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第20話

 アークブレッドに保護されてから一週間が過ぎた。


 従者の女性たちは私に優しく接してくれて、温かな食事も運んでくれる。ベッドのシーツは清潔なものを用意してもらえる。衣服も毎日新しく提供される。

 城から逃亡してからの生活を思えば、これほど手厚い待遇はほかにないだろうというぐらいだった。

 与えられていないのは、行動の自由だ。城の中ならばある程度は自由に動き回ることを許されているが、城の外へは完全に禁止されていた。エルリーアの姫が逃げ込んだことは非公式のことであり、他国の誰かが知った場合、私にも危険が及ぶかもしれないからという理由からだった。


「王女の身の安全を保障するならば城の外には出ぬことがいちばんなのだよ」


 アークブレッド国王はそう言っていた。

 それはそのとおりだと私も思う。

 ただし、リエル王子には全く会っていなかった。


 花嫁候補になったと言えど、私は王子に好かれているわけではなく、あくまで『エルリーアの秘宝』のために利用されているだけだ。そこに愛などあるはずもない。私のいる部屋になど会いに来る必要はないのだ。

 そして、私から会いにいくこともまた叶わないらしい。


「リエルは多忙な身でね、あまり動けない私に変わり、外交や軍事の面で大きな役割を持っているんだ」


 そう言うのはアークブレッド国王だ。私の部屋に一日一度は訪れてくれる。

 いつも優しそうな微笑みを浮かべながら話してくださる方だ。


「私は、幼い頃からあまり身体が強くなくてね、目もあまりよくない。軍事面で先頭に立つにはふさわしくないんだ」


 国王は生まれつき身体が強くなく、目もあまりよくないということは私も聞いたことがある。実際にリエル王子よりも色が白く、線も細い。目の色素も薄い。軍事という面で強さを発揮することは難しいだろう。

 何度か病に伏せた時期もあったらしく、父や母がお見舞いに何度か言っていた記憶がある。


「リエルはいまや軍事や外交で国の先頭に立っている。城を明けてばかりで申し訳ない」

「いえ、謝っていただくことなんて何もありません」

「貴方にはこの国で自由に過ごしていただきたいところだが、もうしばらくは不便をかけると思う。困っていることがあれば、なんでも言ってほしい。可能な限りはお応えしたいと思う」


 強国の王であるというのに、小国の王女に過ぎない私にもなんて寛大な方なんだろうと思う。

 感謝の言葉を伝え、望むことなど何もないですと伝えた後に王が、


「こちらから一つだけお伺いしてもよいだろうか?」


 と右人差し指を立てて私に言った。


「はい。なんなりと」

「……この国に来られたあの日、なぜ玉座に座るものが偽者であり、しかも私が本物であると其方は判断することができたのだろうか? いや、其方を試してしまったことは誠に無礼なことであったが」

「そのことですね……」


 あのときの王の間での出来事を私は思い出す。

 偽者の王は、実は大臣の一人だったということは後から教えてもらえた。


「あのとき……そうですね。謁見しているときに違和感を覚えたのです」

「違和感?」

「うまく申し上げることができないのですが……玉座に座る方を見ていると、何か違うと思うところがありました。それは王としての後光とでもいうのか……、それで横を見たときに身に纏うものこそ大臣のものでしたが、光り輝くものが見えました。そして、記憶の糸も繋がり、貴方こそ王だと感じたのです」

「ふむ……では我が息子・リエルにはその光とやらが見えたかね?」

「意地悪なご質問ですね……。そうですね……王子からは」


 一週間前に会ったときのことを思い出す。カナリアのサーシャが王子の腕に降り立ったあのときだ。


「そう、王子からは白く冷たい光を感じました。気を抜いたらこちらが凍てついてしまいそうな光です」


「なるほど。白く冷たい、か。下手な占い師紛いとは異なり、其方が言うと何か信憑性のようなものがあるな」


「そんなことはございません。私には何の魔法も使えません」


「エルリーアの王族には不思議な力があると言われていることを知っているかね? かつては神と会話ができたともされているが」


「はい、我が国に古来より伝わる話ですね」


 幼い頃から絵本の読み聞かせのように聞いてきた話だ。

 エルリーアの王族は、その昔、天の神と会話をし、神託を受けたとされるものだ。神から与えられた神通力により、山間の国を開拓し、作物の豊穣が訪れる土地としたというものだ。



「其方にも何かしらの力があるのかもしれない」

「私が申し上げるのも恐縮ですが、あれは神話や伝説の類です。私は神の声は聞いていないですし、豊穣が訪れるようにする神通力も使えません」


 もし神通力なんてものが使えたのならば、エルリーアが滅ぶはずはなかった。

 それを声にすることも空しく感じられ、私は何も言わなかった。


「しかし、其方が私を見抜いたことも確かだ。リエルの冷たい心に何か変化を与えられるようなことがあれば、と私は期待している。重責に感じる必要はなく、そうだったらなと言う程度のものだがね」


 アークブレッド王は優しく微笑み、私も思わず微笑み返した。

 軍事大国らしからぬ穏健な王なのだなと私は思った。


*

  王が出ていかれてからは、侍女の方以外はこの部屋に誰も訪れることはない。

 窓から見える景色を見ながらため息をつく時間はどれほど積み上げただろう。


 至れり尽くせりの身分に感謝を忘れてはいけないと頭の中ではわかってはいるが、何も変わらない日々でどこにも出られないということは、寂しいものだ。


 リアムは、どうしているんだろう。


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