「本日、リエル王子が帰還されます」
朝から侍女の女性がそんなことを言った。
それはすなわちリエル王子が私と会うという意味ではないだろうと思い、「そうですか、ありがとうございます」と返したときだった。
「また、本日より侍女が一人加わりましたのでご紹介いたします」
言われれば、いつも私と接してくれる二人の後ろにもう一人の存在が見えていた。茶色の髪をした小柄な女性だった。
その女性は顔を伏せたまま前に出る。両手を胸の前で重ねる。
私はその女性の姿をみたとき、思わず「あ」と声を出しそうになるのを必死に堪えた。
「レイミ=ロシュ=ジルベールと申します。まだこのお城に入ったばかりで不慣れな点もございますが、王女様のために尽くさせていただきます」
それは間違いないく、レイミさんだった。
リアムと同じく、あの森で出会った私と同じくらいの女の子だった。
「王様が、同年代の話し相手がいたほうがよいのではないかということで、配属となったのですよ」
これまでいろんな世話をしてくれたルイゼさんが言った。もう一人のスージーさんもそうだが、たしかに私より一回り以上は年上の方だ。
レイミさんのような同じ年ぐらいの子を配属させてくれるなんて、王は気配りにも優れた方なんだなぁ。いや、それよりもなぜここにレイミさんが……そんな私の動揺を見透かしたかのようにレイミさんはにっこりと笑った。
「あ、ありがとうございます。ルイゼさんもスージーさんももちろん話しやすかったんですが」
「こちらにお気遣いいただく必要はございません。少しでもこのお城に慣れていただければ私どもとしては嬉しいことです」」
そう言うと、お二人は「レイミとも仲を深めてくだされば」とレイミさんを置いて部屋を出て行った。
部屋に私とレイミさんだけとなり、しばしの沈黙の後、私が口を開く。
「レイミさん……ですよね?」
「はい」
「リアムさんと同じ盗賊団の……」
「ここではそれは伏せていただきたいですねぇ」
レイミさんは、ニッと笑い表情を崩す。
「どうしてここに……」
「ルイゼさんの言ったとおりです。王から同じ年ぐらいの話し相手がいるほうがよいだろうと仰せつかって」
「そうじゃなくて! なぜこの国にレイミさんがいるんです? 一体……」
「リアムさんから連絡をもらったからです」
その言葉に、私に思考回路が一瞬止まる。
「リアムさんがアークブレッド軍に入ることになった連絡を受けてですね、王女の身辺を守るには誰か侍女なりで入り込むしかないということで、それで私が選ばれました。侍女として採用してもらったのは一週間ほど前ですけどね」
「リアムが……」
もう一週間以上も会うことが出来ていないが、いつのまにかリアムがそんな手筈を整えていたなんて思いもよらなかった。
「だんだん王女に近づくことを目標にしてたんですが……王女?」
レイミさんの言葉が止まった。私に気をかけたからだ。
私の目から涙が流れていたからだろう。
私はリアムと離れることになったあのときのことを思い出していた。リアムはたしかに私に言ってくれたのだ。
『大丈夫です。貴方は一人ではありません。私ではなくとも、きっと貴方を助けてくれる人が現れます』
もしかしたら、あの時点ですでにレイミさんを呼ぶことを決めていたのかもしれない。
そう思うと嬉しくて、嬉しくて、涙が溢れてきた。
「すいません、ちょっと嬉しくって……。ええと、どこまでお聞きしましたっけ? 私に近づいてくれようとして、それで?」
「あ、ああ、はい。そうですね。入ったばかりでいきなり近づくのは無理だろうなって思っていたんですけど、ここからは本当に偶然で、同じ世代ということでたまたま今日、ここにいます」
「そうなんですね……でも、嬉しいです」
思わず私はレイミさんを抱きしめた。
「誰も知ってる人がいないし、話し相手がいなかったのも本当で……」
「……それはよかった。ただ、ここでは以前からの知り合いということは伏せていただいて、ただの侍女として接してください。『さん』付けも不要で、『レイミ』でよいです」
「じゃあ、私のことも『サラ』と呼び捨てしてください」
「それは無理です」
レイミさんは笑った。王女という立場がある以上、侍女の立場である彼女が私を呼び捨てできないことはわかってはいる。
「でも……こうやって誰もいないときぐらいは……そのいつも畏まってると疲れちゃって……」
「そういうことですか。であれば、そうしましょうか。二人で話しているときは言葉遣いを変えましょう。潜入は私の得意分野なので、言葉の使い分けは得意です」
「レイミさんも、潜入とかされてきてるんですか、同じ年ぐらいなのに」
「子どもでも自分の食い扶持は稼がなきゃいけないからね。子どもだからこそできる潜入もあったし。もう十五になっちゃったけど。あ、で、本当に『サラ』って二人のときは呼んでよい?」
急に言葉遣いが友達のようになり、思わず私は笑った。
「全然大丈夫。レイミ、これからよろしく」
私は両手で彼女の両手を握り、胸の前に持ち上げて言った。
「こちらこそよろしく、サラ」
この国に来てから初めて友人と呼べる存在ができた、久しぶりに心から楽しくて笑ったような気がした。
話は弾み、この後に私たちはルイゼさんが来るまで三十分ほど話し続けてしまった。