兗州八伯。
正直、エピソードには恵まれていない。
阮放にいたっては、エピソードがない。
ひとまずここでは、
胡毋輔之は
と見なされていた人物である。
ほっとくと名言生産マシーンとなり、
後輩たちからボス的な存在として
仰ぎ見られていたそーである。
劉綏は、あの変わり者、
かれについては、
「その振る舞いそのものが
燦然と輝く宝石のようだ」
であるとか、
「かれは千人の中にいても、
百人の中にいても目立つね」
と。
実際のところ、
あの
「お前のどこが、劉綏に劣るだろう?」
と、呼びかけていた。
それほどまでに、優れていたのだ。
胡毋彥國吐佳言如屑,後進領袖。
胡毋彥國の佳言を吐けること屑の如くし、後進の領袖たり。
(賞譽53)
劉萬安即道真從子。庾公所謂「灼然玉舉」。又云:「千人亦見,百人亦見。」
劉萬安は即ち道真が從子なり。庾公の所謂「灼然たる玉が舉」なり。又た云えらく:「千人は亦た見、百人は亦た見ゆ」と。
(賞譽64)
王右軍少時,丞相云:「逸少何緣復減萬安邪?」
王右軍の少き時、丞相は云えらく:「逸少は何ぞに緣りてか復た萬安に減ぜんや?」と。
(品藻28)
まーもうこの辺、これ以上何言えって感じではあるんですよね。参る。