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王導21 王導と何充

後に枢要に上り詰める何充かじゅう

若いころから王導おうどうさまに思いっきり

目を掛けられていた。


例えば楊州刺史ようしゅうししの治所を

修繕するにしたって、

その様子を視察しながら


「君たち、頑張って

 良い仕事をしてくれたまえよ。

 この官舎は後に何充が使うのだ」


などと言って回るほどだし、


何充が王導さまのところに訪問すれば、

自分の隣を扇子で指して、


「さあさあ、君の席はここだよ」


などと、まるでセクハラオヤジのような

行いまでしている。



とは言え後日、

ちょっと評価が変わったようである。


こんなコメントを残している。


謝尚しゃしょうどのを見ていると、

 もっと頑張らねば、と思うのだよ。


 ただ、何充かじゅうと話していると、

 オッケーオッケーそれでいいよ、

 とさらりと流してしまうのだ」




丞相治楊州廨舍、按行而言曰:「我、正為次道治此爾。」何少為王公所重、故屢發此嘆。

丞相は楊州の廨舍を治め、按行するに言いて曰く「我れ、正に次道が為に此れを治めん」と。何は少くして王公の重んぜる所と為り、故に屢しば此の嘆を發せらる。

(賞譽60)


何次道往丞相許。丞相以麈尾指坐、呼何共坐曰:「來來。此是君坐。」

何次道は丞相が許に往く。丞相は麈尾を以て坐を指し、何を呼びて共に坐して曰く「來たれ、來たれ。此れや是れ、君が坐なり」と。

(賞譽59)


王丞相云:「見謝仁祖、恆令人得上。與何次道語、唯舉手指地曰『正自爾馨』。」

王丞相は云えらく「謝仁祖に見ゆるに、恆に人をして上らんと得さしむ。何次道と語らば、唯だ手を舉げ地を指して曰く『正に自ら爾くの馨し』と。」と。

(品藻26)




何充さんは庾亮ゆりょうから桓温かんおんに至る東晋権勢マップを見るうえで、簡文さま並みに重要な存在なんですが、まだまだ影が薄いですねー。

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