後に枢要に上り詰める
若いころから
目を掛けられていた。
例えば
修繕するにしたって、
その様子を視察しながら
「君たち、頑張って
良い仕事をしてくれたまえよ。
この官舎は後に何充が使うのだ」
などと言って回るほどだし、
何充が王導さまのところに訪問すれば、
自分の隣を扇子で指して、
「さあさあ、君の席はここだよ」
などと、まるでセクハラオヤジのような
行いまでしている。
とは言え後日、
ちょっと評価が変わったようである。
こんなコメントを残している。
「
もっと頑張らねば、と思うのだよ。
ただ、
オッケーオッケーそれでいいよ、
とさらりと流してしまうのだ」
丞相治楊州廨舍、按行而言曰:「我、正為次道治此爾。」何少為王公所重、故屢發此嘆。
丞相は楊州の廨舍を治め、按行するに言いて曰く「我れ、正に次道が為に此れを治めん」と。何は少くして王公の重んぜる所と為り、故に屢しば此の嘆を發せらる。
(賞譽60)
何次道往丞相許。丞相以麈尾指坐、呼何共坐曰:「來來。此是君坐。」
何次道は丞相が許に往く。丞相は麈尾を以て坐を指し、何を呼びて共に坐して曰く「來たれ、來たれ。此れや是れ、君が坐なり」と。
(賞譽59)
王丞相云:「見謝仁祖、恆令人得上。與何次道語、唯舉手指地曰『正自爾馨』。」
王丞相は云えらく「謝仁祖に見ゆるに、恆に人をして上らんと得さしむ。何次道と語らば、唯だ手を舉げ地を指して曰く『正に自ら爾くの馨し』と。」と。
(品藻26)
何充さんは