微笑んだ。あくまでも優しい微笑みだったが、これは彼の外用の笑い方だろう。

 それは突き放しにも感じられた。



「……ルークも、無理をしないように」


 なんとか声を絞り出す。声が震えては女性たちが不審に思うかもしれない。つとめて声を落ち着かせて私は言った。


「承知いたしました」


 リアムが頭を下げる。


「では、王女様、こちらへ」


 私は頷き、わずかばかりの荷物を持って女性たちの後ろに続いた。

 部屋を出て、廊下を歩く。だんだんとリアムがいる部屋が遠ざかっていく。エルリーアを抜けてからどれぐらいの時間が流れたのか。リアムに出会ったのは、本当に最近のことだが、私が攫われたときも、この国にやってきてからも、いま彼ほど頼りたい人物はいない。


 涙が出そうだった。


 ボロボロに泣いてしまいたかった。


 しかし、ここで泣いているわけにはいかない。


 リアムが作ってくれたこの道を無駄にするわけにはいかない。 私はここで「生きる」んだ。



*

 中庭の庭園を見ながら歩くと、ついさっきの出来事を思い出す。


「ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」


 私から声をかけてみた。女性の一人が「はい、なんでしょう」と振り向いた。


「リエル王子とは、どのような方なのでしょうか」


 その問いに、一瞬、女性の表情が固まったような気がした。


「とても聡明なお方です」


 その答えに私は頷く。

 質問したこちらが悪かった。城内の廊下で王子について悪く言うことなどできないだろうし、中途半端に褒めるのも変なのだろう。ちょっと悪いことをしてしまったような気がした。


「ありがとうございます」


 つとめて笑顔で御礼を言った。

*

 案内された部屋は先ほどリアムといた部屋よりも倍以上は広かった。

 寝室と生活をする場所がわかれており、それぞれ充分すぎる部屋となっていた。寝室にあるベッドは上等な羽毛だと感じさせる柔らかそうな掛布団が敷かれていた。天蓋まで付いており、まるでどこぞの王女の部屋だった。


「急ごしらえの部屋ゆえ、不足している者があればお申し付けください」


「そんな……ここまでしていただいて感謝しかありません」


「王女様には湯浴みの後、大変申し訳ないのですが、エルリーアの衣服などは預からせていただきます」


「……はい、承知の上です」


 湯浴みの後は、完全に私はアークブレッドのものに包まれることになる。


 花嫁候補、という言葉が頭の中を過ぎる。

 私の人生は、もしエルリーアがあんなことにならなかったとしても、この国に嫁ぐことになっていたのだろうか。

 それを問いただしたくとも、父も母もこの場にはいない。焼け落ちるお城の中で私はわずかな従者とともに落ち延びたが、父も母も行方はわからないままだ。


 小国であるエルリーアが生き残っていくには、大国である同盟国アークブレッドに頼る以外なかったのかもしれない。


 しかし、いまは国どころか王族は私しかおらず、生き残った国民もおそらくは散り散りになっている。人を不幸にしかしない呪われた存在の私だけが生き残っている。

 生きている意味があると考え、私は生きていくことにしたが、国がどうなったとしても、私の運命の行き先はこの国に嫁ぐことだったのかもしれない、それは遅かれ早かれ起きることだったのかと自虐的なことを思いながら、私は従者の女性に連れられ、部屋を出た。



*

 湯浴みを終えたあとに用意されたのは、当然のことながらアークブレッド帝国が用意したものだった。

 真新しいローブに袖を通すと花の香りがした。

 優しい着心地の服は気持ちよく、ここしばらく感じたことのない柔らかさだった。最善を尽くしてもらっているはずなのに、どこか空虚な気持ちもあった。



 夜のとばりが落ちて、窓の向こうには三日月が見えた。



 あの月はエルリーアで見た月と同じ月だろうか。そんなことを思いながら私は闇に落ちていくように眠りに落ちた。


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