人たらしの達人、
大っ嫌いな相手はいる。
それが、
ある会合でのこと。
王導さま、舞妓を呼び、
踊らせるための舞台を設けた。
さて蔡謨さん、
王導さまのこの行いにご立腹。
席を辞してしまう。
王導さまも、特に止めなかった。
なにぶんアレである。
「わしが西晋で
ブイブイ言わしておった頃には、
まるで耳に入ってこなんだにな」
とか王導さまは言ってるし、
蔡謨さんは蔡謨さんで、
「王導は妾なんぞに牛耳られているな。
政もほとんど妾の言いなり、
その妾どのの元にはわいろが流れ込む。
そうだ、彼女の姓を取って、
とか言ってる。
どっちもガキかよ。
王丞相作女伎、施設床席。蔡公先在坐、不說而去。王亦不留。
王丞相は女伎を作し、床に席を施設す。蔡公は先に坐に在れど、說ばず、去る。王も亦た留めず。
(方正40)
王丞相輕蔡公曰:「我與安期、千里、共遊洛水邊,何處聞有蔡充兒?」
王丞相は蔡公を輕んじて曰く「我と安期と千里の共に洛水の邊にて遊べるに、何處に蔡充に兒有るを聞かんか」と。
(輕詆6)
王丞相有幸妾姓雷。頗預政事、納貨。蔡公謂之:「雷尚書。」
王丞相に雷なる姓の幸いさる妾有り。頗る政事を預り、貨を納む。蔡公は之を謂えらく「雷尚書」と。
(惑溺7)
蔡謨
王導さんと仲が悪い、となると
王承
東晋が設立された当時としては、功績ナンバーワンの誉れも高かった。今ではすっかり王導さまの陰に隠れてしまっているが。
阮瞻
蔡克
三国史上に名を輝かす大文人、
雷尚書
尚書と言うのは、単純に言えば皇帝の秘書官である。皇帝のあらゆる行動、決定に介在する存在であるから、当然権勢はものすごくデカい。もうちょっと言えば蔡謨さん、王導を「皇帝レベルの権勢者だな」って揶揄している事にもなる。いけない、蔡謨さんそれはいけない。ちなみにこの人の息子が