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王羲之6  王羲之のこと

幼い頃から名声高かった王羲之さん、

官途について以降もべた褒めされている。


たとえば、殷浩いんこうからは。


「王羲之? あぁ、サイコーだね!

 逸少いっしょうファン度って意味じゃ、

 天下一品な自信あるよ俺!」


「ほんとにもうあの見る目の高さ、

 あの高貴な振る舞いと来たら!」


べた惚れですやん。


阮裕げんゆうからは。


琅邪ろうや王氏のこの中で、

 特に見るべき三人の青年がいる。

 王羲之、王悦おうえつ王応おうおうだ」



また世間の評では、

王羲之は以下のように言われている。


「空に浮かぶ雲のように飄然としている。

 一方では、その毅然たること、

 さながら飛び立たんとする龍のようだ」



殷中軍道王右軍云:「逸少清貴人。吾於之甚至,一時無所後。」

殷中軍は王右軍を道いて云えらく:「逸少は清貴なる人なり。吾れ之に於いて甚だ至らば、一なる時にても後るる所無し」と。

(賞譽80)


殷中軍道右軍:「清鑒貴要。」

殷中軍は右軍を道えらく:「清鑒にして貴要なり」と。

(賞譽100)


阮光祿云:「王家有三年少:右軍、安期、長豫。」

阮光祿は云えらく:「王家に三なる年少有り。右軍、安期、長豫」と

(賞譽96)


時人目王右軍:「飄如遊雲,矯若驚龍。」

時の人は王右軍を目すらく:「飄として遊雲が如し、矯として驚龍が若し」と。

(容止30)




王悦

王導おうどうさまの長男。めっちゃ王導さまに期待されてたけど夭折した。


王応

王敦おうとんの養子。王敦の乱後殺された。たぶんすごい人だったんだろうけど、ポジション的に悪役として書かれざるを得ない人だったので、現在残っている伝記では最悪の奴的にボコボコに書かれている。


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