それぞれで探しあって、夕暮れ前には広場で落ち合おう。そんな約束をして、寡婦の女性と分かれた。 人気の無い水路沿いの路地に残った二人は顔を見合わせる。
「ノッティ、もしかしてスキルとヴァルディに?」
『そう……』と答える前にノクティアの頭上に青白い二匹の蝶が舞い、雪煙を巻き上げると二羽のカラスが姿を現した。
『あら~宝探しですか? わくわくしますねぇ』
『うーっす。だいたい聞いてた、銀の指輪探せって?』
話が早くて助かる。ノクティアは頷く。
「急で悪いね。ああも泣いていると放っておけなくて。あんたたちの力を貸して欲しいの」
ノクティアが言うと、二羽は顔を見合わせて頷いた。しかし、ソルヴィは少しばかり複雑な面を浮かべる。
「ノッティ。一つだけ良いか? 二羽がおまえの使い魔で、実際に話した事があるから良い奴と俺も重々分かっているが……」
珍しく歯切れが悪い言い方だった。それも少し心配の色が見える。いったい何だと言うのだ。
スキルとヴァルディも不思議そうにソルヴィを見つめる。
「どうしたの?」
「ノッティは二羽から力を借りて、身体の調子が悪くならないのかと前々から気になっていた。かなり前にスキルの力を借りすぎて、ノッティも身体が壊れた事があっただろ?」
あれは去年の秋。家庭教師事件の後……随分懐かしい話だ。
「借りるという事は何か対価があるだろう?」
──二羽が何らかの神聖な存在とは、初めから分かっている。
その言葉にノクティアは目をしばたたく。
……そうか。ソルヴィはそこまで分かっていたのか。そして、制約に気付いているのか。
『旦那様……やはり色々ノクティアを思って考えていらっしゃいますね』
『だなぁ~。なぁノクティア。旦那、心配してるし、今回は僕たち撤退するぅ?』
二羽は姿を消そうとするが「待って」とノクティアは遮った。
「対価って程ではないけど制約はあるよ。スキルと視覚共有する時は、距離が離れるほど目に負担がかかる。ヴァルディは私を運んでくれるけど、ヴァルディの方はあまり力を借りる機会が無くて。詳しく分からないけど、心当たりあるのは、体力が削れるとかかな」
そんな風に言うと、ヴァルディは少し不服そうに鼻を鳴らしつつ『僕の方が五倍は移動が早いから、ノクティアがピンチの時は毎度旦那呼んでんだけど』なんてふて腐れて言う。
……そんなの初耳だ。と、いうと家庭教師と男使用人に乱暴されそうになった時も、森に入ってヒグマに襲われた時も彼の手柄か。ノクティアは少し驚いた顔でヴァルディを見ると、彼は勝ち誇ったように鼻を鳴らし『敬っていいんだよぉ?』なんて言う。
「その……ただ、ソルヴィに前使った精霊の力を借りた治癒だとか、人のために使うものは負担がかかってないの」
怪我を負ったイングリッドを眠らせた時もそうだ。誰かのために誰かを思って力を使った時には、何も身体に負担はかかっていない。極端に言えば、恨みや復讐など悪意をもって使った時だけ、あのような強い反動があった。
その旨を言うと、彼は頤に手を当てて思案顔になる。
「原動力によって違う……」
いまいち言っている意味がよく分からずノクティアが小首を傾げる。ややあってソルヴィは納得したのか、やんわりと笑んだ。
「じゃあ今回は大丈夫、だよな。ノッティ、スキル、ヴァルディ……じゃあ空からの捜索は頼んだ」
『はい分かりました』
『うぇ~い』
もはや自分に対してよりはっきり返事をしている。ノクティアは苦笑いを浮かべて飛び立つ二羽を見送った。
二羽の姿が見えなくなると、ソルヴィは緩やかにノクティアに向き合った。
「ところでノッティ。本当に今更なんだが、あの二羽とどうやって知り合ったんだ、おまえが魔女になった経緯って……」
まさか今ここで聞かれると思いもしなかった。ノクティアは驚いて目を丸くするが、すぐに目を伏せた。
「……いずれ私から話すね。ソルヴィには話さなきゃって思う」
そう言って、ノクティアは曖昧に笑み、スキルとヴァルディの飛んでいった方向へ走っていった。
※
波打ち際で倒れていた彼女を抱えた時、なんとも軽い少女と思った。
腹は薄く、あまりに華奢で抱き締めたら折れてしまいそうと思った程。
そして昨晩、素肌を触れあった時に思ったのは、やはり細い。それでも肉付きはほんの少しだけ良くなっただろう。彼女の一糸纏わぬ姿を見て初めて知った事だが、腰回りには丸みがあり、胸には女性の膨らみがささやかにもあった。
反応も表情も何もかもが愛らしかった、早くその唇を重ね、食んで愛でたくて仕方なかった。心も身体も自分のものにしたいと思った。
──深く繋がりたいと心から願った。
いずれ、この薄い腹に命を宿してくれるものなら、どれだけ幸せかと……。
だが、やはり彼女は切ないほどに儚い雰囲気がした。抱き締めたら壊れて、触れたら雪のように溶けてしまいそうな儚さを感じてしまう。
十九歳という実年齢よりずっと幼く見える寝顔を見ながら思い出すのは、初めて出会ったあの波打ち際。無様な程のミミズ腫れと紫色の打撲痕だらけ。まるで死体のように冷たかった事を……。
ノクティアが行った方向を見て、ソルヴィはそんな事を考えてしまった。
(全部、俺の杞憂かもしれないが……)
あれから一年。本当に様々な事があった。秋晴れの空を見上げて、ソルヴィはため息をつくと、ゆったりと歩み始めた。
※
スキルとヴァルディにそれぞれ頼んで、指輪の捜索をして貰って幾何か。ノクティアも街の人に聞き込みをする他、人気の無い街外れの水路の中を覗き込んで指輪探しをしていた。その時だった。
『多分スキルが見つけた! 雑木林の奥の方……』
上空からした声にノクティアが顔を上げると、ヴァルディが降り立ち、肩に留まる。
視覚を共有するよう念じた矢先だった。丸々と肥えたカラスが映る。それは、口を開けて物凄い勢いで飛びかかって威嚇した。
目を潰されるかと思った。驚いたノクティアはその場で尻餅をつく。
「び、びっくりした」
『何見えたんだよ……』
「太ったカラスがスキル襲ってた……」
『はぁ?!』
素っ頓興な声をあげると、ヴァルディはたちまち姿を眩まして、交代するようにスキルが姿を現した。 見るからにヘトヘトな飛び方だ。ノクティアが腕を差し出すと、彼女はフラフラと留まった。
「ス……スキル大丈夫? 怪我は?」
視覚共有した途端アレだ。ノクティアが心配そうに聞くと彼女は彼女はすぐにキリッと顔を上げる。
『──強情で強欲、街の残飯漁りであんなに太っているのかしら! 最低!』
私の好みじゃない! なんて吐き捨てる不機嫌そうな彼女にノクティアは目をしばたたく。普段のふんわりとしながらも冷静な雰囲気はどうした。
そしてスキルはぶつぶつと文句を垂れ始めた。
──指輪を拾ったのはオスのカラスだった。スキルはそのオスのカラスの巣で指輪を見つけて近付いたが、まず縄張りを踏み込んだ事に威嚇された。穏便に交渉しようとしたが〝おまえ良いメスだな。くれてやってもいいが、おまえが俺様のつがいになれ〟と、襲われたそう。そこでスキルは激怒し応戦したそうだが、肥えている割に俊敏だったらしい。それでヴァルディが選手交代したそうだが……。
「見つかったか?」
通常の人間からはカーカーと鳴いているようにしか聞こえない。スキルの嘆き声を聞きつけたのか、ソルヴィも戻って来た。
「指輪は見つけたみたい。でもスキルが襲われてヴァルディが交代で応戦してるの。相手は大きなオスのカラスみたいで……」
「それってヴァルディは大丈夫か?」
ヴァルディのカラスとしての体躯はスキルとそう変わらない。ほんの少し誤差と言わんばかりに大きいだけで……。
『私の可愛くて愛おしい片割れです。冥府のカラス、それも素早く力強いオスですよ。それが、普通のカラスに負けるなんて私、許しませんよ。勝たなきゃ、私が締め上げます』
いつもとあまりに違う。スキルの気迫にノクティアは圧倒されるが、言葉が聞こえるのは自分だけ。ソルヴィは眉をひそめ、何が何だかと首を傾げていた。